Boy Meets Girl
「side TACT」

9.記憶
 
 十五年前の空港ロビーは底冷えのする十二月。記念すべき「レプリカ移住団」の第一陣が集まっている。

 "地球の複製を作る"
「地球移住計画」は表向き、"R計画"と報道されていた。

 レプリカはただのコピーではなく、やがて滅び行く、現在の地球"オリジナル"とすり替わる運命にあった。汚染が進んだ地球では、もはや人類の進化は閉ざされた。
 何年も何年も、激論が繰り返された「世界連邦会議」で、ある一つの決定が下される。選ばれた人間、つまり今後の人類の原型(オリジナル)が、レプリカに運ばれることで人類滅亡を回避する試み……

 研究員の間では「ノアの箱舟」と言われたロケットに乗りこむのは、まずレプリカの草創を託された、プロジェクトチームの家族であった。

 だが、一組の男女が険しい顔でいがみ合っている。男は女をなだめようと必死だった。
「僕らならまたやり直せる」
「やり直せる? 生まれた子供を殺してでも、あの星へ行くのね?」
「仕方ないじゃないか。セックスで、効率よく優秀な遺伝子を残すのは難しい。第一、同じ遺伝子が存在するコトさえ無駄だというのに」
「あなた……私とあなたの子供よ? 研究対象じゃなくて、私とあなたの子供なのに? その他には何も感じないの? ねぇっ! 私の言ってること、判る?」
 女は興奮した様子で男に食ってかかる。

「あぁ、可愛いよ。子供というものは。しかし、意味のない子孫を残して、また過ちを繰り返すのか? 飽和状態で滅びるこの地球のように。おまえこそ判ってるのか?」
「過ち? ねぇ、愛し合ったコトすら否定するというの? ずっと繰り返された歴史の、私たちの営みを過ちだと? あなたが生まれたコトは? 私たちが出会ったコトは?」
「じゃあ、どうしてもTactとKyrie、どちらも、選べないと言うんだな?」
「選ぶも何も、私がお腹を痛めたのよ? あなたの子供だから……」
「懐妊した時、政府がどちらかの遺伝子を"削除"することで "自然分娩"を認めてくれたのを忘れたのかっ?」
「原則には必ず例外があるわ。そのくらいの融通がきかないの?」
「……」

「あなた、いつかこの星は滅びるわ……でも、私はどちらか一人を選んでまで、あなたについていくつもりはありません」
「おまえ……」
 移住用のIDカードを女は床に捨てヒールで踏みつける。
 パキンと乾いた音が一度だけ鳴った。
「……」
「さようなら……あなた……」
 女は男の腕から赤ん坊を一人抱きとった。そしてゲートを引き返し、ガラスの向こうから出発する夫を見送った。いや、夫だった男を。このプロジェクトは若い彼がパイオニアとなっていたのだから。

 赤ん坊の足の裏には"Kyrie"と赤い文字で書かれていた。満面の笑みを浮かべて眠る"Kyrie"は何もしらない。

 女はコートの襟をたてて"Kyrie"を産着でしっかり包み込んだ。振り返らないでただ、雑踏へ舞い戻る。

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