第3話 プレゼント「青空」   =1= 



 「久しぶりね。どうしてた?」
 清花は懐かしげに目を細め、とびっきり穏やかな笑顔で僕を迎えた。
「へえ、ここがねえ」
 僕は室内を見回した。
 私鉄沿線、駅前。ささやかなロータリーはバスターミナル兼用。ロータリーからまっすぐのびる道が商店街。
 その一件が廃業した。そこに「有田探偵事務所」が入居したのだ。
 元がちいさなブティックだったらしく、道路に面した側は全面ガラスで室内に明るい陽光がそそぎ込んでくる。秋が深まりつつあるいま、この陽射しは慈愛に満ちていた。
 もっとも外から丸見えの探偵事務所なんて依頼者はさぞ入り辛かろう。社長もそう思ったのか、大きなガラス窓の内側にはわずかな隙間を残してパーテーションがたてられ、視野を遮っている。
 ガラスとパーテーションの間には花瓶を載せた丸テーブルがおかれている。
 事務所全体の底面積はそれほど広くない。おそらく8畳間をふたつくっつけた程度だ。「16畳」と感じずに、8畳ふたつと感覚的に理解してしまうのは、普段馴染みのある部屋の大きさがものさしになるからだ。
 パーテーションの内側にはデスクひとつと接客用のソファーセット。さらにパーテーションで区切られて、その先は事務室嫌ミーティングルームのような感じにしてあった。事務用の机がみっつと書類棚や書棚、そして6人掛けの食卓。
 もとはここまでが店舗だったのだろう。そこここに掛けてある絵は前のオーナーが残していったもので、自分で描いたものということだった。
 扉があり、その奥にシンクがあった。給湯室みたいなものだが、古ぼけたデスクと、くすんだ色合いのロッカーがおいてある。前の持ち主がおいていったものだそうだ。事務も着替えもここで行っていたのだ。
 「どう?」と、一通り事務所内を眺めた僕に、清花が問う。まるで自分の店を自慢するような「どう」だった。
 つまり事務所のレイアウトやインテリアについて「どう?」と訊かれたのだが、僕はそれには答えず、「なんで今更事務所なんか構えたんだろう?」と言った。
 社長の有田は、表向き探偵業を営んでいるということになっているのかも知れないが、実際は「素行調査」や「浮気調査」をしているなんて思えない。
 もっぱら自宅(マンション)を連絡先にして、「死者の気持ちを調査する」という「オフィス『風の予感』」が本業なのだ。というより、一般的な探偵業をやりたいと思ってなどいないだろう。
 依頼者と会うときやスタッフ同士の打ち合わせなど喫茶店で間に合っていたし、今更経費のかかる事務所を開くなんて。
「顧客サービス、ってことらしいわよ」
「へ?」
「決まった事務所があって、応接スペースがあって、という方が安心感があるんだって。いつ電話しても『携帯電話に転送』になるのも困りものだそうだし」
「なるほど。じゃあ、本格的に探偵業をやるわけじゃないんだ」
「そんなのするわけないじゃない。看板だってないし、広告も打っていないし、これで営業してるだなんて言う方がどうかしてるよね」
 そうなのだ。看板すらないのだ。
 もっとも表札程度ならある。よく「猛犬注意」とか「セールスマンお断り」といったアクリルのプレートがあるけれど、その程度の大きさの表札に「有田探偵事務所 オフィス風の予感」と書かれているに過ぎない。
 看板がなければ通行人が不意に扉を叩くこともないし、広告を出さなければ存在も知られない。口コミ程度と職業別電話帳が頼りの、細々とした商売なのだ。
 とすれば、なるほど清花が言ったとおり、顧客サービス以外の何物でも無かろう。
「それと、調査員は用事が無くても出入りしていいんだって。まるで授業をさぼってクラブハウスに入り浸る大学生のように、って言ってたわ。はい、これが和宣の鍵」と、清花はキーを僕に投げてよこす。地味なホルダーに鍵がふたつついていた。
「本気、なんだ」と、僕は小さく呟いた。
「それと、ここにいるときは電話に出ること、だってさ。ま、無給の電話番よね」
「なるほど」と、僕は言った。
「じゃあ、久しぶりに逢ったんだし、ご飯でも食べて帰ろうよ」と、清花が微笑んだ。
「うん、いいよ」
 「風の予感」の仕事は「いじめ」の件からこちら無かったのだけれど、スーパーマーケットの棚卸し、交通調査、夜警など比較的アルバイトに恵まれたため、一時的に懐は潤沢だ。
「それじゃ、戸締まりして帰ろう。大きい方が入り口の鍵、小さい方が裏口の鍵」
 この時何故、表玄関を先に施錠し、裏口から帰ろうとしなかったのだろうか。
 多分給湯器のガス栓をまず閉めたので、すぐ隣にある裏口の鍵を無意識のうちに施錠してしまったのだろう。その結果、残りの出入り口、つまり正面から外に出て、外側から鍵を閉めることになる。
 事務所内を消灯し、「ねえ、和宣、何食べたい?」「炉端焼きがいいな」「なんか庶民的。女の子とお食事なんだから、スカイレストランとか、そういうトコを思い浮かべればいいのに」「よそよそしい雰囲気になりそうで嫌だな。久しぶりに逢ったんだから、賑やかなとこで楽しくお酒とか飲みたいし」などと会話しながら、入り口を出ようとして。
 探偵事務所には不釣り合いな大きなショーウインドウの前に、誰かが立っているのに気が付いた。
 25歳くらい。長身で痩せている。
「もう終わりですか?」と、彼は言った。
 終わりかと訊かれても、僕は「風の予感」の営業時間を知らない。そもそもそんな規定があるのだろうか。電話を社長の携帯に転送するようセットしてきたから、電話さえ鳴らせば社長に連絡が取れ、おそらく時間を約束してここで逢うことになるのだろう。
「アポはおありですか?」
 済ました顔で清花が訊く。
「いえ。でも、ここはあれですよね。死者の気持ちを調べてくれるという。。。。」
 男は自信なげに問う。対して清花は毅然と答える。「はい、そうです」
「そうですか。アポはとってないんですけど、だめですか? 今日はもう終わりですか?」
 ワケアリのようだ。僕だったら、とりあえず話だけでもお伺いしましょうと、もう一度事務所をオープンするところだけれど、清花ならどうするだろう。
「残念ですけれど、私達はここの調査員なんです。案件の依頼は社長が直接お伺いすることになっています」
 ふうん、断るのか。それが風の予感の決まりかも知れないけれど、なんだか清花らしくないなあと僕は思った。
 男も目に見えてがっかりしている様子だ。
 そう、清花はとても暖かい子なんだけど、時にクールな面を見せる。その絶妙のバランスが彼女の魅力なのだけれど、依頼者にとってはそんなことは関係ないだろう。
「社長は不在しています。お時間が許すのなら、社長を呼び出しますけれど。お待ちいただけますか?」
おっと、そうきたか。
「では、待たせていただきます」
「じゃあ、お入り下さいね」
 僕は再び照明をつけ、清花は社長に電話する。
「どうぞ」と、清花はいれたてのコーヒーを出す。
「差し支えなければ、私達も一緒にお話を伺ってもいいかしら。お客様の依頼、もしかしたら私達が担当するかも知れませんし」と、既に清花は好奇心の虫が騒ぎ出しているようだ。
「はあ。僕は構いませんけれど」と、男は言った。
 清花は依頼者記入票とボールペンをそっと男の前に差し出す。
「社長が戻るまでは具体的なことはお伺いできませんが、基本的なことだけでも書き始めて下さい」
 依頼者記入票には、氏名、住所、年齢、電話番号、職業、家族構成その他の記入欄がある。それらから書き始めて下さい、というわけだ。
 それによると、依頼者は「長谷川祐27歳」。現在無職。調査対象は彼の父親で、長谷川孝三(享年62)だ。
 長谷川は父の死の直後、退職。それまでは普通のサラリーマンだった。
「調査のために退職したとおっしゃるのね」と、清花。
 社長はまだ到着していないのに、長谷川と清花の間で会話が進み始める。
「そうです」

 長谷川孝三は60歳で定年退職。その後同じ会社で契約社員として1年間つとめためたが、会社と1年で縁を切っている。
 長谷川は言う。
 父は「5年は契約でがんばる」と豪語していたし、事実会社側も孝三を使うつもりでいたらしい、と。
 退職社員は知識や経験が豊富で、定年退職後だから給与も格段に安くなる。
 新入社員のように新人教育をしなくて済むし、給料も毎年アップさせる必要もない。パートやアルバイトのようにともすれば無責任になってしまうという心配もない。
 しかも、一年単位の契約だから、口約束は5年でも、業績に応じて人員整理が出来る。逆に業績が伸びれば延長だって出来る。
 「父の欠点は、バカ正直で人がいいことでした」と、長谷川は言った。「だから、騙されたんです」
「騙された?」
「いわゆるマルチ商法の餌食にされたんだと思います。『愛の泉』とかいう組織らしいんですが」
「マルチ商法ねえ」と、清花は呟いた。
「結構な退職金を得ていたはずなんですが、もうほとんど残っていません。母はもう嘆くばかりで」
 僕はマルチに関する知識なんてほとんどない。これは僕には縁のない依頼かも知れないなと思った。いじめの件からこのかた僕には仕事がない。おそらく今回も「およびでない」状態になるだろう。ギャラはいいので惜しいがしかたない。また細々とバイトを続ければいいことだ。
 「マルチは難しいと思うな」と、清花が言った。
「難しいと言いますと?」と、長谷川。
「だって。違法と合法の境目だから。訴えたところで、勝ち目はないと思いますよ。どうせそのへんのガードはギリギリの所でしっかりとしているだろうしねえ」
「いや、何も僕は訴えるとか、そんなつもりでここを訪ねたわけではなくて」
 そのとき、社長がのっそりと現れた。
「つまり、『有田探偵事務所』のお客さんじゃなくて、『オフィス風の予感』にご依頼なんですね」
「あ、社長」
「あ、あなたが社長さんですか。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
「で、お父さんの死とそのマルチと、どう関係しているんですか?」
 清花はセカンドバックの中に手を突っ込んだ。煙草を探してるな、と僕は思ったけれど、清花の指先は何度かバックの中をうろついたあげく、わざとらしく手帳をとりだした。清花は人前で煙草を吸わない。僕の前でだけは例外だが。
 「死因は心臓発作でした。路上での出来事です。青空の下、仰向けになって、道路の真ん中で、堂々と倒れていたと聞きました」
「うん、それで?」
「新しく始めた仕事がマルチだと知っていたのか知らなかったのか。老後のためのお金をほとんど吸い取られて、あげくお袋を残して死んでしまった。親父は新しい仕事に生き甲斐を感じていたのだろうか、どんな仕事ぶりだったんだろうか、そして、最後にどう思って命果てたのだろう? もし、しまった騙されたと思ったんなら哀れだし、何も残せなかったお袋に対して伝えたいメッセージがあったのなら、嘆くばかりのお袋に教えてあげたい。そして、僕も息子として、親父が逝くときに何を思っていたか、知りたいと思います」
 そこまで言うと、長谷川は顔を伏せ、机の上に視線を移した。そこには書きかけの依頼者記入票がある。僕は本当に何となくなんだけれど、こんなにも人の心の中に触れる仕事なのに、その依頼が一枚の紙片であることに奇妙な違和感を覚えた。
 「ようするに、」と、社長は言った。「あなたのお父さんの最後の仕事、マルチまがいのその仕事に触れずして、我々の調査はあり得ないと言うことですよね」
「多分、そうだと思います」
「ううむ」
社長は難しい顔になった。
「だとすると、潜入調査しかないだろうなあ」
 潜入調査!
「それは、つまり私達調査員が、そのマルチに実際に引っかかるということですか?」と、清花。僕には危険なやり方に思えたが、なんと清花は目を輝かせている。
「そう。だとすれば、初期投資費用がかかりますね」と、社長。
「もちろんこれは経費として依頼者の方に用意していただくことになるんですが、初期投資費用があなたのお父さんの退職金がほとんど消えるほどの金額だとすると、とても無理じゃないですか?」
「500万円かかります。300万程度なら用意できますが」
「500万。それで退職金が消えてしまいますか?」
「そんなことはないと思います。でも、初期投資以外にどれほどの額が必要で、どれだけつぎ込んだのか、僕にはわかりません。ともあれ、入会して在庫を抱えるのに500万。そして、僕が用意できるのは300万です」
 「200万足りませんね。それに『風の予感』へのギャラも払っていただきますが、そうなるととても無理でしょう」
 長谷川はゆっくりと顔を上げた。すがるよう表情だった。
「虫のいい話で恐縮ですが、立て替えておいてもらえませんか?」
「へ?」
 間の抜けた声を出したのは清花だった。社長はワケアリを感じ取ったのだろう。長谷川の次の台詞を待った。
「テレビ局に友人がいます。ネタを買い取ってもらう約束をしています」
「なるほど、失敗したら、あなたは300万の損害、私達は200万の損害プラスノーギャラ、と、こういうことですね」
「もちろん、『愛の泉』で扱っている商品が売れれば、問題ないんですが」
「あなたもバカね。そんなもの売れると思っている人達がマルチに騙されるんじゃない」と、清花。
「いや、売れますよ」と、社長は言った。「問題は商品にあるんじゃない。売り方にあるんです。だからマルチが問題になるんです。それに立華さん、逆に言うと商品に売れる可能性があるから、そういうのに踊らされる人が出て来るんじゃないですか?」
 なるほど、と僕は思った。
「首尾良く調査が上手くいってマスコミにネタが売れたとします。そして、マルチ潜入のための初期費用が、あなたの手から我々に払われたとします。とすると、本来はその商品の所有権はあなたのものですね。でも、成功するかどうかわかりませんし、私達もリスクを負うことになります。ですから、結果はどうあれ、仕入れた商品は我々の自由にさせてもらって構いませんか? これを『立て替え』の条件にしましょう」
 「つまり、何もかも失敗したら私は300万しか払わなくていい。成功した場合は全ての経費を払った上で、しかも商品はあなた方が処分する。そういうことですね」
「ええ、そうです。500万で仕入れた商品なら少なくとも700万で売れるでしょう。差額は200万。我々が立て替えた不足分はとりあえず補填できます」
「わかりました。それで結構です」
 「ただし、注意して下さいね。我々はだからといって、立て替えたままの200万とさらにあなたが支払うべきギャラ、これを放棄するわけじゃありませんから。あなたは債務を抱えることになります。いずれ払っていただきますよ。商品が売れようと売れまいと。これはあなたにとってとても不利な条件です。でも、ここまで保険を掛けないと我々も引き受けようがないですね。それだけ、成功の可能性は低いと考えてもらっていいと思います。どうしますか? それでも、依頼しますか?」
 「お願いします」と、長谷川はきっぱりと言い切った。「大切なのは金じゃない。人の心です」
 「わかりました。じゃあ、清花チャン、あと事務的な説明しておいて。僕と和宣クンはちょっと出かけるから」
 ええ?
 社長は後のことをさやかに任せて、僕を外に連れだした。
「喫茶店でも行きましょうか。おっと、事務所を構えたのに、これじゃ今までと変わらないですね」
事務所のナナメ向かいに古びた喫茶店がある。僕と社長はそこに入った。有田探偵事務所兼風の予感の正面が見える窓際に席を取る。
 「手続きを終えて立華さんが出てきたら、彼女も誘いましょう」と、社長は言った。
「そうですね」と、僕は言った。
 僕は既に悪い予感がしていた。注文のコーヒーが出てくるまでの時間が妙に長く感じられた。
「遅いですね。先に用件を済ませましょう」
 そして、僕は死刑宣告を受けた。
「橘クン、あなた、潜入して下さいね」
 やはり。。。。。
 何となくそんな気がしていたのだ。
 風の予感の事務所で、僕はいつしか悪い予感に襲われていたのだった。
「しかし」と、僕は不安を社長に伝えた。あわよくば外してもらえたらと言う期待も多少はあったが、それよりも僕で務まるだろうかという不安の方が大きかった。
「僕はまだ学生で、社会経験もありません。こんな僕で務まるでしょうか」
「社会経験がない。すれっからしでない。だからこそ適任なんです。敵はプロです。潜入捜査を見破ることについても。だから、あなたのような人がいいんです。まだ学生証は持っていますね?」
「持ってますよ。いくら自主休講の常連でも」
「なら、結構ですよ。彼らは学生をいいカモだと思っていますから」
 カモ、ねえ。
「友達、というネットワークで荒稼ぎできるんですよ、学生は」
 なるほど。
 しかし、自主休講の常連である僕に、もはや親しい友達はいない。社長にそのことを告げると、社長はこともなげに言った。
「別にいいんじゃないですか? あなた一人しか結果として勧誘できなくても、それも充分マルチにはメリットがありますから。それともうひとつ、いざとなったら親からお金を回収できますしね」
 やれやれ。
 この時、オフィスから依頼人が、続いて清花が外に出てきた。依頼人は清花に深々と頭を下げてから背を向けた。
「それから、商品の説明や売り口上はきちんとマスターして下さいね。仕入れた品物は完売させますから」
 有田社長。人がいいだけではない。したたかなのだ。
 そりゃあそうだろう。大きな宣伝を何一つせずにほとんど口コミだけで『オフィス風の予感』を経営しているのだ。したたかでなければたちまち倒産してしまうだろう。
 こちらからなんの連絡もしなかったけれど、清花はまっすぐ僕たちのいる喫茶店にやってきた。
「やっぱりいた。社長のサテン好きは変わらないのね」
「まあね」
「で、和宣は引き受けたの?」
「読まれていますね。ええ、潜入は彼にやってもらいます」
「コンビ役は当然、わたしね」
 さも僕とセットが当たり前のように言う清花。僕は少し嬉しくなった。僕は清花のことが好きなんだ。
「まあ、そうでしょうねえ」
「なによ、それ。わたししかいないって、どうして言ってくれないのかしらね」
「それはともかく、行動開始は10日後です。そうですね、一週間後くらいに打ち合わせしましょう」
「どうして明日からすぐ動かないの?」
「もう1人、秋月を先に潜入させます。で、橘クンは彼に勧誘された間抜けな大学生を演じて下さい。立華さんは、恋人役。世間知らずで騙されやすい恋人にハラハラしながら、『愛の泉』にも少し疑心暗鬼を抱く聡明な女の子役ですね。橘クンは恋人の止めがあるからイマイチマルチにのめり込めない。だから、マルチ側は立華さんさえ落とせば、同時に橘くんも引き込めると思うわけです。で、実際にその勧誘役をするのが秋月。どうです。良くできたシナリオでしょう。猿芝居です」
 僕は感心した。依頼者とディスカッションをしながら、わずか短時間にこれだけのことを社長は考えていたのだ。
「ま、聡明な女の子役なら、悪くないわね。でも、先に秋月を潜入させるとなると、その分、初期費用がかさむわよね。500万の倍、1000万。そこまで依頼者に請求できませんよね?」
「もちろんです。依頼者の了解をもらっているのは、一人が潜入する、ということだけですから。ま、仕入れた品物を売れば問題ないですから」
 僕には縁のない金額の話がすいすい目の前を通り抜けていく。本当にいいのか? こんなことに足を突っ込んでしまって。
「本当に売れるのかしら」
「気合いで売って下さいね。幸い我々は、マルチ的な勧誘をしなくても、店舗を構えていますから、そこで普通に売ればいいんですよ」
 なるほど。探偵事務所にも色々な使い道があるもんだ。





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