「キオト」
■INTERVAL-3-
 結婚って言葉。
 意識して出さないようにしてた気がする。口に出したら康之と終わるような気がして。やっぱり私はビクビクしていた。情けないけど、二十五を過ぎた頃から恋愛観がコロっと変わった気がする。

 康之が初めてじゃない。何度目かの恋の相手と思えばそれはそれだけど。
 ううん、誰かに何かを言われたわけじゃない。ただ、ひとりぼっちにされる恐怖が私を物分りのいい女にする。始終一緒じゃなくってもいいの。だけど本当の独りにはなりたくない。だから……だから……

 三十を目の前にした女が、学生時代の恋の楽しみ方なんて今更できないじゃないの。世間体? ううん、そうじゃなくって。怖いから。怖いだけ。

 電話が鳴った。
 私の思考がそこで切断される。携帯じゃなくて自宅の電話だった。私は三コール目を待たずに受話器をとる。

「響子? 俺、康之だけど」
「お疲れさま、どうしたの?」
「今から会社でるけど、たしか明日休みだったよな?」
「うん、今度の土日は休めるよ? やっちゃんは?」
「俺も休めるらしいから、久しぶりに走りに行くか?」
「明日? ええよ?」
「違う違う、これから行くんだよ」
「え〜これから? また、なんか写真でも撮ろうって?」
 私は怒りながらもあきらめていた。康之は一度言い出したら(こういう時は特に)引かないから。でも、それが彼の可愛いところだったりするわけで。

「ほら、響子、いつも言ってるからさ……」
「ん? なにを?」
「海、海みたいって……」
「あ……やっちゃん……」
「それに俺、響子に見せたいものがあるしさ」
「え? なになに?」
 すっかり怒ってたことなど忘れている。

 康之は私を操るのがうまい。小手先の機嫌取りではなくて、本当に私でさえ忘れてるようなことを覚えていてくれるから。

 いや、うまく操られてるかな? ふふ……
「なに? 響子、なんかおかしいか?」
「ううん、ちょっとね」
 たしか、タンデムしてもらう時には、オレンジ色のパーカーと赤のコンバース履いてたっけ?
「夜は目立つ色じゃないと」ってよく注意されたこととか。色々思い出したりするわけ。

 

モクジニモドル//ススム