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ライブ |
放課後の音楽室で僕達は練習をさせてもらうことになった。 事前に申請しておくと、発表までに最低一回は使わせてもらえる。もし希望者が少なければ2回、3回と割り当てが回ってくる。 今年は平年並みで2回と言うことだった。 今日は音楽室が使える一回目の日。といっても放課後全て自由に使えるわけではない。やはり割り当てがあって、僕達は2番目だった。まだ時間がある。 トシアキとケイコは順番が回ってくるまで校庭の片隅で練習をすると姿を消した。アコースティックギターとハーモニカだからどこでも練習が出来る。ピアノ担当の僕はそういうわけにはいかず、僕は前のグループの演奏を聴くことにした。 エレキギター、エレキベース、ドラム、キーボード、ボーカルの5人編成。ありふれてはいるが無難な編成だ。ベースだけが女の子で少し珍しいかも知れない。 一体どんな曲をやるのだろうか。 「邪魔じゃ、ないよね」 入り口付近で立っていた僕は、それとなくバンドメンバーに声をかけた。 「次の方?」 「そう」 「いいよ。どうぞ」 僕は教室の中ほどに進み、一番後ろの席に腰を下ろした。僕の他には音楽の教師が窓際の席に座っているだけだ。音楽教師は特に何か指導をするためというわけではなく、音楽室を使わせている責任上そこにいる、といった感じだった。表情はあまり興味なさそうだった。 「じゃあ」と、ギターが声をかけると、ドラムはカン、カン、カン、カンとスティック同士を打ち合わせてリズムを取り、それを合図に演奏が始まった。 イントロだけでわかった。J−POPのポピュラーな曲のコピーだった。僕でも知っている。 電子楽器だからだろうか、最初僕は、どうしてこんなに大きな音でがちゃがちゃと演奏するんだろうと思った。 ぐわああん、という感じで耳馴染みのあるメロディーがどっと押し寄せてくる。 コピーはそれなりにきっちりしている。何と言っても誰もが知っている曲というのは強みだった。いつしか僕も足でリズムを取り、頭の中を歌詞が流れていった。 賑やかで楽しげな演奏。流行に乗り、何事も主張せず、気持ちよく駆け抜けていくメロディー。 演奏には若干の荒削りな部分を感じないでもなかったが、ボーカルが格段にいい。本家よりもいいかも知れない。特別なボイストレーニングを受けているのだろうか? このボーカルにそれぞれの楽器の音色が多重的に重なり、時々詞が聞き取りにくくなるものの、誰もが歌詞を口ずさめるほどのメジャーな曲だから気にならない。 僕はどんどん音楽世界に入り込んでいった。 もちろん、プロのようにはいかないだろう。アラを感じて時折ふっと冷めてしまうのだけれど、それでも次から次へと押し寄せるリズムの波に次の瞬間にはまた飲み込まれた。 1曲目が終わると、バンドメンバーの5人はボーカルのところに集まってきてディスカッションが始まった。 「おいおい、どんどん練習していかないと時間切れになるぞ。後がつかえているんだ」 音楽教師が声を投げた。 別に上手く無くたっていいじゃないか、音楽教師はそういっているように僕には聞こえた。ただ、やればいい。やれればいい。やり終えればいい。 僕はあまりいい気持ちがしなかった。 が、これこそが学校教育なのだろう。 とにかく定められたカリキュラムをこなさなくてはいけない。こなせばいい。完成度は問題じゃない。 受験に関係ある科目ならそうはいかないだろうけれど、確かに音楽の授業というのはそういうものかも知れない。 でも、と僕は思う。 時間内に予定された曲全てをすまさなくちゃいけないのか? 僕達はプロじゃない。プロじゃないけれど、やるからには納得いく音楽を作りたいと思う。 音楽室の利用を認められた時間内で、たった1曲しかできなければそれでいいじゃないかと思う。 もしかしたらその1曲ですら、イメージ通りに出来ないかも知れない。 結局どの曲も思い通りにならないまま当日を迎えるかも知れない。 だけど、ただ何となく予定した曲目を演奏し終えればいいというものではないと思うのだ。 そんなことを考えながら、僕はハッとした。 なんのことはない、ホンの少し前まで、僕はまさしくこの音楽教師と同じように考えていたことに気が付いた。 とりあえず卒業制作をしなくちゃいけないから、誘われたままにバンドをする。それならお気楽なコピーバンドでいいじゃないか。 いつの間にかトシアキとケイコのペースに巻き込まれてオリジナル曲を作り、「さっさとこなしてしまえよ」という態度がありありと見える音楽教師に反感を抱く。 僕達の前のバンドは結局ディスカッションを10分近く続けた。ボーカルもギターを肩から下げて、再度同じ曲を演奏する。 以前よりテクニカルでリズミックな演奏にはなったけれど、曲としてひとつ高みに達したとは僕には思えなかった。 2回目の試奏のあと、またディスカッション。 音楽教師はもう口を挟まず、陽の傾きかけた窓の外をじっと見ている。 僕も真似をする。校庭の片隅にふたつの人影。トシアキとケイコだ。 音を出している時間よりも、喋っている方が長いように感じられる。 どんな風に演出しようか、なんてことを話しているのだろうか。 いつしか3度目の演奏が始まった。サビの前の部分がガラリと変わっていた。 キーボード以外全てプレイをやめ、ほとんどボーカルのみ。キーボードにしても静かに高い音色を流すだけ。空気の澄んだ高原の、空の高いところに一筋の雲が流れるような、頼りなさそうでそれでいてくっきりと青空を引き立てるようなメロディー。 サビになると再び全ての楽器が主張をはじめ、一気に雰囲気を盛り上げる。 随分工夫をしたなあと、僕は感心した。 「きみ、パートはなに?」 ドラムの男から僕は不意に声をかけられた。 「え? ピアノ、だけど」 「そう!」 またまたディスカッションが始まってしまった。 ややあって、「これ、出来る?」と、楽譜をわたされた。 「え?」 出来るかと聞かれば、出来る。 馴染みのある曲だからメロディーラインは頭の中に入っている。 しかも、間奏とサビの部分だけだ。 「原曲だと間奏の部分にはボーカルと同じメロディーで最初から4小節分生ピアノがはいってるだろう? それを実現したいんだよ」 「あと、2番が終わった後、サビのところをリフレインするんだけど、そこをピアノだけで唄わせたいんだ」 「うちのボーカルっていいでしょ?」 口々にメンバーから説明を受ける。 「やれないことはないよ」というフレーズが頭の中に浮かび、でも口にしたのは「オッケー。やってみよう」だった。 「また同じ曲をするのか? フルコーラスでやるともう時間オーバーになるぞ。次のバンドが待ってるんだから、時間通りにしなくちゃなあ」と、音楽教師が言った。 「時間延長を次のバンドが認めます」と、僕は言った。 いつの間にかトシアキとケイコも音楽室に来ていて、「いいぞいいぞ」などと叫んでいる。僕はピアノの前に座った。ほとんどの楽器はプレイヤーの持ち込みだが、幸いピアノだけは音楽室に備え付けてある。(ドラムなどは準備室から運び込んで自分たちでセッティングしなくてはいけない) 「じゃあ」 ドラムの男が僕の方を向き、僕は頷いた。 ドラムスティックが打ち鳴らされるカン、カン、という音を合図に曲が始まった。 間奏までは出番がないので上半身でリズムを取りながらボーカルの後ろ姿を見つめる。 僕という初めてのメンバーに心を重ねようとしているのか、誰もが時々僕と視線をあわせる。特別な所作をするわけではないのだけれど、これで気持が通じてしまうのが音楽をやるもの同士である。 そして、間奏。 僕は他の楽器に負けないように、力強く旋律を奏でた。 この後の出番は、最後のサビのリフレインだけだったけれど、2番のサビのところをアドリブでビートを刻んでみた。 そして、いよいよ僕とボーカルの二人だけになる。これは原曲のアレンジにはない僕達のオリジナルだ。 決して易しいフレーズではなかったけれど、僕は「トチッてもいいや」と思っていた。それよりも、自分なりの雰囲気を演出したい。 ゆったりとした暖かい大地のような低音と、小鳥達がはしゃぎ回っているような小刻みな高音。これが僕のイメージだ。 そのねらいはおそらく80%ぐらいは成功したと思う。そしてボーカルは、目の前の海岸線を流れていくようだった。ピアノの指を操りながら、僕は音楽に身をゆだねていた。 演奏が終わる。 しばらくの静寂。 「いいじゃないか」と、口火を切ったのはトシアキだった。 トシアキに呼応するように、ケイコがパチパチと手を叩く。 バンドメンバーからは「よし」「これだ」などと歓声が上がり、ベースがガッツポーズをし、ドラムが親指を立てた。 悪くない。 うん、悪くないよ、これ。 僕は自分自身に言い聞かせるように頷いた。 |
僕達もまだバンド名は決めていなかったけれど、彼らも同じだった。 話は簡単にまとまり、僕は1曲だけピアノで参加することになった。だから、6人編成のバンド、ということになる。そこで付けられた名前が「ダイス」。6面体だからだ。 それにあやかって、僕とトシアキとケイコは、3人なので「トライアングル」にした。 10分ほどおして、僕達トライアングルの練習が始まった。 ダイスのメンバーは誰も音楽室から出ようとしない。 「3人編成ね。」と、ベースの女の子が言った。「ちょっと、寂しいかな。お返しにわたし参加してもいいよ」 「まさか飛び入りがあるとは思わなかったから、このメンバーで完結した作りをしたんだよ。だから、一度聞いてみてくれないかな?」と、トシアキ。 「ええ。で、どんな曲?」 「ええと。。。まあ、聴いてよ。オリジナルだから」 「ええ?!」 声を出したのはベースの子だけだったが、みなが一様に驚いたようだった。 僕がピアノの前に座る。ケイコはパイプ椅子に座って足を組み、ギターを持つ。 トシアキはマイクスタンドの前に立つ。本番ではマイクもセッティングされるけれど、今日はスタンドだけだ。楽器は何も手にしていない。 おそらく、誰もが利明のことをボーカルだと思うだろう。 「じゃ」と、僕が言い、鍵盤に指を落とした。 スローバラードのように思えるピアノに、すぐギターがかぶさる。 コードを押さえながら、主に高音の三つの弦を押さえる指のひとつをフレットからフレットへきめ細かく動かすことによって、そこそこテクニカルな演奏に聞こえる。もちろん右手はピックによるストロークではなく、スリーフィンガーでひとつひとつの音を丁寧に奏でていく。 ピアノに比べてギターが音をはじき出す間隔はとても短い。別々に聴けば全く違う曲になるはずだ。それがお互い重なり合うことによって新しい世界を創りだしていく。 楽器編成がシンプルなだけに、奏でられたそれぞれの音がきっちりと耳に届き、さらに心の一番深いところにしみ込むようだ。 前奏の終わりに僕は鍵盤の左から右へダダーッと指を滑らせ、その間にケイコが足下に置いたピックを拾い上げる。 歌を唄っている間はケイコのギターはストロークによる演奏がメインになる。 そして、ボーカルと同時にブルースハープのスタート。 トシアキはおもむろにポケットから小さなハーモニカを取り出し、口元に寄せた。 ダイスの重層的に重なったダイナミックな音楽と違い、僕達は比較するなら繊細だ。 ケイコの声の透明さは、低い音域でもなお澄んでいて、水源から湧き出たばかりのせせらぎのようだった。 オリジナル曲のハンデはない、と僕は思った。 詞の内容がふんわりと届く。楽器からあふれるひとつひとつの音と同質のものとして言葉が漂い、頭の中で再び詞として結ばれる。 演奏を終えた僕達トライアングルは、ダイスのメンバーに拍手喝采で迎えられた。 「わああ、すごいすごい」 「綺麗な音楽」 「こんな突飛な編成のバンド、はじめてだよ」 しばらくワイワイと声が行き交った後、「でもまあ、プロじゃ珍しくない編成なんだけどね」と、ダイスのドラムが言った。 「え? そうなの?」と、ダイスのベース。 「ほら、観客動員とか予算とかの絡みで、少人数の編成を組んだりするだろ? そういうときに、ちょっと一工夫をしたりするんだよ。プロは」 そうなんだ、と、僕は思った。実は苦し紛れの編成であるなあと、個人的には思っていたのだ。トシアキやケイコは知っていたのだろうか? 「へええ。ベースもドラムもないなんて、ちょっと想像が付かなかったなあ」と、ダイスのベースが言った。「わたしの出る幕、ないかも知れないなあ」 「次の曲は、そんなことないと思うよ。ベースと、タンバリンが欲しいってのが正直なところ。わたしの創った歌なんだけどね」と、ケイコが言った。 ケイコが創った次の曲。−マイナーコードでアップテンポ。全体的に高音部でまとめられているので、落ち着きに乏しい。これにベースが加わったらぐっと引き締まるだろうし、より他の音色が引き立つだろう。 そして、打楽器が欲しいなと言う想いは僕も同じだった。ドラムではなく、耳をなでていくようなトン、トンという音。なるほど、タンバリンか。その通りだ。ちいさなシンバルがこすれ合う音色が加わればなお引き立つだろう。 「一度聴いたら、アドリブで出来るかな?」と、ダイスのベース。 「大丈夫よ。コード三つしか使ってないから」 「タンバリンは俺がやるよ」と、ドラムが言った。「たまにはステージの前の方に立ってみたいからな」 こうして急遽5人編成のトライアングルが誕生した。 成り行きとはいえ、ギター、ピアノ、ハーモニカ、ベース、タンバリンという妙な組み合わせである。 これがまたこの曲に良くマッチした。 |
いっそのことこのふたつのグループをひっつけて8人でやろうか、という話まで出たけれど、それは却下された。 それぞれが既に練習をしていることや、ひとつのバンドと言うことになれば発表のための時間も1グループ分しか割り当てられず、演奏曲が半減してしまうからだ。 それで、お互いに助っ人を出し合う、別々のグループという形は継続した。 けれども、この出会いのおかげでスタジオを借りて練習することが出来そうだという話がまとまった。 8人ならスタジオ代も払えるだろう、というわけだ。 どちらかというと卒業制作発表のための練習と言うよりも、つるんで音楽をするのが楽しそうなメンバーだなと誰もが感じたからだろう。 音楽教師に追い払われるように学校を出た僕達は、しばらく喫茶店で色々な話をした。 そこには、徐々に人を寄せ付けなくなっていったトシアキではなく、難しい顔をして真剣な話をしたり、下品に大笑いする昔のトシアキがいた。 僕もいつの間にか変わっていた。無難に適当にやれればいいや、という気持はなくなっていた。少なくとも、このメンバーで音楽をする限りは。 ケイコは。。。。多分、相変わらずなのだろう。 僕達の卒業制作発表は2週間後に迫っていた。 おわり |