第4話 スーベニール「未来の子供達のために」  =12= 



 僕と清花は、姫路市内のホテルをとった。チエの家に泊めてもらう約束だったが、爆弾犯人がチエのパソコンを使っていたのだと指摘して、気まずくなってしまったのだ。
 「それにしても」と、僕は言った。「どうして清花は、彼女の相手が梶谷だとわかったんだ?」
 「うう〜ん、一言では難しいけれど、総合的なあてずっぽう、かな」
 「お、おいおい。あてずっぽうで犯人扱いはないだろう?」
 「だから、総合的に、よ」
 「総合的に、か」
 「うん。まず、ひとつがプロバイダの一致よね。姫路から爆弾ページにつないだひとのログが、榊原チエさんと同じプロバイダだった。これだけで彼女に疑いをかけることは出来ないけれど、星の数ほどもあるホームページでは偶然の一致はそれほど起きないと思うの」
 「じゃあ、清花はかなりの確立で彼女を疑っていた?」
 「そう。正確には、彼女のパソコンを、ね。杉橋があんなメールを送ったでしょ? もし、本当に彼女に心当たりがあったら、私の所に電話なんかしてこないわ。だから、彼女自身ではない。けれど、かなりの確率で彼女が怪しい。となれば、誰かがチエさんのパソコンを使ってアクセスしたんじゃないか、そう疑うことが出来るじゃない」
 「じゃあ、彼女のパソコンを使ったのがどうして梶谷だと?」
 「だって、検証したじゃない。青山さんを騙して梶谷武史が三田へ先に着くのが可能だったって」
 「まあ、ね」
 「榊原さんの家から爆弾ページにつないだのが、梶谷武史かどうかなんて確証はないわ。だからそれは、外れてもしょうがないと思いながら彼の名前を口にしたの。ここのところがあてずっぽうなのね。でも、もしそれが彼なら、完全なビンゴよね」
 「まあ、そうだね」
 「で、見事ビンゴだったってわけよ」
 「かといって梶谷が爆弾犯人だってことにはならないだろうけれど」
 「そりゃあそうよ。可能性はきわめて高くなるけれどね」
 「でも」と、僕は思う。「彼が爆弾犯人なら、水野さんを殺害したのも、彼?」
 「多分、そうね」と、清花。
 「なんてこった」

 救いようのない気分で、僕は水割りをあおった。
 カウンターに戻したグラスの中で、カランと氷が音を立てた。
 ホテルのラウンジは適度に照明が落とされていて、客達はそれぞれ自分の世界に浸っている。
 明るいホテルの部屋ならきっとやりきれなかっただろうなと僕は思った。もし清花がそれを予想して「たまにはカウンターで飲もうよ」と提案したのなら、さすがだ。
 僕たちはこれまで何度となくディスカッションをしてきたけれど、それは僕たちにとって仕事であると同時にレクリエーションだった。依頼者の気持ちに応えてあげるという仕事そのものだって、そういう要素がなかったとは言えない。とても奉仕的であると同時に遊びの要素が多分に含まれていた。
 遊べば遊ぶほど、真実に近づいていく。依頼者の求めるところへたぐり寄せられる。
 だから、楽しく遊べたのだ。
 でも、今回は・・・。
 遊びの気分ではやれそうもない。

 爆弾事件に殺人事件。

 「冗談じゃないよ」と、僕はごちた。
 「ん、和宣、ちょっとめげてる?」
 「多分、ちょっとね」
 「そう。わかるわ。でも、わたしたちの仕事はこれでいよいよスタート、のような気がする」
 「そっか。そうだよね」
 「このあとのこと、少し話をしようか」
 「うん」
 清花の口調はこれまでになく優しかった。
 「関西にいる間に、大田原さんに会おう。明日、会社に問い合わせて、彼が添乗から戻る日を確認するわ」
 「梶谷武史、とやらにも、会わなくちゃならないだろうな」
 「そうね。東京に戻ってから」
 「それはともかく、最初の依頼、水野弥生さんはどんな気持で死んでいったか、ここには全然近づいてないと思わない?」
 「和宣、焦っちゃダメ。いま、わたしたちはスタート地点に立ったばかり」
 「ま、そうだけどさ」
 「それに、なんとなくだけど、わたしはけっこういい感触をつかんでいるよ」
 「え? そうなの?」
 「うん、この清花ちゃんに任せて。まだはっきりと輪郭は見えないけれど、人間関係がもう少しあらわになってくれば自然とそこへ近づけそうな気がする」
 「そうかな」
 「うん、そうよ」
 「なら、いいけど」
 「大丈夫よ」
 清花に大丈夫と言われて、ちょっと明るい気持になるんだから僕も単純だ。
 「そのためには!」と、清花は力んだ。
 「大田原さんにはなるべく核心を話させること。そして、梶谷武史には、『お前が犯人だ』って、突きつけること」
 ダン、と、清花はカウンターを叩いた。
 「え? まじ?」
 僕はたじろいだ。
 「もちろんよ。そして、動機に迫らなくちゃ」
 「ど、動機?」
 「そうよ。このミニ同窓会のメンバーは、中の人のつながりが予想以上にドロドロしてるし、こんがらがっている。殺人の動機に迫ることは、依頼者の依頼にも迫ることになるわ、きっと」
 「・・・きっと、って。また、そんな、予感でものを言う」
 「大丈夫。わたしたちは『風の予感』なんだから」
 清花の声はイキイキしている。
 本気だ。
 本気で何とかなると思っているんだ。いつも以上に瞳にも輝きを感じる。
 よし、それなら。
 清花の予感にかけてみるのも悪くないかも知れない。
 「じゃあ、作戦会議だ」
 僕はあたりはばからず叫んでしまった。
 「ばか、単純」と、清花が呟いた。

 水野弥生殺害に関する僕たちの意見はこうだ。
 梶谷武史は、青山健二を7時15分発の列車に乗せると、自分はトイレに行きたいから遅れると、列車には乗らなかった。
 だが、実際はもう一本の7時15分発に乗車。実はこちらの方が、三田には先着する。武史はそれをわかっていて、後から着く列車にうまく健二を誘導したのだった。
 その一方で、榊原チエと葵双葉を、「三田駅まで車で迎えに来てくれ」と携帯電話で呼び出した。
 健二が三田に着く時間、すなわち、チエと双葉を呼び出した時間には、既に武史は三田に到着している。爆発物をしかけてその場を去る。
 爆弾騒ぎに巻き込まれて身動きがとれなくなる3人。一方、健二の証言で本当ならまだ後続列車に閉じこめられている武史。水野弥生殺害に邪魔な人達を拘束しながら、自分はアリバイを確保する。
 一石二鳥の爆弾騒ぎだった。
 「そう思い通りに行くだろうか?」と、僕。
 「と、いうと?」
 「水野さんだって、一緒に迎えに出たら? 殺害のチャンスがなくなるよね。逆に、迎えに出たのがたったひとりで、水野さん以外の誰か、葵さんか榊原さんのどちらかが水野さんと一緒にマンションに残っていたら?」
 「それは、誘導の仕方次第でしょう。久しぶりの再開だから、なるべく大勢で青山君を迎えてやってくれとか、行き違いになるといけないので、水野さんだけはマンションに残っていた方がいいとか、さりげなく付け加えればいいのよ」
 「でも、僕たちが訊いた話の中には、そんなやりとりはなかった」
 「葵さんも榊原さんも、話すまでもないと思ったからじゃない? というか、ごく自然体でさりげなかったからこそ、そんなやりとりがあったことさえ意識していないのよ」
 「では、この件は一応オッケーとして・・」

 僕たちは話を続けた。
 健二よりも先に三田に着いた武史は、爆弾を仕掛けてから、弥生の家に向かった。
 「どうやって?」と、僕。
 「バスでもタクシーでもいいんじゃない?」
 「都合のいい時間にバスがある? タクシーだと記録が残るし」
 「だから、都合のいい時間にバスがあればバスに乗る。なければ、タクシーに乗る。駅から住宅地へバスに乗る人なんて大勢いるわ。そもそも既にアリバイが確保されているんだから、どうでもいいと思ったんじゃない?」
 「いいかげんだなあ」
 「けど、警察は気が付いていないわけよね、実際の所」
 「そうだね」
 武史が駅前を去る。爆弾が爆発する。
 「僕はこの爆弾が理解できないよなあ。同級生を巻き添えにする可能性もあるし、そもそも爆弾の強さなんかも考慮されてなかったんだろう?」
 「うん。あのホームページも、爆弾の威力については詳しく書いていなかった。多分、作者も知らなかったんじゃない? とにかく、こういう材料で作れる、ということしか知らなかったのよ」
 「そんないい加減な知識で、よく爆弾を作ったよなあ」
 「ううん、和宣。わたしにはちょっとわかる。というより、聞こえるんだ」
 「何が?」
 「犯人の声。何人死のうが、誰が怪我をしようが、俺の知ったことじゃない。ってね」
 「そんな、無茶苦茶な。性格破綻してるよ、それ」
 「そう。多分それに近いと思うんだ。梶谷武史って」
 「いや、破綻していないよ。もし、僕たちの考えたとおりの行動を彼がしたのなら、ものすごく綿密で計画的じゃないか」
 「それとこれとは別だと思う。性格と計画性とはね。逆に、計画的すぎる部分が余計に性格異常を示してると思わない? 普通、時刻表のこんな些細な部分をアリバイトリックに使おうなんて思わない」
 じゃあ、次。梶谷武史は弥生を殺した後、どうやって現場を去ったのか。
 三田駅を中心に交通は混乱を極めていたはずだ。
 「多分、バスよね」と、清花。
 「バス?」
 「鉄道はどこかで被害が出ると、その線区や周囲に大きく影響するけど、バスなら『自分が無事なら目的地まで走れる』じゃない。救援の要請がバス会社にあって、それに応じて動くようになるにはもう少し時間がかかるはずだし、既に客を乗せて動いているバスは自分の運行に支障がなければとりあえず終点まで運転すると思うの」
 「でも、いったいバスで、どこへ行けたと言うんだ」
 「神戸」
 清花は、きっぱりと言った。
 「神戸? バスで?」
 「調べたんだけど、結構な本数が走ってるのよ、神戸方面への特急バス。それもね、きめ細かいのよ。住宅地を緻密に回ったかと思うと、時間帯によってはJRの駅に寄らなかったり、住宅地を出ると高速道路で神戸へ一直線で行ったり。バスの機動性を生かして鉄道に対抗しているわ。お年寄りなんか、駅の改段を上り下りすることを思えば、5分や10分ダイヤが乱れてもバスの方が楽だもの」
 「ま、取りあえず、現場から去ることは出来た、というわけだ」
 「そうね」

 この日は珍しく、清花はさっさと部屋に引っ込んだ。
 清花と二人で出張をすると、眠る前の一時、ホテルの部屋でディスカッションをするのが日課になっていた。そして僕は、その時間をけっこう楽しみにしていたことに気が付いた。あっさり部屋に引っ込まれてしまうと、拍子抜けだ。
 かといって、すぐに眠れそうもなかった。
 なんとなく見つめたホテルの壁。そこにはカレンダー。
 緩やかな丘に腰掛けて寄り添う恋人同士のイラストが描かれている。絵のタッチのせいだろう、ほのぼのとしたムードが漂っている。
 男と、女が、恋愛感情を持って付き合うということ、それはきっとこんな安らぎを求めているんだろうな、なんて思ったりする。
 けれど、現実は。
 甘く激しい蜜の中に溺れてしまうこともあるし、切なさや淋しさに苦しめられることもある。
 依頼者、青山健二はどうだったのだろう。水野弥生と付き合うことで、心の安らぎを得たのだろうか?
 いや、健二だけじゃない。例のミニ同窓会の他のメンバーはどうなのだろう?
 付き合って、別れた。そして、その後に新しい人と付き合い始める。そのこと自体は何の問題もない。けれど、同じメンバー内での付き合いがやたらと多くないだろうか? まるで「恋人のとりかえっこ」を楽しんでいるようにすら僕には思える。
 その時々で、純粋に、愛し合っていればそれでいい。そうは思うけれど、自分が今付き合っている相手は、ちょっと前まで同じ仲間の誰それと愛し合っていたんだ。それがまるっきり気にならないというほど、人間は出来てもいないはずだ。
 僕は、彼らの男女関係を思い浮かべてうんざりした。
 梶谷武史は、水野弥生、葵双葉、榊原チエの3人と関係を持っている。一方、水野弥生は、青山健二、梶谷武史と付き合っており、大田原光博とも関係があったと証言がとれた。
 いったいどうなってるんだろう?
 このちいさなグループの中でどうしてこんなに男女関係が生まれては消えるのか?
 それだけ彼らのつながりが特殊だったのか、それとも彼らは、もっと大きな集団の一部であり、たまたま男女関係が集中したのだろうか?
 もっともそれを明らかにしたところで、依頼へ到達できるかどうかはわからないけれど。
 そして、依頼者の青山健二は、水野弥生ひとすじ。
 それだけ彼は彼女への思いが強かったのだろうか。
 これ以上のことは、もはや想像でしかないような気がした。あとは、地道に調査を進めるしかない。進めたところで、その先にあるのは、袋小路だったとしても。


 

 



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