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せんぱいとは、高校二年生の終わりに編入した田舎の学校で出会った。せんぱいは進路も決まっていて、自由登校までの日数も残り少なかった。
三学期の始業式で、編入生として全校生徒の前で紹介された。そこで私を見つけたらしい。私は、まだ、せんぱいの名前すら知らなかった。
せんぱいにメールアドレスを聞かれたのは、それから1週間もたっていないころ。やっと同級生の顔と名前が一致したころで、せんぱいからアプローチがあるなんて、考えてもなかった。
元バスケ部のせんぱい。
細身で、たれ目で、すけべ。
第一印象はその程度。
頻繁にメールするようになって、予想を裏切らずチャラいということがわかったけど、同時にわりと真面目な一面があることも知った。
せんぱいは、わかりやすく好意を示してくれた。そんなことは久しぶりだったから、嬉しかった。嬉しいことが怖くもあった。
映画、好き? と、聞かれた。
だいすき。と、答えた。
案の定、誘われた。
見たい映画があるんだけど、一緒に行かない?
約束の日は、ちょうどバレンタインデーだった。
付き合っているわけでもないけれど、一応デートに誘ってもらったからあげたほうがいいのかな、と悩みに悩んで、スーパーで500円のチョコレートを買って渡した。
せんぱいは「約束してから、バレンタインだって気づいたんだ。気を遣わせて申し訳ない」と言っていた。
わたしは、それを聞きながら、どうせ、人恋しかったんだろうと思った。
なんだか、不思議な温度だった。
せんぱいの深くもない愛情、うすっぺらな欲情みたいなものは、それまでのわたしなら、気持ち悪いものでしかなかったはずなのに、そのときわたしは、これまでになく、誰かの身体を欲しがっていた。
入学当初からのせんぱいのだらしない交際歴は、学校中知らない人はいなくて、ありとあらゆる方面から、せんぱいとの交際を思いとどまるよう説得された。
聞きながらいつも、性病さえ移されなければいいと考えていた。
真剣な交際には、ほとほと疲れていた。
身体の関係もなく、神経ばかり使うような恋愛は、もうごめんだと思った。
「身体だけの関係が成立するのか」
好奇心と単純な欲求のために、せんぱいが近づいてくるのを許したし、チョコを買うようなまねもした。
せんぱいは卒業した。
卒業式の日、初めて手をつないで帰った。せんぱいは、何も言わずに手を握ってきた。
わたしもしばらく何も言わなかった。
別れ際に、「さみしくなるな」といった。
本心ではなかったと思う。たぶん。
せんぱいは、卒業してからしばらく暇だったらしく、昼間にメールが届いたりした。
返信したり、しなかったりしながら、ふと、自分はこの人と付き合っているのか、疑問に思って聞いてみた。
すると、「とっくに俺はそのつもりだった」との返答。なるほど、と納得して、翌週せんぱいを初めて家に招いた。
その日は、家に誰もいなかった。せんぱいを家族に紹介するつもりもなかったし、家族のいる家に招くつもりもなかった。
やりたいことは一つだけだった。
駅までせんぱいを迎えに行った。
せんぱいとなんとなく、手をつないだ。相変わらず、やたらと長い指だった。
家につくと、高校野球が始まっていた。
だからあれはきっと午前中だったんだろう。
わたしは、ジーンズをはいて、サーモンピンクのニットを着ていた。
せんぱいの服装は忘れた。
犬が、せんぱいのにおいをしきりに嗅いでいた。
暖房を入れても肌寒いので、体育座りでせんぱいによりかかった。
せんぱいは、わたしの肩を抱いて、首筋にキスをした。
借りていたお気に入りのDVDをデッキに入れて、予告編が終わらないうちに、向かい合って、小さくキスをした。
乾いた唇が触れ合うくらいのキス。
本編が始まって、聞きなれた音がするころ、わざと音をたてて、キスをした。
せんぱいは、笑った。笑った顔が、すけべだったから、わたしも笑ってキスをした。
へらへらキスすると、湿って熱い舌に触れたから、絡めてみた。せんぱいはキスが上手だった。
くちびるを小さく吸って、お互いの舌が触れるか、触れないかのところで焦らすから、それだけで下半身がしびれた。チロチロ爬虫類みたいに動く舌に捕らわれたり、まあるくあったかく包まれたりしたら、溶けそうになった。
何も言葉はなかった。
せんぱいの手が、ニットの裾から入ってきた。
Aカップのブラジャーの上から、胸の形を丁寧になぞる。
長い指が、ホックを簡単に外してしまった。
別に何の感動もないのに、せんぱいは胸を触っていた。
ニットの裾を持って、バンザイしてと目で訴えられたから、従うとするっと脱がされ、だらしなくぶらさがったブラジャーは潔く取り払われた。
寒くて乳首は勝手に立った。
せんぱいはそこで、鼻血を出した。
うわさには百戦錬磨のせんぱいが鼻血を出したことが可笑しくて、愛しかった。
鼻血が止まるとせんぱいは、だってお前がエロすぎて、と笑うと、乳首を口に含んだ。
温かく、湿った舌が音をたてて離れると、乳輪が冷えて、ぞくっとした。
せんぱいは、わたしのスキニージーンズをはがすように脱がせると、Tバックの形を指先でなぞった。
わたしは自分でTバックを脱いで、リビングの床に放り投げた。
せんぱいはまた笑った。
わたしはひとりですっぽんぽんだった。
せんぱいのシャツに手をかけて、指をおなかに添わせると、腹筋が固くて、ぼこぼこした。
指先が、裂け目に触れて、なんだこれ、と思った。
へそだった。
せんぱいは身をよじって笑った。おもしろくて、へそをほじった。
せんぱいも脱いでよ、と頼むと、シャツとズボンを脱いで、真面目な顔して寒いといった。
だからぴったりくっついた。
せんぱいのほうが、熱かった。だから寒いのだ、と思った。
せんぱいは長い指で、わたしの毛を遊んだ。くるくるさせて、そのままきゅっと結ぶのか? と思ったら、わたしを仰向けにして、おなかをぺったりくっつけて、キスした。
かたいのが、太ももに当たった。
せんぱいは、キスを続けながら。わたしのへそをほじほじして、毛を逆なでして、脚の付け根を確認するみたいに、若干ぎこちなく閉じたふわふわの大陰唇の間を撫ぜた。
せんぱいの指のなぞる感覚で初めて、わたしはそこが、そんなに濡れるものなんだと知った。
せんぱいは、エロいなーと言いながら、小陰唇をかき分けて、膣の入り口の液体をすくって拡げた。
わたしは、キスを受けながら、手足がこわばってふるえてるのを、変なの、と思いながら、変な声を出した。
あふあふ、言ってたと思う。笑える。
せんぱいは、当たり前みたいにクリトリスをいじった。
ばかみたいに濡れているのに、止まらなかった。
膣の入り口、指が止まって、ゆっくり入ってきた。
痛い? と聞かれたけど、痛いわけがなかった。
せんぱいは、AVを信じすぎてるのかもしれない。
痛くないけど、速くかき回されても気持ち良くはなかった。
クリトリスと膣、両方触ってほしかったけど、言えなかった。
指が二本、三本と余裕で入るようになって、せんぱいのかたくなったペニスはどうにかしてやらんといけないんじゃなかろうか、と気づき、指を延ばした。
せんぱいは、びくっと腰をひっこめて、みっこは何もしなくていいという。
なんでだ、と思ってなお指を伸ばしてさするが、どうも、うまくいかないし、何より大きさに驚いて目を見張った。
せんぱいは、可笑しそうに笑って「今日は無理しなくていいから」といった。
「ほしい」
なんて、なんちゅう文句だ。
恥じらいも何もない。
でも、欲しかったのだ。
他の何物もわたしに与えられないもののような気がした。
せんぱいしか、今しかない気がした。
どうしようもなく、それが自分の中に入って欲しかった。
せんぱいは、困った顔をしたけど、ちょっと待っててと言って起きると、荷物を探って背中を向けた。
そのすきに、ベッドに乗って、毛布をかぶった。
せんぱいは、コンドームをつけて、戻ってきた。オレンジのコンドームが可笑しかった。
脚を広げられたときが、その日一番恥ずかしかった。
入れるよ、と言われて頷くと、入り口に指が添えられて、せんぱいのオレンジのコンドームに包まれたペニスの先があたるのがわかった。
腰を支えられて、ゆっくり進んできた。
今までにないほど濡れていた膣も、せんぱいのが通るには少し狭いようで、全然痛くないのに、摩擦は伝わった。
音にしたら、なんだろう。
ぎゅぎゅぎゅって感じだった。
せんぱいの顔は見れなくて、クリーム色のカーテンを見ていた。
「入った」と、せんぱいがいった。
入ったね、と、わたしは笑った。
せんぱいが、ゆっくり腰を振る。
わたしは、初めての圧迫感にうっとりしながら、おかしな音をたてる自分とせんぱいの境目に、意識を集中した。
せんぱいは、だんだん動きを速くして、わたしたちの音は、いつか姉の部屋から聞こえてきた音とそっくりなものになった。
粘膜の音。
薄い肉に遮られた骨のぶつかる音。
あと、息と声の間の音。
せんぱいは、汗をかいていた。玉になる汗を、私とつながりながらかいているせんぱいが、初めて愛しかった。
せんぱい、って呼んで、手を伸ばすと、つないでくれた。
ひっくり返されて、お尻を上げると、せんぱいの筋張った脚と、わたしのふにゃふにゃの脚が絡んで、熱かった。
そのまま前後運動すると、せんぱいは疲れたみたいで、「みっこが上になって」というと、仰向けになった。
その拍子にペニスが抜けたから、さびしくなって「あ、抜けちゃった」というと。自分で入れてと言われた。
せんぱいの、ぬるぬるのオレンジのコンドームに包まれたペニスを手で持って、またいで、腰を落とすと、案外簡単にわたしのなかに入った。
摩擦も気にならなかった。
なんとなく、ぺちゃって座ると、狭い、ってせんぱいが笑った。
その体位をなんていうのか、わたしは知らなかったけど、わたしが動かなくちゃいけないのはわかった。
でも、うまくできなくて、困った。
するとせんぱいが、下からぐいと奥まで入れてくれたから、ああ、と、声が出た。
いいね、とせんぱいが言った。
せんぱいは射精しなかった。
いつの間にか夕方になっていた。
二人とも汗まみれでへとへとになって、下半身を離した。
でも胸は合わせて、抱き合っていた。
せんぱいは、こうしているときが一番幸せと言って、少し眠った。
わたしは、その言葉と眠っているせんぱいにとてつもなくさびしくなって、悲しくなって、小さくなって下を向いているペニスを口に含んでみようかと思ったけど、やめた。
そのまませんぱいのへその裂け目を、小さく折りたたんだ足の先で触りながら、手を握ったまま寝た。
すっかり昔の思い出だ。
せんぱいとはとっくに別れた。
初体験だから、忘れないのか、
せんぱいだから、忘れないのか。
わからないけど、
忘れない。
「せんぱい」と呼ぶのを、せんぱいは嫌った。
愛はあったよ。
わたしは他の先輩を「先輩」と呼んでいたけど、せんぱいのことは、今でも「せんぱい」と呼んでいる。
心の中でね。
もう会うこともないと思うけれど、無性に会いたくなるときもある。
心と体、両方使う恋愛を経験しても、今まさにその最中にあっても、せんぱいのことは忘れない。
(中高生の恋愛告白掲示板より 2011年3月30日)
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うわあ〜。独特の空気感が漂う、めっちゃ上手な文章ですね。すっかり世界に引き込まれてしまいます。この出来事から、既に数年……、あるいは、それ以上経過しているのかもしれないけれど、ずっと大切な思い出なんですね。ううん、思い出なんかじゃなく、今でも大きな現実感を伴って、みっこチャンのすぐ隣に寄り添い、時間と供に色褪せない出来事なのかもしれませんね。
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