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オリジナル曲、出来た |
ケイコから曲が出来たという知らせがあったのは、バンド結成から1カ月たった頃だった。 学校には既に、「オリジナルを中心としたアコースティックなバンドをする」と届け出を終えてあるから、後には引けない。 「今からスコアを持って行くから、見てくれる?」 「ああ、いいよ」 ケイコからの電話はそれだけの会話で切れた。 今日は学校は試験前の休みである。3日間の休日を挟んだ後、1学期の期末試験。そして、すぐに夏休みだ。夏休みには夏期講習がある。夏期講習は自由参加になっている。学校のそれに参加するのもいるし、塾や予備校に通うものもいる。僕はどちらにも申し込んでいなかった。 僕はまだ進路を決めていない。進学はしたいと思っていたが、大学へ行きたいのか、専門学校へ行きたいのか、どうゆう分野に進みたいのか、自分自身さっぱりわかっていない。かといって、自分の成績で入れる学校を適当に見繕う気にもなれなかった。 そんな状態で、夏期講習などゴメンだった。燃えないのだ。 この夏僕は、本当に受験勉強に取り組めるのだろうかと考えたとき、その「燃えない」部分が邪魔になって、否定的な気持ちになる。かといって、他にやりたいこともない。 そう思っていたのだが。 ケイコがオリジナル曲を持ってやってくる。その電話を受けたとき、少し僕の心に火がついたような気がした。 あの日から、バンドを組もうと決めた日から、僕はずっと、半信半疑でいた。僕流に言えば、何も燃えはじめなかった。荒唐無稽すぎて、現実味がなかったのだ。 キーボード、ギター、ハーモニカという編成が普通じゃなければ、オリジナル曲なんて作れるはずもない。そう思いこんでいたのだ。思いこんでいながら、結局トシアキとケイコにズルズル引きずられる形で、僕がリーダーということで学校に届けを出してしまう。何とかなるだろう、ではなくて、どうにでもなれ、そんな気持ちだった。 それが、「曲が出来た」の知らせで、ほのかに現実味を帯びてきた。 やれるかも知れない、うまく行くかも知れない。 2時間ほどして、ケイコがやってきた。 「デモテープはないんだけど、譜面だけでわかるよね?」と、ケイコはセカンドバックから折り畳んだスコアを取りだし、僕の目の前に広げた。 「わかると思う」と、僕は言った。 「空」と、タイトルに書かれている。「作詞:sumire 作曲:keiko」とも。友達に作詞を頼んだのだろうか。 「いいタイトルだな」と、僕は直感的に答えていた。 主にCの長調で構成され、ときにマイナーコードが見え隠れする。 ハーモニカだけのイントロで始まる。高音部に2分音符や全音符があり、4小節目にキーボードがかぶさってくる。和音のやはり長い音符。ちょうど、ハーモニカの前奏を受け継ぐような感じ。キーボードがハーモニカの後を受けると、ハーモニカの演奏は、8分音符で高音部と低音部を行ったり来たりする細かいフレーズを奏で、5小節目からボーカルとギターのストロークがスタート。 イントロが長いかな、という気はしたけれど、壮大で爽やかでゆったりした印象を受ける出だしになりそうだった。 「ピアノではなくて、エレピかシンセを前提に書いたんだけど」と、ケイコ。 「いいよ。というか、いいと思うよ。学校の備品にあったと思う、エレピ」 「うん」 そして僕は、お玉じゃくしと詞のひとつひとつを目で追おうとした。 そのとき、チャイムが鳴った。また、訪問者だ。 たまたま母親は留守をしていて、僕が応対するほか無い。せっかくケイコの作った歌に目を通しているのに、面倒だなと思いながら、席を立った。 訪問者は、トシアキだった。 「お、ちょうど良かった」 ぼくはケイコが来訪中であり、曲が出来たんだよ、そうトシアキに伝えた。 「そうか、俺も実は、ひとつ作ったんだ。ケイちゃんに見せる前に、お前に先に見て欲しかったんだが、まあいいや」 なに? ケイコだけでなく、トシアキまで曲を作ったのか? どうしたって言うんだ。学校社会の輪から遠ざかることばかりしていたトシアキが、学校社会の中でバンド演奏をすることを決意しただけでなく、曲作りにまで手を出すなんて。 何となく周りと同化しながら、そのくせボーっとしていたのは僕だけだったのか? 「まあ、とにかくあがれよ」 「そうする。ケイちゃんの曲も見たいし」 「ああ」 僕は安易だったのだろうか。バンド演奏を卒業制作でする場合、3曲と決められている。(卒業制作ではなくて、単に学園祭でバンドをしたいと言うときは、30分の持ち時間を自由に使える。30分以内なら1曲だけでもいい。) オリジナル曲をやりたいという希望が出たとき、ぼくはそれは一曲限りだと思っていた。あとの2曲はコピーだと、やはり思いこんでいた。 それは、間違ったことなのか? |
どこまでも続いてた あの空はもう見えない だけど僕らは何も なくしたわけじゃないさ
あの日僕らはあの空を 追いかけて走っていた 丘に登れば虹のかけらが あると信じていた 望むこととできることの 違いさえわからずに はるか遠くのあこがれを いつも追いかけてた
幼い頃は夢見たことが すべて真実だった 星にさえいつか手が届くはずだと 思っていた
どこまでも続いてた あの空はもう見えない だけど僕らは何も なくしたわけじゃないさ
やがて僕らはがらくたを 捨てるのがうまくなり やがて僕らは言葉を 選ぶのがうまくなった 可能性を逆算して 合理的に生きてゆく それが大人になってゆくことだと 言うのだろうか
着る服が変わっても 着る言葉が変わっても 僕が僕であることに 違いなんかないはずさ
どこまでも続いていた あの空はもう見えない だけど僕らは何も なくしたわけじゃないさ
どんなに時間が流れても どんな場所で暮らしていても 僕の中には今もあの空が 続いている
どこまでも続いていた あの空はもう見えない だけど僕らは何も なくしたわけじゃないさ
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ラストシーンだと思わないで 物語はいつも続いている 終わりも始まりもなくて 流れていることを実感して
はしゃぎまわったあの時のことを今でも覚えている 学生時代最後の夜だからと 誰もが自分に言い訳をして 羽目を外すことが 儀礼だと思っていた だけど心の隅の寂しさを 感じないわけにいかなかった
これからも励まし合っていこうとか 前向きな話をすればよかったね 僕たちは何も終わっていない 本当はわかっていたはずなのに
ラストシーンだと思わないで 物語はいつも続いている 美しく幕を引くことより 走り続けること選択して
喜びと悲しみに明け暮れて毎日浮き沈み それこそが生きてる証だと 誰もが自分を奮い立たせた 今を嘆くことで 明日を語っていた そして心の中のぬくもりは いつも誰かに向けていた
なつかしく過去を語り合うとき 前向きな話は出てこないね 僕たちは何も終わっていない 本当はそう信じていたい
ラストシーンだと思いたくない 物語はいつも続きがある 精一杯歩けば 明日の形は変わる 振り向いたとき自慢できるように |