Boy Meets Girl
「side KYRIE」

5.前兆

「どうした?」
 男があたしに話し掛けてきた。
「ん? 別に」
 あたしは背中を向けたままで返事をする。
 シュッ……シュッ……
 マッチの擦る音。 すると、慣れた煙草の煙が漂い始める。

 あたしはベッドの端に腰をかけて窓からネオンを眺めていた。
「大丈夫か?」
 男があたしの隣に座り肩を抱いた。
「大丈夫よ。なんでもないって」
 あたしはやっぱり明るく笑って見せた。男は週に一度、あたしを訪ねてバーに現れ、こうして朝まで過ごす。

 まだ時計は、夜中の一時を過ぎたばかりだった。いつもの手順であたしは、彼の頬を両手で挟み、もどかしいくらいキスの嵐を浴びせたのに、途中で彼がそれを拒んだ。
「キリエちゃん、何もしなくていいんだよ」

 ネオンはいつものように、あたしと男の顔をチカチカと照らす。役にたたないボロボロのレースのカーテン。そろそろ、付け替えてもいいかな? なんてぼんやりと思ってた。

「ねぇ、アレもしないのに、なんであたしに会いに来たの?」
 男はあたしの肩を大きな手で撫でながら少し考えている。
「朝まではあンたといくらでも何だってできるけど」
「キリエちゃんといたかっただけだよ。なんとなく」
 あたしを見つめる男の表情にあっけにとられた。
「え? マジ? それ? お金までだして?」
 男は笑ったまま煙草を吸い続ける。あたしもつられて笑みをこぼし、男にもたれかかる。

「あぁ、あと四日かぁ……」
「なに?」
「ヴィジター擁護のシフトにあたってンだけど……朝から晩まで図書館にいるだけなんだよね」
「へぇ……ヴィジターって?」
「ニュース見なかった? ほら、レプリカから来てる"首席サマ" だよ。なんでもちょっとしたおえらがたの息子らしぃンだが」
「あぁ……あの坊やね」
「坊やか。でもキリエちゃんだって、いくつも違わないんだろ?」
「あンたに年の話ってしたっけ?」
「この前ハタチになったって、聞いたかな?」
「そうそう……ほら十五の坊やじゃないの……」
 あたしの本当の年なんて問題じゃない。未成年との性交は、見つかれば罰せられるから。男は遠まわしに、予防線を張ってるだけだ。いや、そこまで計算のできる奴じゃないか。

「ヴィジターって、何しにこんなトコきたんだろうね?」
 あたしは温くなったペリエを、口にしながら男に聞いてみた。
「通達では、"過去歴論文の補足"の資料を探しにきたとか?」
「やっぱり秀才サマは違うわね、お勉強ばっかりで大変なコト。
 あたしは茶化しながら、ニュースで見た"彼"を思い出していた。

 ゲートを通るキョトンとした表情。初めて見るはずなのに、なんだか昔から知ってたような。懐かしい感触。

 チカチカ……チカ……チカチカ……、やっぱりネオンは不規則なシグナルを繰り返すだけ。
 あたしは残りのペリエをゴクゴクと飲んだ。それを男が欲しがるので口移しで飲ませた。男がくすぐったそうに声をあげると、なんだかそれだけで幸せな気分になれた。

 たわいない。じつに単純。幸せの構造。

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