「えー、毎度お騒がせしております。次の停車駅は、牛肉コロニー、牛肉コロニーです。2時間くらいで到着します。停車時間は29時間と29分29秒です」 車両を通り抜けながら、いつものように車掌が肉声で案内する。 そして、カゲローとリドリームの横に差し掛かると、「29時間29分29秒……にくニク肉ですね。まさしくお肉の星です。食べ放題ですよ」と笑った。 笑った、といっても、相変わらず表情は読めない。カゲローがそう感じた、というだけだ。 「肉、食べ放題かあ……」 「カゲロー……。あなたの大好物だものね」 「へへへ……」 しかし、喜んでばかりもいられない。肉を食うのは嬉しいが、嬉しいことと引き換えに、ちょっと辛いこともある。 それは、リドリームが「肉を食べたら、トレーニングもしなくちゃね」と、ジム車両に連れて行かれるからだ。 「食べたものを、文字通り自分の血肉とするには、身体をいじめなくちゃいけないわ」と、筋トレをさせられるのである。 リドリームはカゲローの身体をちゃんとわかっているようだ。決して無理はしないが、きちんと負荷だけはかけてくる。おかげでカゲローも、筋肉質のそれなりの体つきになってきた。そして、これまでと変わらぬトレーニングが苦にならなくなった頃、リドリームはそれを見切って、一ランク負荷をあげてくる。これではいつまでたっても楽にはならないのである。 「筋肉ばかりつけたって、しょうがないだろ」 日に日に量を増すトレーニングに嫌気がさしたカゲローが、そう言ったことがある。 これにリドリームが「そうね」と同意したときは、「やった!」と思ったが、一瞬の糠喜びだった。 「では、メニューを変えましょう」 「ええ?」 その日からの筋トレは、肉体を「維持」する程度のものに変わったが、そのかわり格闘術が加わったのだ。 驚いたことに、リドリームはそのどれにも長けていた。「武道」もあれば、剣やナイフなどの武器を所持しての接近戦、それに「射撃」もあった。 そのことに思い当たったのか、カゲローはまたも眉を曇らせた。 「思いっきり肉を食えるのはいいけど、そのあとで、今度は本格的な道場に体験入門なんてなったら、たまらないなあ」 「あはは。心配しなくていいわ。トレーニングは今のところ、車内だけよ。牛肉コロニーではそんなことはしないわ。だって、そんな暇もないしね」 今のところ、ということは、いずれ途中下車地でなんらかの訓練でもさせられるのかとうんざりしたが、それはまだ先のことのようだ。牛肉コロニーでは、思いっきりビーフステーキを食べまくろうと決心するカゲローである。 「さあ、それじゃ、食堂車へ行きましょう」と、リドリーム。 「え? 食べるのは、着いてからだろ?」 「死ぬほどお肉を食べるのよ。その分、先に野菜を食べておかなくちゃ」 「うえ!」 そしてカゲローは、死ぬほど野菜を食べさせられた。 「う、動けないよ、もう」 「じゃあ、これくらいにしておきましょうか」 「もう、ヒトカケラの肉も食えない。もったいないよ! 死ぬほど肉が食えるのに、野菜を胃袋に詰め込まれるなんて!」 カゲローは思いっきり文句を言ったが、リドリームは介さない。 「大丈夫よ。停車時間は長いわ」 「ちぇ!」 「さ、そろそろ降りる準備をしましょう」 |
野菜だけでお腹一杯になったカゲローは、「せっかくの牛肉があ……」と呟きながら、銀河鉄道指定のホテルに向かって、リドリームと歩いた。 駅前にはわずかにビルや商店があったが、人影は少なく、そういった建物もすぐに消えた。目の前に広がるのは、広大な牧草地。つまり牛の飼育地である。道は歩道部分のみ舗装されているが、車道は大地のままである。車の轍はあるが、交通量は多くない。たまにすれ違ったり追い越して行ったりする車のほとんどは、トラックである。大型から軽まで、さまざまなサイズのものが通る。 広大な牧草地のあちこちに、牛が数頭かたまっている。数十頭という群れもあって、犬が追いたてていた。 遠くに低い山が見え、そこへ至る視野には、こんもりとした林がポツンポツンと存在している。少しばかり土地も盛り上がっているようで、中に神社などあれば、まさしくという感じだが、直接通じる道はない。牧草地を横切っていかねばならなかった。 人家はカゲロー達の歩く道沿いに、数分置きにあるくらいだ。みんな酪農農家の佇まいを呈している。 まさしく牛肉の星なのだ。 「自然いっぱいに見えるけれど、これはみんな人工のものよ」と、リドリームが言った。 「アメリカの牧草地の写真を見たことがあるけど、近いよね?」 「そうかもしれないわね」 やがて、4階建てのビルが見えてくる。 「あそこがホテル。隣の平屋建ての建物がレストラン。ステーキでも、焼肉でも、食べ放題だわ」 「やった」と、カゲローは色めき立ったが、「でもまだ、お腹がすいてないヤ」 「立ち入り禁止区域にさえ入らなければ、自由に散歩すればいい。治安はいいわ」 「ふう〜ん」 |
恰幅のいいホテルのフロントマンに案内されて、カゲローとリドリームは客室に入った。さほど大きくない窓からでも、明るい日差しが注ぎ込まれている。しかし、そういえば太陽が出ていなかったのではないか? カゲローは不思議に思った。 「そう。この星には太陽は無いの。宇宙空間にポツンと存在する、牛肉生産のために作られたコロニーだから」と、リドリームは言った。 「じゃあ、どうして明るいの?」 「それはね……」 リドリームは語りはじめた。カゲローはそれをベッドの上に寝転がって聴いた。リドリームは適当なところで言葉を切り、電話でフロントにコーヒーとジュースのルームサービスを頼むと、再び続きを話し始めた。 だが、カゲローはジュースを口にすることなく、リドリームの解説をきくともなしに聴いているうちに、トロトロと軽い眠りの淵を彷徨い始めたからだ。 |
星の成り立ちは決まっている。宇宙を漂うチリやガスが原材料だ。漂うチリやガスにも、引力というものがある。それらが引きあい、ひとつの塊になると、さらに引力は大きくなる。そして、さらに周囲のチリやガスをまきこんでいき、どんどん成長していくのだ。 太陽系で言えば、こうして中心になる太陽ができ、その生成に加われなかったものたちが、やはり引力で引きあって惑星を作っていく。あつめた材料や集まり方によって、地球のような岩石の星になったり、木星のようなガスの星になったり、様々である。 牛肉コロニーはこうしたことを人為的に行ったのだ。地球に近いサイズの星にするため、チリやガスや、岩石の破片のようなものまで集めてた。 しかし、太陽はない。だから、エネルギーは完全な自給自足である。原料の水素は、宇宙には無限にある。宇宙に存在する元素のうち、なんと93%が水素なのだ。そして、残りの7%のほとんどがヘリウムで、それ以外の元素は全部合わせても1%にも満たない。だから原料には事欠かないのである。 そして、エネルギーは核融合で作られる。太陽などが燃えるのと同じ原理なのだ。 核融合炉が供えられた人工の星、それがこの牛肉コロニーだ。 実はこの星、人が住んだり、牛が育てられたりしているのは、地表の1/6に過ぎない。その1/6の土地を囲むように巨大な照明装置が備え付けられており、空に向かって照明が照射されている。その光が大気の分子に乱反射して、昼を演出しているのだ。もちろん、夜には照明が消される。夜となった地表には、道路に設置された街灯や、家やビルなど建物の中を照らす電灯などが、人々の暮らしを照らす。 人々はこの作られた「地球に似た環境」の中で牛を育て、他の星に牛肉や牛乳を輸出しているのだ。 この人と牛のための1/6の地表以外の部分、残り5/6は一般人立入禁止区域だ。管理区と呼ばれている。ここには、核融合炉はじめ、この星を制御するあらゆる機能が備わっている。 そして、この管理区には、この星の住人はいない。 全てこのコロニーを管理するために、他の星からやってきた人たちである。 彼ら彼女らは、管理官と呼ばれる公務員だ。コロニーの住人はただ運命に従うように、この星に生まれ、牛を育て、様々な星に提供するために働いている。星で生まれた男と女は星で結婚し、子をなす。その子もまた、牛飼いとしての一生を過ごす。管理官がどこから来た人たちなのか、どういう理由で選ばれたのか、星の住人は一切その来歴を知らない。知ることも許されない。ただ、管理下で営々と運命に従うだけなのである。 |
「自らの運命を、自らの手で切り拓くことが許されないなんて、なにか、違うような気がする」と、カゲローは言った。 トロトロと彷徨った軽い眠りの中でも、それなりにリドリームの話は聞いていたようだ。 野菜だけで満たした腹の中身はすっかり消化されていた。 「さあ、じゃあ名物の肉を食べに行きましょう」 リドリームに誘われたが、あまり気は進まなかった。空腹にはなっていたが、“何者か正体のわからない支配者の元、誰かに決められたままに生きねばならない人たち”によって作られた牛肉を、「お肉、大好き」とむしゃむしゃ食べていいものだろうか。 カゲローにはそうは思えなかった。 リドリームは言った。 「この星の人たちのように、自分の進むべき道がひとつしか用意されていない人たちは、なにもここの住人だけじゃないわ。それに、この星の住人達は、これが一生の使命と信じて、上質の牛肉、美味しい牛乳を作りだすことに、一生懸命になっている。誇りをもって仕事をしているわ。その星を訪ねて来たんだもの、敬意を表して、お腹一杯、お肉を食べるべきじゃないかしら?」 「……う、そうか、も」 カゲローには返す言葉もなかった。 なぜなら、自分はまだ誇りをもって仕事をしたことがない。 「それにね、カゲロー。世の中にはもっと、悲しい人たちも存在する……」 「悲しい、人?」 「そう。とっても悲しい人よ。目の前にいくつもの道が拓けているのに、そして自由も用意されているのに、不条理なものに選別され、本人の努力や才能とはかかわりなく、貶められて行く人たち……」 そう語るリドリームは、まさしく悲しい人々に同調するかのように、瞳の色は曇っていた。 |
カゲローはリドリームとともに、ホテルの隣のレストランに入り、席に着いた。 メニューは多くない。焼肉にステーキにゆっけなど、肉料理ばかりである。 「カゲローはステーキよね?」 「そうだね」 「わたしも同じでいいわ」 「かしこまりました。焼き方と量はいかように?」 「ミディアムレアで。わたしは200グラム……、カゲローは500グラムは欲しいわよね……」 「ちょ、待って……」 いくらなんでも、500グラムは多い。そんなに肉ばかり食べたら、付け合わせやライス、それにスープやサラダなど、それ以外のものが食べられない。 そう指摘すると、リドリームは中途半端に笑った。 中途半端に……カゲローには、そう見えた。 心の底から笑ったのではなかった。 「ここには、肉と牛乳以外には、ないわ……」 「え?」 「ここは、牛を育て、供給するためだけに作られた星。それ以外のものは作られてないし、他からの供給も受けていないのよ」 「じゃ、じゃあ栄養のバランスとか……」 「サプリメントがあるわ」 「そ、それって……」 とある感想をカゲローは口にしようとしたが、ウエイターが注文の品を運んできたので、言葉を飲み込んだ。いくらなんでも、この星の住人を前にして、「まるで餌」とは言えなかった。 カゲローはタイタンにいた頃の犬を飼っている友人を思い出していた。 「犬に人間の食事を分け与えてたりする愚かな飼い主もいるけど、犬にはドッグフード。何から何まで犬のために考えられた配合なんだから。あとは飼い主が、犬の年齢や成長にあわせたものをセレクトして、適切な量を与えるだけ。飼い主と同じものを与えるなんて、飼い主の自己満足。犬の健康のためには良くないんだ。人間には良くても犬には与えちゃいけない食べ物もあるんだからさ」 犬好きの彼の話を思い出すと、犬の餌の方がまだマシかもしれないとすら思う。なにしろ、犬のために開発されたものなのだから。 その点、この星の住人の食事は……。肉と、その他はサプリメント。そんな食生活をしている星の住人達は、人の食生活を豊かにするための一翼を担い、延々と牛を育てている。 なにかが間違っている、どこかがおかしい。そうカゲローは思った。 |
ホテルの自室に戻って一休みしたカゲローは、散歩にでも出るかと考えた。 どうせ次の食事も肉しかない。多少は身体を動かした方がいい。 リドリームに訊いても、この星には娯楽らしい娯楽は無いという。 「管理官によって、余計なことに携わらないように、余計なことを目にしたり耳にしたりしないように、統制されているの」 ますますおかしいと思った。 「端っこまで行けるかな?」 「端っこ?」 「立ち入り禁止区域の手前、境界線が観てみたい。その先の立ち入り禁止区域を観てみたい」 「それは無理ね」と、リドリームは言った。「ほぼ、地球サイズの星なのよ。その1/6を歩ききれるわけがないわ」 「そっか」 もっともな話である。カゲローは諦めて、身体をベッドに投げ出した。 その時である。 平和でのどかなこの牧場の星に、あまりにも似つかわしくない非常警報音が鳴り響いた。 「え? な?!」 部屋のどこにスピーカーがあるのかわからないほどのけたたましい大音響だ。 部屋の壁といい天井といい床といい、全てがユニットになったかのようだ。 「いけない。避難しなくちゃ。カゲロー、急いで」 とるものもとりあえずとは、まさにこのこと。リドリームはカゲローの手を掴むと、「行くわよ。走って!」と言った。 「カゲローさん、リドリームさん、急いで急いで。999号はすぐに発車します。急いでこの星から離れないと!」 客車のデッキから身を乗り出すようにして、ホームへ走り込んで来る2人を迎える車掌。 「いったい、何が?」 質問をしている暇もなかった。リドリームに腕を掴まれたまま、走り続けけたカゲロー。999号に駆け込み、ようやく座席に身体を収めたが、既に喋ることができないくらい息が切れていた。 「どうやら間に合ったわね」と、何事も無かったように言葉を口にするリドリーム。 いったいどんな体力しているんだと、カゲローは目を丸くした。 「何としても間に合わせます。逃げ切ります。999号、発車します」 ガクンと、軽い衝撃のあと、999号はいつものように動き出した。発車の手順というのがあるのだろう、とりたてて慌てふためいて出発したという感じはしない。だが、地上の線路から離れ、空中へ、そしておそらく大気圏外へ出た後も、999号は加速を続けた。いつもならいったん定速運転に移り、宇宙空間の本線とも言うべき空間軌道に入ってから再び加速するのだが、本来の路線など無視するように、一直線に星から遠ざかりながらどんどんスピードを上げてゆく。進行方向に向かって座っていたカゲローは、いつまでも背中を突き上げるGを感じていた。 そして、カゲローとリドリームの目が合った。 「あの警報を聴いたのは、2度目……」 カゲローは何も返事せず、続くリドリームの言葉を待った。 「星が崩壊するから、外来者はすぐに逃げなさい、そういう意味よ」 見れば、窓の外を小型の宇宙船がいくつか飛行している。 「管理官達も、逃げ出したのね」 「星の崩壊って……? 外来者は逃げなさいって……? じゃあ、あそこに住んでいる人たちは?」 「一緒に滅ぶ運命よ。そう決められているの。あの星で産まれて、たったひとつの価値観だけが与えられてあの星で生きて、そして死んでいく。そう決められた人たちだから」 決められたって、いったい、誰がそんなことを決めたんだ! カゲローは怒りを感じた。 もし自らの力で宇宙船を手にいれ、旅立つ才気のある人ならば、逃げることだってできたはずだ。それが許されないルールがあるというのか。だったら、そんなルールはおかしい。 カゲローの呟きを聞いたリドリームは、「そうね、その通りだわ」と同意した。 何人たりとも、自分の運命を自分で切り拓く権利はある。成功するか失敗するかは別として、チャレンジする機会は平等にあるはずだ。カゲローはそう思った。 この星に来た時に感じた、「何かがおかしい。何かが歪だ。何かが狂っている」、そう漠然と感じたものの正体を見たような気がした。 この星は、人としてのありようを全て剥奪された人が、牛肉の供給だけのために奴隷のように、あるいはマシンのように扱われて、成り立っていた星なのだ。 「いったい、誰がそんなこと!」 いったい誰がそんなことを企図して、実行したのか。 管理官とは、いったい何者なんだ!? 「情報が入りました」と、車掌が2人の元にやってきた。「核融合炉が制御不能の暴走状態になったとのことです」 「人間が太陽を作ってコントロールしようとした。どこかに無理があることがわかっていながら……。愚かなことだわ」と、リドリームが言った。 カゲローは思った。果敢にチャレンジして、そして失敗することは、愚かなことではない。しかし、この星のために尽くしてきた人たちを見捨てて、利用しようとしていた連中が逃げるというのは、絶対に間違っている、と。 全力で加速を続ける999号のおかげで、人口惑星「牛肉コロニー」が点ほどの大きさになった頃、星は全宇宙を光で埋め尽くすほどの輝きを放って、そして消滅した。 「カゲロー、あなたの方が正しかったわね。この星も、悲しい星だわ」 リドリームがポツリと言った。 |
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