ヨウシャの眠る部屋は、一方を大きな窓に、残りの3方を壁に囲まれていた。壁には絵が描かれている。ひとつは地図。海は青、森林や草原は緑、山岳地帯は濃い緑、町や集落は赤、不毛なる砂漠地帯は黄色に塗られていた。中心に都があり、ひときわ赤く塗られた範囲が大きい。そのすぐ横に濃い緑色が迫っており、これが都を侵略者から護る天然の要塞たる山である。その山には紫色の点が記されている。それが、ここ、王宮なのだった。 目を覚ましたヨウシャが視線を向けた方角が、この地図の描かれた壁だった。右約半分が海で、都は海に面している。左側には、砂漠や森林があり、所々に集落を示す赤い点があった。ヨウシャもこの赤い点と点を結んで旅をしてきたのだ。 なぜだろう。理由はわからない。けれどヨウシャは、今、確かに王宮の中に寝かされていることを実感していた。 ふかふかのやわらかいベッド。これまでの野宿や安宿とは天と地ほどに寝心地が違う。そのことがヨウシャに「ここが王宮だ」と教えていたが、それ以上に、ゆるぎない実感としてヨウシャは王宮の一室にいることを実感していた。 気が狂いかけたり、意識を失ったり、幻覚のようなものを見たりと、これまでのあまりにもめまぐるしく移り変わったあれやこれやを思うと、王宮のベッドは、平和で、穏やかで、安らぎがあった。 |
もうひとつの壁には、風景が描かれていた。風景といっても、そのほとんどは海だ。手前の方にわずかに砂浜の海岸が描かれているが、大海原が視野のほとんどを占めて広がり、そして、ポツリポツリと雲が浮かぶ大空がその上にあった。その空は、限られた場所に描かれた絵でしかないのに、宇宙まで続いていることを実感させるような壮大なものだった。ただの空だが、はるかかなたにまで続いていた。 そして、もうひとつの壁には、太陽が輝いていた。 |
サイドテーブルの傍には、椅子に座った人影。背中に窓を背負っているので、その姿はシルエットになっている。 ヨウシャは身体を起こそうとして、筋肉のきしみに「うっ!」と、声をあげた。 「目がさめたかのかい? だったら、ゆっくりと身体を起こしてごらん? 無理に動いちゃだめだよ」 優しいバリトンがした。 その口調には馴染みがなかったが、声質には聞き覚えがあった。 言われた通りゆっくりと身体を起こし、そして、その人に視線をあわせた。徐々に目が慣れ、シルエットに色彩が帯びてゆく。 「身体の具合は、どう? 随分疲労しているみたいだけど」 聞き覚えのあるその声質は、ヨウシャは思った通り、案内人だった。 結界に護られて侵入することの出来なかった王宮入口のトンネルを、ヨウシャを導いて侵入させてくれた人。ヨウシャ以外の待ち人を後回しにして、なぜかヨウシャを一番に同じ馬に乗せてくれた人。 それだけなら、ヨウシャにとっていい人だったかもしれない。けれど、性の虜になって自分自身をコントロールすることが出来なくなった状態のヨウシャを、座位の状態で挿入したまま馬を走らせた。馬の振動が案内人のペニスを通じてヨウシャの身体の奥に打ちこまれる。 (何度も意識がなくなりそうになったわ) そのときの恍惚とした快感を身体の奥が覚えている。 (でも、その度に身体を駈け抜けるわけのわからない官能が、あたしの意識を呼び戻した・・・) その時はただ状況を受け入れるだけだったが、こうして思い返すと、結構覚えているなとヨウシャは思った。 「あなた、生きていたの?」 トンネルを抜けたところで、背後から矢を射られた。矢は案内人を貫通して、その前に挿入されたまま座っていたヨウシャの背中にまで達した。筋肉のきしみに忘れていたが、矢の跡は相変わらずチクチクと痛んだ。けれど、新たに出血しそうな気配はない。既に癒え始めているようだ。 「僕は特殊能力者なんだ。でなければ、熾烈に行われた案内人狩りで自分一人だけが生き残れるわけがないよ」 身体を矢が貫通したと言うのにそれでも無事。いったいどんな特殊能力なんだろう。 ヨウシャの疑問が通じたのか、案内人はナイトテーブルに置かれたフルーツナイフを、自分の腹に突き刺した。 「きゃあ!」と、ヨウシャが叫ぶのと、「うっ」と案内人がうめき声を上げるのが同時だった。 案内人は腹部に深く食い込んだナイフの柄を両手で握り、力をこめて一気にひきぬく。 盛大に血が飛び散る様子を想像したヨウシャは思わず両手で目を覆った。 筋肉にからめとられていたナイフは、絡みつくその筋肉をかきわけるようにヌプリヌプリと引き出された。だが、血は一滴も流れなかった。 「ほら、平気だろう?」 「だったらなせ、すぐに助けてくれなかったのよ!」 現実か幻かも判断できないような幻惑の世界を漂ったヨウシャは、今更ながらにそのときの恐怖を記憶から引きずり出されて、不満を告げた。そのときは必死だったけれど、いいようもない大きな恐怖心の中であがいていたのだと自覚したのだ。 「しばらくは死んだふりをしておかないとね。でないと敵は僕を倒そうとして、執拗に攻撃を続けてくるだろう? そしたら、回復するのも大変だ。傷が治るのはもともと持っていた能力だけど、その能力を使うには体力と精神力を大量に消費する。限界点を越えたら、衰弱死、だ。傷を治す能力はあっても、その能力の為に死んじゃったらお笑いだろう?」 「どうして戦わないのよ。相手を倒さない限りは、何度でも襲われるじゃない」 「あいにく僕には戦闘能力が無い。剣も使いこなせないし、格闘も苦手だ。天はニ物を与えないんだよ。ま、特殊能力と言っても、結局は自分自身の力。何度も殺されたら、いずれ力尽きて、本当に命を落とすだろうな。覚悟は出来ている」 |
にゃおん 「お、白ネコちゃんもお目覚めだね」 案内人は席を立ち、戸棚から平皿を取り出した。そして、戸棚の下に作りつけられた扉を開けた。扉の中から白い空気がふうわりと漂う。どういう仕組みになっているのかヨウシャにはわからなかったが、中は詰めたい空気で満たされていたようだ。案内人はピッチャーを取り出し、そこから平皿にミルクを注いだ。 ハックンは嬉しそうに跳ねながら、ミルクの満たされた平皿に鼻先を突っ込んだ。 「我々も食事にしないか?」 そう言われて始めて、ヨウシャは空腹に気がついた。 あ、っと声を出しながらお腹に手を当てる。 「まる1日眠っていたんだ」 「その間、ずっと・・・・」 見守ってくれていたんですか? と言おうとして、やめた。「見守る」という言葉が不適切に思えたからだ。もっとなにか大きなものを感じたからだ。 「キミは、ええと・・・」 「ヨウシャです」 「ヨウシャ姫は、我が王室の宝だからね」 |
ヨウシャは言葉を失ったまま、案内人に言われるままに、食事の準備をした。 「世話役をおおせつかりました。アーヌとお呼び下さい」とエプロン姿で現れた美しい娘に案内されて、浴室へ向かう。 広くて天井の高い浴室には、程よい湿気が立ちこめていた。たっぷりと湯を使って何度も何度も湯浴みをした後、円形のバスタブに身を沈める。浴槽の端っこに頭をもたせかけ、手足を伸ばせば、まさしく極楽。長い度で身体の隅々にこびりついた疲れがゆっくりと湯の中に溶け出していくようだ。 アーヌの申し出を断って身体は自分で洗ったが、「お世話をおおせつかっています。なにもかもお断りになられたんでは、わたしが叱られます」という申し出を受けて、髪はアーヌに洗ってもらった。 汗や雨や湿気で埃が髪にこびりつき、それが乾いて、あちこちがガチガチに固まっていた。アーヌは髪を丁寧に洗い、それをやさしくそっとほぐしてゆく。ヨウシャの髪が持つ本来の輝きを取り戻す。 ヨウシャはただ座っていればよかった。 することがなくなると、ヨウシャの耳にさっきの案内人の言葉が蘇る。 「ヨウシャ姫は、我が王室の宝だからね」 それは、どういう意味だろうか。 我が、というからには、案内人は王室の血をひく者だろう。 もしかしたら、彼こそが王子かもしれない。だとすれば、ヨウシャは既に旅の目的を果たしたことになる。 仮に、王子その人ではないにしても、王族であることは間違い無かろう。王宮を訪ねてきて、さてどうやって王子に謁見すればいいのかサッパリわからなかったヨウシャにとって、これはありがたかった。王族の血の者に、「宝」だと言われたのである。頼めば王子に謁見するなどおそらくたやすいことだろう。 もっとも、その王子とセックスをしなくてはならない。首尾よくそのような事態になるかどうかはわからないが、王子に会えるかどうかもわからない状態だったヨウシャには大前進なのだ。 「どうかなさいまして」 アーヌに声をかけられた。考え事をしていて、意識がどこかに飛んでいた。 「いいえ、別に・・・」 ヨウシャはそう言ってから、「あ、あの・・・」と、付け加えた。 「何なりと、お申し付け下さい」 そこで、ヨウシャは問うてみた。 「王子様にお会いすることは出きるでしょうか?」 「え? 王子さまに?」 アーヌの手が止まった。声の様子も変わった。これまではまさしく侍女という感じで、言いつけられたことには何でも応じますという態度であったが、「あなたがどうして王子さまにあわなくちゃいけないのかしら」といった不審めいた口調になったのである。 (まずかったかな) 政治の体質を変えようとして、王室はその変革のために、いくつもの課題を抱えている時期である。周りの者が神経質になるのは仕方のないことだった。そんな折に、突然現れた何者かわからない一人の少女が「王子に会わせろ」と言ったら、なにかあるんじゃないかと考えるのが当然だった。 だが、アーヌが態度を変えたのは、そういう理由ではなかった。 「わたくしにそのようなことを申されても、お答えできかねます。わたくしはただのメイドゆえ・・・」 なるほど、それはそうだろう。何らかの疑念にとらわれたのではないことがわかって、ヨウシャはほっとした。 それに、よく考えれば、自分は案内人から「王室の宝」と言われていたのである。だから、アーヌのようなとびっきりのメイドに世話をしてもらっているのだ。妙な不信感など持たれるはずは無かった。 「じゃあ、別な質問、いい?」 「命令ならなんでもお伺いしますが、答えられる質問とそうでないものがあります」 「うん、それはわかったわ。一応訊くだけ」 「はい。おっしゃってください」 「案内人は、わたしのことを『王室の宝』だと言ったわ。それは、どういうことかしら。わたしはここでこれから、どんな扱いを受けるのかしら」 「あ、それなら答えられます。王室には、『白猫と少女』という言い伝えがあります」 「どんな言い伝え?」 「それは存じません。なんでも、とてもとても大切な伝説とのことで・・・。タンセ様・・・案内人の方ならご存知だと思います。あの方は王室の御養子ですから」 「よ、養子?」 ヨウシャは聞き返した。 「はい。王室には万が一に備えて、色々な能力を持った者が養子として迎え入れられています」 そうか、そういうことだったのか。 ヨウシャはがっかりした。案内人は王族だが、血は引いていないのだ。もしや案内人こそが「アスワンの王子その人」かと思ったが、そうではなかった。もっとも、本当の血を引く者が案内人などしているわけがないと、今更ながら思い当った。しかし、たとえ養子であっても、それは同じではないのだろうか? そのことをヨウシャは問うてみた。 「それは、王宮の方針です。王の子といえど、それなりの役どころをこなさなくてはならない、ということになっています」 |
入浴が終わると、ドレスが用意されていた。 日常的に着用するタイプのものらしく、過度な装飾は無く、むしろシンプルなワンピースだった。だが、ドレスと呼ぶにふさわしい高貴な素材であり、デザインだった。 食事も決して豪華ではない。ただ、きちんとしたテーブルで、きちんとした食器を使い、きちんとした盛り付けがなされていた。これもドレスと同じく、贅沢ではないが気品に溢れていた。 これもきっと王の方針なのだろう。王政を廃止し、議会制に以降しようという王の性格が表れているような気がした。 食事が終わると、デザートとコーヒーが供された。 「同席させていただきます」と、メイドのアーヌが言い、案内人のタンセも着席した。 一人きりでの食事に味気なさを感じていたヨウシャは、ありがたいと思った。 「アーヌから聞いたよ。伝説のことについて、話してあげよう」 「あ、では、席を外します」と、立ちかけたアーヌをタンセは制した。 「その必要は無い。別に秘密の話ではない。アーヌが伝説を知らなかったのは、単にこの伝説が語られる機会がほとんどなかったからに過ぎない」 |
傷つき、犯され、それでも自らの運命に抗おうと必死に生きる一人の少女と、寄り添うようにその少女に付き従う幸運の白猫。このコンビが、来るべき王宮の最後を救う。 「そ、それだけ?」 あまりにもの短く単純な言い伝えを案内人から聞かされて、ヨウシャは愕然とした。自分がどうなるのか、あるいは、何をするべきなのか、そのいずれも言い伝えの中には含まれていない。何かのヒントが隠されているのかもしれないが、だとしても、それを読み取ることも出来なかった。 「正確には、それだけじゃないよ。旅に出ていた王子が王宮に戻る前日に、少女と白猫はやってくるということになっている。まさしく、王子は明日、旅から戻る予定になっている。王政を廃止し、議会制に移行すると、近隣の主たる国々に説明するために出かけているんだ」 ガズーが言っていた通り、王子は王宮にはいなかったのだ。だが、それも、明日には帰って来る。 「それじゃ、王子に会えるのね!」 ヨウシャは嬉々として叫んだ。 「そりゃあ、会えるよ。なにしろ、『来るべき王宮の最後を救う』少女と白猫なんだから」 しかし、喜んでばかりもいられないことにヨウシャは気がついた。伝説の言い伝えによると、ヨウシャは王宮を救うことになっている。だけど、どうやって? (わたしには、何の特殊能力も無い。それどころか、自分に振りかかった厄災を取り除くための王子との面会) こんな状態で、先へ進むことが出来るのだろうか? (ま、なんとかなるわよね) 考え込んで立ち止まったりせず、とりあえず一歩を踏み出すがのヨウシャのいいところだ。そうでなくては、これまで旅を続けては来れなかっただろう。 (それにしても、わたしって、どうしてこう伝説やら言い伝えやらに縁があるのかしら) |
食事とその後の歓談が終わると、案内人のタンセは、明日お帰りの王子をお迎えする準備があるからと、そそくさと退室して行った。タンセだって王室の養子なのだから、いわば身内である。準備など役人や使用人に任せて、どんと構えていられる身分ではないかとヨウシャは思うのだが、これもいわゆる王の方針、というやつかもしれない。ヨウシャの故郷にも「働かぬものは食う資格無し」ということわざがある。 それに、これまでの話を総合すると、能力のあるもので王室を固めるために、養子という身分を与えたに過ぎないという解釈も出来そうだった。 しかし、それにしては、変だ、とヨウシャは思う。王は王政を廃止しようとしているのだ。つまり、王家は終わりを告げるのである。ならば、王室を固める必要なんて何も無い。 他になにか理由があるのかもしれない。だが、ヨウシャはいくら考えても、その理由を推理することは出来なかった。 タンセが出ていくと、残されたのはヨウシャとメイドのアーヌである。 そこへ、老人という域に差し掛かったばかりの風体の男がやってきて、アーヌに耳打ちをした。そして、ヨウシャに深く頭を下げてから、立ち去った。 「ヨウシャさまも、明日の出迎えの式典には、ご出席頂くことになりました。それまで、どうか御休息なさってください。引き続きわたしがお世話役をお引き受けいたします」 出迎えの式典、か。ヨウシャは心の中でごちた。 正式な場所に出られる身分であるなら王子に会うことは簡単だろう。しかし、同時に、正式な場所と言うのは、なにかと面倒なものだ。 (わたしには、あんまり、時間が無い) 一度は性奴に成り下がってしまったヨウシャだ。矢傷の痛みでいったん自分を取り戻したものの、まだなにも解決していない。アスワンの王子と身体を交えないと解決などしない。その機会を出来るだけ早く掴まねばならなかった。 (間に合うだろうか?) |
ヨウシャはアーヌに連れられて寝室に戻った。 「そこに、お立ちになってください」 言われるままにしていると、アーヌの手がヨウシャに触れた。なにかコツがあるのだろう、かすかな衣擦れの音がしたと思うと、すーっとドレスが足元に落ちた。ヨウシャは裸になった。 食事というフォーマルな場面を終えて、ラフな格好に着替えさせてくれるのだろうとヨウシャは思った。正直、ホッとした。シンプルなデザインとはいえ、ドレスなどを身に纏ったのは始めてだった。このようなとき、どう振舞えばいいのかと考えると肩が凝った。そんな振る舞いなど誰からも教わっていないから、ただとにかく上品に食事をするしか方法が無かった。だから筋肉がこわばり頬が引きつった。明日の「式典」とやらでも同じ思いをするだろうから、この「休息」の間だけでも気を抜いていられるのはありがたいと思った。 アーヌは裸になったヨウシャを上から下まで眺めている。いつまでたっても着替えを用意してくれなかった。最初は、目でサイズを測っているのだと思ったが、それにしては、長い。 口を開いたアーヌは、こう言った。 「ヨウシャ様は、下着はお付けにならないのですね」 故郷で暮らしているときは、つけていた。だが、旅するうちに、色々な男たちに蹂躙されるうちに、つけなくなった。あるいは、下着だけしかつけていないような格好だった。 「素敵です。とっても綺麗です」 アーヌの目がキラキラと輝いた。憧れの視線だった。お風呂で磨いた肌は確かに自分でも美しいと思う。 「わたしも下着はつけないんです。はしたないとか、そんな風に言われますけれど、そんなことはないですよね。だって、ヨウシャ様だって、そうなんですから」 「そ、そんなことはないかもしれないけど・・・」 ヨウシャはやっと口を開くことが出来た。何しろ自分はこれまでずっとはしたない行為をしてきたのだから。 「やっぱり、はしたない行為ですか? でも、いいんです。ヨウシャさまと同じなら、はしたなくっても。それに、男の方々も喜んでくれますし」 え? アーヌが下着をつけないのは、ナルシスト的なものだとヨウシャは一方的に判断していた。だけど、「男の方々も喜んで・・」と言うことを思えば、そうではない? ヨウシャが言葉を失っていると、アーヌは一方的にしゃべり続ける。 「わたし、ヨウシャさまにはかないませんけれど、それでも美貌には自信があります。メイドの中では一番綺麗です。自分でもそう思いますし、まわりの人たちもそう言ってくださいます。だからこそ、ヨウシャさまの担当になれたんです」 アーヌは両手を首の後ろに回し、エプロンの結び目をほどいた。エプロンは床に落ちた。髪もほどいた。ハラリとゆれて広がったアーヌの長い髪は緑色に輝いていて胸にまで達した。オレンジ色のワンピースとの対比が鮮やかだ。 「エプロンを外すのも、髪をほどくのも、メイド頭から本当は禁止されているんです。なにかものすごく妖艶になるらしいんです」 その通りだった。それまではただ幼く、それゆえに仕事に精を出す彼女の姿は時として痛々しくすらあったが、今はそうではない。瞳の奥が淫靡に満ちていた。 「ア、アーヌ・・・」 たまらずヨウシャは名を呼んだ。 「はい、ヨウシャさま・・・」 「わたし、なんだかとても変な気分。頭がクラクラして、からだがトロケそう」 「わたくしはヨウシャさまのお世話をするよう言いつかっております」 アーヌは一歩、さらにもう一歩。ヨウシャに近づいた。そして、ヨウシャの手を取り、その手を自分のワンピースの裾から中へ導いた。 (あ、だめ。せっかく自分を取り戻したのに) アーヌのこれまでのひとことひとことが性戯への誘いだと気付いたが、もはや自制がきかなくなっているヨウシャだった。このまま快感の海に溺れたら、今度こそ脱出できないに違いない。けれど、手はアーヌの導きですっかり湿ったヴァギナに触れていた。 「あっ」 アーヌは小さく身を震わせた。 ヨウシャは、アーヌと同じ女である。しかもヨウシャは、この年齢にしてはありとあらゆるセックスを体得してきた。アーヌがどんな状態で、どの程度の官能を得ているのか、手に取るようにわかる。 性の悦びを感じる準備が十分整っていると判断したヨウシャは、いきなりアーヌのクリトリスを攻めたてた。 「ああ、ああ、ああ、気持ちいいです。ヨウシャさま」 感じてはいるものの、主従関係を失念してしまうほどに我を忘れてはいないようだ。 「自分ばっかり感じて、ずるい」 ヨウシャのひとことがまるで合図だったように、アーヌの手もヨウシャにのびてくる。一方の手を前からヴァギナに、もう一方の手を後ろからアナルに。触れてからの指使いもそれなりに慣れている様で、ヨウシャはあっという間に官能の渦に引きこまれる。 (このままじゃ、あ、わたし・・・) もはや自分の意識でとめることが出来ないと悟ったヨウシャは、行きつく所まで行ってしまおうと決心した。旅立ちの前に、母は言った。やりすぎてはいけない、だが、我慢するのも良くない、と。適当なところで折り合いをつけなさい、と。どこが適当なところなのかヨウシャにはわからない。けれど、このままもし、自我を無くしてセックスに没頭し、そのまま滅してしまうなら、それが自分の寿命に違いないと思った。もし自分に生命力があるのなら、セックスに溺れてもきっと戻って来れると感じた。 今は、ただ、快感に、身を委ねよう・・・ アーヌはヨウシャの溝をかきわけるように指を滑らせた。それが時々、ヨウシャのツボに触れる。だが、常に動く指は、その最も感じる所で止まってくれない。すぐに別の場所へ。じれったさを感じていると、また他のツボが攻められる。 「あっく。あうぅ」 池に投げられた石が水面に波紋を広げるように、なぞられたところを中心にしてぶわああーっと気持ちのいい感覚が広がってゆく。 立ったまま愛し合う二人。腰を思わず落としそうになるヨウシャ。相手のアーヌはヨウシャの1点責めに耐えて、体を振るわせながらも、しっかりと立っている。自分だけ先に感じ崩れてしまうわけにはいかなかった。 ヨウシャの指は、アーヌのヴァギナの中で鉤型に曲がった。とっさに何か物を掴んでヨウシャは自分の身体を支えようとしたのだ。 「ひっ! あきゃははううん!」 先にアーヌが膝をついた。 一瞬、ふたりの身体が離れた。 アーヌは地面に手をついて、はあはあと息をしている。それほど激しく感じていたようには思えなかったが、ヨウシャへの対抗心から、必死に我慢をしていたらしかった。 「いつまで、服を着ているの? アーヌも裸になって、一緒に楽しもうよ」 「はい、あ、ヨウシャさ、ま、あうっく、おおせのままに」 既に普通にしゃべることが出来なくなっている。にも関わらず、ヨウシャの呼びかけには、きちんと返事をした。 ヨウシャは嬉しくなった。これまで旅の道中で出会ったパートナーは、ヨウシャを自分の思いのままにすることが多かった。行為中にヨウシャが主導権を握ることは多々あったけれど、それも相手が気持ち良かったからで、精神的な優位に立ったことはあまりなかった。だが、アーヌは違う。前提からして、ヨウシャのお世話係なのだ。 アーヌはワンピースを脱いだ。 身体の線を強調しないふんわりした衣装だったためにわからなかったが、アーヌのその身体は華奢で、しかも豊満だった。その折れそうな腰のくびれの上にたわわな乳房が、下には鮮やかな曲線のお尻があった。艶と張りは申し分が無かった。男なら誰しもこの身体に自分自身をぶち込みたいと思うだろう。 「さ、立って」 「はい、ヨウシャさま」 「よく、見せて」 「は、・・・い。恥かしいです」 「あんなに感じていたのよ。もう恥ずかしいことなんて何も無いわ」 「はい」 まっすぐに立ったアーヌは、本当に美しかった。造形の美を一身に集めたかのようだ。幼く見えたエプロン姿が嘘のようだ。女を主張した身体のラインに似つかわしい妖艶な表情をしていた。 言葉通り、本当に恥かしかったのだろう。アーヌは乳房を手で隠していた。 「どうして、隠すの?」 「恥かしいです、ヨウシャさま」 「恥かしくなんか無いわよ。今更」 「セックスするのは恥かしくありません。けれど、そのような、まるで絵画を鑑賞するような目で見られるのは、とても恥かしいのです」 かわいい! ヨウシャは思わず抱きしめていた。 その際、ヨウシャがアーヌめがけて突進したからだろう。アーヌはバランスを崩し、ヨウシャもろとも床に倒れてしまった。 「あ、申し訳ありま・・・んぐ」 詫びの言葉をヨウシャの唇でせき止められ、アーヌは恍惚の表情を浮かべた。ヨウシャのキスは特別なのだ。舌をねっとりと絡ませ、口の内部を隅々まで舌先で愛撫する。脳の一番近い性器である唇と口の中をたっぷりと感じさせ、官能は脳から溢れんばかりに満ち満ちてゆく。 「あん、あん、あん」 塞がれた唇から、漏れるアーヌの声。 トロンとした瞳。 たっぷり時間をかけてディープキスをしたヨウシャは、次に全身にキスの雨を降らせた。上から、下に向かって。 首筋から鎖骨へ、そして、乳房へ。いったん口に含んだ乳首を唇で挟み、そして離す。再び乳首を口に含み、こんどは舌で転がす。そんなことを繰り返すうちに、アーヌはヨウシャを抱きしめた。 お互いの指がお互いの穴に吸いこまれ、思う存分弄びあう。 くちゅ、くちゅ、くちゅ。 ぐっちゃ、ぐっちゃ、ぐっちゃ。 ずりゅ、ずりゅ、ずりゅ。 ぴちゃ、ぶちゃ、ぷちゅ。 感じやすいところが感じている音だけが、部屋に響き渡る。 床に背中をつけているとは思えないほど、アーヌは身体を振るわせる。その度に胸がゆっさゆっさと揺れ、上に覆い被さっているヨウシャの乳房を、アーヌの先端の突起がぴしぴしと叩く。 「アーヌ、アーヌ、アーヌう!」 ああ、なんていとおしいんだろう、アーヌ。 何度その名を呼んでも足らなかった。 自分が男だったら、アーヌの割れ目に自分自身が入ることが出来るのに。それがかなわぬ女という肉体。泣きたいほどに切なかった。 「ああ、ヨウシャさま、ああ、とっても素敵です」 「わたしもよ、わたしもよ」 「ああ、もっと、もっと、無茶苦茶にして下さい」 「壊れるぐらい抱いてあげる」 さほど時間をかけなくてもアーヌのヴァギナは柔らかくほぐれ、ヨウシャの手を手首まで受け入れた。ヨウシャはアーヌの中の握りこぶしを、グリグリとまわしたり、手を開いたりした。その手を閉じるとき、指先で膣壁をひっかいてあげた。 「わ、ひいい、わ、ひいいい」 何度も何度もよがりごえを上げたアーヌは、清楚なエプロン姿からは想像できないくらいの絶叫を発して、イッた。 |
2人はベッドに移動した。 「ずるいわ。自分ばっかり」と、ヨウシャは言った。 「ごめんない、ごめんなさい。あんまり凄かったので、つい、立場を忘れてしまいました」 「今度は、わたしに奉仕して。いい?」 「もちろんです、ヨウシャさま」 「じゃ、しっかりね」 「はい」 アーヌはヨウシャに、横向けに寝て足を広げるように頼んだ。ヨウシャがその通りにすると、アーヌはヨウシャの足元から、仰向けの体勢でヨウシャの足と足の間に身体を割りこませる。やがて、2人のヴァギナがくっついた。接着部を中心に、ヨウシャの顔の方にアーヌの足が、アーヌの顔の方にヨウシャの足が伸びている。 アーヌはヨウシャの足首を掴んで、引っ張り上げた。 「あ、ひい」 思わずヨウシャは声をあげた。何か物を挿入されるのとは全くことなった快感。それは圧倒的な密着感。ヨウシャもアーヌと同じように、アーヌの足首を掴んで引っ張った。ヨウシャのクリトリスがアーヌのどこかで押しつぶされ、お互いが分泌するラブジュースによってヌルリと滑る。粘液を介した摩擦は頭の先まで快感をビンビン響かせてくれた。 「こんなの、始めて」 呟くヨウシャに、アーヌは「ああ、嬉しいです。幸せです。そんな風に言ってくださるなんて」と、返事した。 「いつも、こんなことしてるの?」 「はい。男の人も好きですけれど、女の人とするのも好きなんです」 アーヌはヨウシャの足首を掴んだ手を小刻みに振動させた。 濡れていて滑るのに、擦れ合う2人の秘部。 あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、 ヨウシャの声は次から次へと絞り出されてしまう。 「女の人とは、最初は強姦だったんです」 「え?」 「わたしばかりに男の人が寄ってくるので、妬まれていたんです。だけど、それですっかり虜になってしまいました」 体位を変える事なく、ただ足首を掴んだ手の動きだけで、アーヌはヨウシャの奥深くに眠る官能までも引きずり出して来る。 いったい何度イッたことだろう。ああ、この子は確かにわたしの世話係だわと細胞のひとつひとつまで感じさせられた頃、アーヌの動きが止まった。 |
「これを使ってもいいでしょうか、ヨウシャさま」 アーヌが取り出したのは、ヨウシャがかつて持っていたオナニーの木に似たものだった。ただし、アーヌのそれは、両端に傘の広がりがある。女が2人で同時に一本の棒で感じることが出来るようにしたものだった。 オナニーの木に比べれば小さかったが、それでも普通の男性のものよりもはるかに大きい。 「こんなの、入れて、大丈夫ですか?」と、アーヌが問うた。 「平気よ。それより、あなたこそ」 「ご心配は不要です。さ、入って」 アーヌはドアに向かって声をかけた。 ドアが開いて、一人の男が入ってきた。いつからそこで待機していたのだろう。ずっと二人の声を聞いていたんだろうか。だとしたら、普通の男の人なら平気じゃいられないはず・・・ ヨウシャの思った通りだった。男が全裸になると、まさしく平常で無い男のそれが、そそり立っていた。 「ヨウシャさま、少しだけお許し下さい」 目を潤ませて男のもとに駆け寄るアーヌ。 アーヌは男の足元にひざまずき、玉袋の裏側から入念に舐め始めた。 嫌というほどイッた後なのに、アーヌのフェラチオを見せられたヨウシャはまた発情してしまい、手元に残された棒を自分の中に挿入した。 「ああ、早く来て。早く来て。わたしにも、わたしにも。ねえ、アーヌ、あなたはわたしのお世話係なのでしょう?」 「はい、すぐにまいります」 日が暮れて、そして夜が開けた。その間、3人は持てる技法のすべてを駆使して、官能を分かち合った。 |
わずかに眠りに落ちたと思うと、ヨウシャはアーヌに起こされた。 「ヨウシャさま、お時間です」 夜通しの痴態が嘘のようだった。アーヌは始めてヨウシャの前に姿をあらわしたときと同じく、緑のワンピースにエプロンの姿だった。髪もきちんと結んである。 「アーヌ、年齢を聞いてもいいかしら」 「23です」と、アーヌは答えた。 ヨウシャよりも9歳も年上だった。とてもそんな風には思えない。メイド姿のアーヌは、ややもすれば自分よりも年下に思え、そんな少女をメイドとして仕えさせるなど、いたいけな少女に鞭を打っているような気になることすらあった。 そのことを口にすると、アーヌは言った。 「わたくしが仮に10歳にも満たない少女だとしても、お気遣いは無用です。人には役どころがあるのだと教わっています。そして、その役でしか、生きられないのです」 「そんなことないわ。運命は自分で切り開くものよ」 言ってから、しまった、と思った。見かけはともかく、アーヌは自分より遥かに年上なのだ。 セックスにしても、そうだ。「忌まわしい血」のおかげで怪奇なセックスすらも出来てしまうヨウシャだが、もし自分が普通だったら、セックスの経験やテクニックだってとてもアーヌにはかなわないと思った。 ヨウシャの心がわかるのか、アーヌは「わたくしはあなたさまのメイドですから、どうぞ、あらゆる気遣いはなさらないでください。でないと、わたくしが叱られますから」 わかった、とヨウシャは答えた。 「入浴、それから、朝食、そして、お召し変えの後、所定の場所にて待機していただきます」 お風呂は昨日と同じように快適だった。今朝は、全てをアーヌに任せた。アーヌは身体の隅々まで洗ってくれた。もっとも本能な部分を知られているからこそ、それはこそばゆく、恥かしかった。昨日、アーヌが「恥かしい」と言った気持ちがわかるような気がした。 アーヌの洗い方は完璧だった。丁寧で、優しく、そして、ひとつの手抜かりも無い。それは熟練の技とも言えた。とても気持ち良かった。いくら良い先生がいたとしても、この心配りは10歳の少女にはできない。やはりアーヌは23歳なのだ。 ヨウシャは思いきって聞いてみた。セックスのときだけ、なぜ、年相応の姿に見えるのだろう、と。 「先ほどわたくし、メイドは自分の役どころと申しました」 「うん」 「けれど、それは仕事上のこと。どこか抑圧されているのだと思います。ですから、幼くも見えるのでしょう。でも、だからといって、他にどのような職業がふさわしいのか、自分でもわかりません。メイドの仕事に不満もありませんし、やりがいもあるんですけれどね。でも、抑圧されているのでしょう。あるいは職業とは、多かれ少なかれそのようなものかもしれません。とにかく、自分の全てを開放出来るのが、セックスに興じているときなのです。だから、年相応に見えるのではありませんか?」 なるほど、とヨウシャは思った。しかし、次の瞬間、既に何になるほどと思ったのかがわからなくなっていた。 なすべきこと全てを終えて、ヨウシャは指示された場所に座った。 多くのものは立ったままである。しかし、ヨウシャには椅子が用意されていた。ステージが組まれ、その上には王と王妃がいるらしかったが、その直下にしつらえられた席に座っているので、ヨウシャから王と王妃の姿は見えない。 ステージからはスロープが地面に下ろされていた。このスロープを王子は上がり、座して待つ王と王妃に帰国の挨拶をするのだろう。 ヨウシャの座席は、アスワンの王子が通るであろう道の左側にあった。右側にもいくつもの座席がしつらえられ、着飾った男女が席を暖めていた。ヨウシャのいる左側がどうやら上級役人とゲストの席、右側が王族の席らしかった。 用意された椅子の数はそれぞれ30くらい。それより下座には役人や軍人などが並んでいた。左右両側合わせてせいぜい200人。大切な公務で旅に出ていた王子を迎えるにしては寂しかった。王家から離れて行った人達がいかに多いかを物語っている。 なんとなく想像していたのは、賑やかな楽団に迎えられながら、とりわけ上品な馬にまたがって帰国する王子の姿だったが、楽団などなかった。 やがて、王子が帰国した。王子がまたがっているのは、どこにでもいる何の変哲もない馬だった。付き人はわずかに5人。とりわけ立派な服装をした一人が先頭を進み、その後ろに3人が並んでいる。中央がアスワンの王子、その両脇にいるのは軍人らしかった。その後ろに従う二人は役人のように思えた。 合計6人の一行を出迎えたのは、ささやかな拍手だった。楽団もファンファーレもなにもないが、その拍手は心のこもった熱いものだった。涙している者さえいた。こんな状態になっても王宮に残り王に仕えている人々である。忠誠心に満ち、王家を心から信頼するひとたちばかりだった。 隊列が進む。アスワンの王子が、やがてヨウシャの前を通りすぎようとしていた。 ヨウシャは愕然とした。 長く過酷な旅だったのかもしれない。数々の試練や修羅場を越えてきたかもしれない。しかし、まさか・・・・ 王子の髪は白く、目は落ち窪んでくまだけがくっきりと浮かび上がっている。頬はこけている。顔中には深く皺が刻まれていた。赤茶けた顔のあちこちには、日焼けではない、あきらかな染みがいくつも浮かんでいた。 どうみたって、老人・・・。 「王子」という単語から連想する、若くて溌剌としたイメージなど、アスワンの王子その人からは微塵も感じられなかった。 |