21.
連日、掃除が続いた。真也はありとあらゆるところを磨いた。 磨けば磨くほど、磨きが足りない部分の汚れが目立った。 目立つ汚れをこそげ落とすと、また違った部分に部分に汚れが残っていることに気が付く。そしてまた磨く。これの繰り返しだ。 おばあさんも休業中に店を放っておいたわけでは決して無い。だが、簡単な掃き掃除と拭き掃除では、汚れはこびりついていくのだ。 真也は何度も「こんなもんだろう」と思った。けれど、ここがただのうらぶれた土産物屋ではなく、飲食店なのだと思うと気合が入った。 自分が事実上の店主なのだと自ら言い聞かせ、さらに熱心に清掃に取り組んだ。 |
掃除の途中に、何人もの業者の人がやってきた。そして、色々な器具をメンテナンスしていった。 中華まんのスチーマーを徹底洗浄し、「試運転」と称して肉まんを入れた。ソフトクリームサーバーも同様にした。 「こんなにたくさん、誰が食べるんだよ、全く。捨てるだけなのに、もったいない」 テストのために今日仕込んだ分の材料費は頂きませんから、どうぞお気軽になどと業者の人間は言っているが、おばあさんの言う「もったいない」はそうではないと真也は思う。誰に食べられることもなく廃棄処分になるのがもったいないと言っているのだ。 タイミングよく祥子がやってきた。 「それなら、うちのバイト君たちに恵んでやってよ」と、祥子がキャンディを撫でながら言った。 「キャ、キャンディ!」 真也は驚いた。さっきまで気配さえ感じさせなかったこのシェパードが、祥子の来訪と同時にどこからともなくのっそり現れていたからだった。 「それとも、うちなんかのバイト生に振舞う気には、なれない?」 祥子が真也を見た。 真也は、見抜かれてる、と思った。自分がクビになった(というか、採用さえしてもらえなかった)所のバイト諸君に、タダとはいえどうして振舞わなければならないのか、咄嗟にそう感じたからだ。 「それがええ、それがええ」と、おばあさんは言った。「さっそくバイト君達を連れておいで」 真也も、ま、いいか、と思った。自分の懐が痛むわけじゃない。 「綺麗な形のソフトクリームにするには、多少は練習も必要じゃからの」 「タダなんだもの。見栄えで文句は言わせないわ」 祥子が真也に片目をつぶってみせる。(そういうことなら、いいでしょ?)と言ってるみたいだ。 真也は頷いた。悪くない取引のようにも思えたし、うまく丸め込まれたような気もした。祥子は「OKね。じゃ、そういうことで」と笑った。 この子は人の心を読むのに長けているんじゃないかと、真也は少し怖くなった。 「そのかわり、小野さんのお部屋、約束どおりお掃除してあげるからね」 すっかり彼女のペースである。 |
練習だとわかっていても、祥子やバイト生達の前で、あまりにもみっともないソフトクリームを作るわけにはいかない。そう思った真也は、祥子がバイトの連中をつれてくるまでの間に、いくつか作ってみた。ひとつめは失敗して床にベチャリと落ちたが、それはキャンディが引き受けてくれた。 2回目はブサイクながらもコーンの上に載せることが出来た。これはおばあさんが食べた。「うん、美味い美味い」と褒め言葉を連発したが、「上手い」ではなく、「美味い」である。味は誰が作ったって同じなのだから。 3回目は「下手ねえ」と笑って許してもらえる程度の作品になった。これは自分で食べた。久しぶりのソフトクリームは、作業でほてった身体に冷気が染み込むようで、喉が癒される想いがした。 つい、もうひとつ食べたくなって、4回目にチャレンジ。これで真也はすっかりソフトクリームのコツをつかむことが出来た。 コーンの上に上手にソフトクリームをくるくると載せる練習をするために、バイト生達を使うはずだったが、実際には真也はそれまでに技術を習得してしまったのだ。 もともとそれほど難しい作業ではない。なにしろ、日本中のいたるところで行われている作業だ。つまり、誰にだって出来る。 おかげで、祥子やバイト連中には、「商品としてのソフトクリーム」を振舞うことが出来た。祥子は「器用ねえ。っていうか、こっそり練習した?」とコロコロ笑っている。 バイト生達は無邪気にクリームを舐めている。オーナーの孫娘の一声でひっぱりだされ、どうしてソフトクリームをおごってもらっているのかさっぱりわからないという表情をしているが、真也は説明する気にもならなかった。 ただ、ちょっとした優越感にひたっていた。彼らバイト生は、末端にいる季節限定の労働者だ。バイト生の中には、自分より明らかに年上の者もいる。就職のしくじり続けてやむを得ず、という者だっているだろう。 一方自分は、小さいながらも一軒の店を任されたという立場なのだ。どうしたって比べてしまう。 そのかわり、バイトと違って、決まった時給や日給は無いはずだ。おそらく、歩合。おばあさんと労働契約を交わしたわけではないが、事実上一件の店を任されるとは、そういうことなんだと真也は考える。だが、そのことが真也の気持ちを奮い立たせた。自分自身の力でなにもかもやるのだ、と。 大きな民宿の看板で飯を食うんじゃないんだ、と。 ソフトクリームサーバーに一袋の原料を入れただけでは、さほどの数がとれるわけでもない。結局、ソフトクリームは全員に行き渡らなかった。そういう人には肉マンで我慢してもらった。 真也が祥子に肉マンを渡したのは、最後だった。 「んー。あとでまた来るから、おいといて」と、祥子は言った。 「さ、食べたら仕事に戻ってくださいね」 祥子の号令で、バイトの人たちはぞろぞろと民宿に戻る。祥子はシェパードの手綱を持った。これが散歩の挨拶だとこの大型犬は心得ている。犬には「笑う」という感情はないとどこかで聞いたことがあったが、それでも真也はキャンディが無邪気に笑ったように感じた。 「この子と一緒に、走ってくる。ダラダラしてたらなまっちゃう」 バスの中から初めて彼女を見たときも、そういえば走っていたなと真也は思い出した。 祥子はいったん手にしたキャンディの首輪につながった紐を離すと、あっさりとGパンを脱いだ。一瞬真也はギョっとしたが、下着姿になったわけではない。ジーンズの下にはちゃんとジョギングショーツを履いていた。最初からそのつもりだったのだ。 |
「今日はこれくらいにするかの」と、おばあさんが言い、真也は頷いた。 会社と違って、出勤時間も終業時間も無い。それなりに働いたなという充実感と適度な疲労感が、一日の終わりを決めてくれる。 おばあさんは大きなガラス戸を閉めた。床から天井にまで至る大きなガラスだ。店の外から、店内がはっきりと見渡せる。そして、クレセント錠をかけた。真也は表通りから雨戸を閉めた。随分重く、少しばかり難渋する。建てつけが悪くなっており、力任せでは動かない。建物が出来てから相当の年月が経過しているはずで、あちらこちらに歪みが生じているのだろう。 「毎日の開け閉めが大変だから、明日、手入れしようと思うんだけど」 裏口から茶の間に戻った真也は、おばあさんが淹れてくれた茶を飲みながら、言った。 「そりゃあありがたいが、シーズン中はいちいち雨戸は閉めんぞ。ガラス戸に錠をしたら、あとはカーテンを引いて、外から丸見えにならんようにする。それだけじゃ」 「でも、ガラス戸を叩き割られたりして、泥棒に入られたりする心配はないんですか?」 「都会から来るモンは、夜中もウロウロ歩き回るからのう。そん時、雨戸までガッチリと閉まっておったら、ここがなんか、わからんじゃろう? けど、大きなガラス戸にカーテンだったら、何かのお店屋さんだという事くらいはわかる。これも宣伝じゃ」 「宣伝……。ん〜、でも……」 都会モンがいかに宵っ張りでも、夜中にこの店の前を通る人間など限られているだろう。そのような少数の人間を対象に「店の存在」をアピールしたところで、どれほどの効果があるだろうか。 「リスクの方が、大きいんじゃないですか?」 「んにゃ。商売いうんは、そういうもんじゃ」 口論する気も、おばあさんの哲学(?)にケチをつける気も無い真也は、「そういうもんですか」と鸚鵡返しにして、そして口を閉じた。 「ところで、リスクってナンじゃ?」 |
祥子が裏口から戻ってきた。 小型犬のように座敷にのうのうと上がりこむシェパードのために、祥子は濡れた雑巾で足の裏を拭いてやる。さらに、乾いたタオルでとんとんと軽く叩いて、水分をとる。手馴れたものだ。さらに、餌と水の用意まで整え、犬の世話に余念が無い。 「慣れたもんだね」 軽口を叩く真也に、「でしょ? 犬好きのあたしのために、世話は全部任せてくれてるの」と返事する。 「自分ちで飼えばいいのに」 「客商売だからね、うちは。動物はちょっと」 「ここだって、客商売だろ?」 「あ、ホントだ……」 祥子はコロコロと笑った。 「祥子ちゃん、晩ご飯食べていくかい?」 「はい、いいんですか?」 「仕事は、いいの?」 「いいのいいの。今週は週末になんか学生の合宿が入ってるけど、それまでは毎日お客さんゼロだから。色んなことはバイト君たちがやってくれてるし、これでもあたしは高校生なの。プライベートな時間なんだから」 「なるほど、そういうものかな」 「そういうものでもないけどね。家がお商売してるってのは。でも、シーズンになると本当に大変になるから、それまではわりと自由にさせてもらってる」 「じゃあ、真也。先に風呂にはいってしまったら、どうじゃ?」 いつの頃からか、おばあさんは真也を呼び捨てで呼ぶようになった。まるで身内の者に接してくれているようなその態度が真也には嬉しかった。 「じゃあ、お先に……」 横目で祥子を見ながら、立ち上がる。 「あら、あたしのことは気にしないで」 「別に気にしてなんか……」 とは言ったが、お客さんが来ているのにさっさと風呂なんぞに入るのが、ためらわれたのだ。しかし、この家のことは、自分より彼女の方が先輩なのだ。 「じゃ、お先に」 |
真也が風呂から上がると、交代で祥子が入った。その祥子が出てくると、いよいよ夕食だ。 「まさかキミまで入るとは思わなかったよ」 お茶をご馳走になるくらいならともかく、風呂に食事とくれば、これはいささかあつかましいのではないかと思う真也だった。犬の散歩や給餌を祥子が任されているとはいえ、あくまで祥子が好きでやっていることだ。それに、真也がこの地にバスで始めて降り立ったときに見たように、おばあさん自身がキャンディを散歩に連れ出すときだってあるのだろう。必ず毎日、祥子がやってくれるわけじゃない。ある意味、気まぐれな行動だ。 しかし、3人でご飯を食べながら話していると、やがてそんな気持ちは真也から消え去った。祥子とおばあさんは、祖母と孫娘、母と娘、そして、友人。この三つの関係を同時に成立させているのだと真也は思った。他人なのにと思ったが、他人だからこそ出来る関係でもあるのだと感じた。 「あたしゃ一人暮らしだからねえ。たまにこの子が遊びに来てくれると、楽しくってね」 「店を再び開ける事にしたら、準備が忙しいの何の。キャンディの散歩を引き受けてくれて大助かりだ」 問わず語りに、食事をしながら、おばあさんが口にする。 ここのとこ毎日のように祥子は散歩のためにやってくるが、よくよく話を聞けば、実はおばあさんが店を再び開くと決めるまでは、そうでもなかったらしい。 「あたしもここでお風呂に入れて、幸せ」 祖父の方針で、風呂にはアルバイトがまず入るのだという。経営者家族は一番最後だ。従業員を仕事ではこき使うが、人としては大切に扱う。その考え方が、川上家の風呂の順番を決めていた。真也も既に体験しているがの頑固者らしい考え方だった。 バイト連中が終えた後の風呂はドロドロで、まともに入る気にはならない。シャワーで簡単に済ませることになる。だから、こうしてキャンディの世話を済ませた後、入浴できるのはとても嬉しいのだと祥子は言った。 「旅館なんだろう? 大浴場とかあるんじゃないの?」 「あるけど、お客さんがいないのに、そんなの沸かすわけ無いでしょ。シーズンが始まったら、バイト君たちは仕事が終わったあとに大浴場に入ることになるから、うちの風呂は家族しか使わなくなるんだけどね」 なるほど、おばあさんと祥子の関係は、必要なものを提供しあう、いわばもちつもたれつの関係なんだなと真也は思い、そしてすぐに否定した。 理屈じゃない。人と人との付き合いにいちいち損得勘定なんかするものか、と感じたのだ。 このふたりは単に一緒に居るのが居心地のいい関係であるに過ぎないのだと思った。そうして、気がついたらお互い色々なことを提供しあっていたのである。先にあるのは、持ちつ持たれつの関係ではなく、居心地のよさなのだと直感した。持ちつ持たれつは居心地のよさの上に成立している。 |
食後の片づけを祥子が手伝い始めたので、真也はすることがなかった。朝から夕方までみっちり働いたせいか、身体が睡眠を欲している。朝食を終えたら仕事、そして夕食が始まるまで仕事である。自営業とはこういうことなのかと真也は思った。祥子が「せめてシーズンが始まるまでは」とここへ逃げてくる気持ちがわかるような気がした。 敷きっ放しの布団に潜り込み、ミコに送ってもらった小説を読む。スキーシーズンになるまでは娯楽がまるで無い。あっても一日を終えた後に出かける気にはならないのだが。おばあさんと一緒にテレビを観ながら、茶と茶菓子で談笑するのも悪くは無いが、それを日課にしたいとは思わなかった。気楽な独り暮らしに慣れ過ぎてしまっていた。 読書は遅々として進まない。あっという間に睡魔に襲われるからだ。 そろそろ来るな、と真也は思った。ぼちぼち電灯を消して、睡眠の体制を作らないとまずい。2日ほど前に、消灯しないまま眠り込んでしまい、朝まで電気をつけっぱなしにしてしまった。 かといって、このタイミングが早すぎると、今度は目を閉じても眠れくなる。再び布団から這い出して電気を付け、再び読書をする羽目になる。 「ちょっと、いい?」 扉の外から、声がかかった。祥子だ。 「え? いや、その、別にいいけど」 片づけを終えたら祥子は帰宅するものと思っていた。真也はとまどった。 まさか高校生の女の子を布団の中で迎えるわけにも行くまい。慌てて起きようとしたが、それより先に扉が開いた。 「うっわー。寒〜い。ストーブ使ってくれてないのね」 「だって、部屋ですることなんて、ないから。あとはもう寝るだけだし」 「寝るって、まだ9時よ」 「おかげで、朝は早くに目が覚めるよ。することないから、仕事するだろ? そしたら、疲れてまた夜も早く寝ることになる」 「健康的ね」 「そう。生まれてこの方、一番健康的な日々を送ってるよ」 祥子はクスリと笑った。 「あ、でも、明日パソコンが届くんだ。ネット環境がないから、携帯でつなぐことになるし、せいぜいメールチェックぐらいしかしないけど、パソゲーはいくつか持ってるから」 「夜中までゲームで遊べるようになるんだ」 「うん。でもどうかな? 商品管理とか売り上げとか、そういうのパソコンでしようと思ってるから、仕事にしか使わないかもしれないな」 「スキー場がオープンするまでは暇でしょ? ゲーム、一緒にさせてよ」 「それは、まあ、いいけど……」 でも、それだとエロゲームは出来ないなと真也は思った。 「う、寒……。ここは下と違って、火の気がないから、冷えるわね」 祥子はちゃぶ台の上にちょこんと置かれたままになっているマッチを擦って、ストーブに火を入れた。旧式の石油ストーブだ。このマッチだって、祥子がストーブを届けに来たときに一緒に置いていったものだった。 もちろん、火を入れたからといって直ぐに部屋が暖かくなるわけじゃない。温風ファンヒーターなんてものじゃないのだ。 「そこ、暖かそうね」 そう言うと祥子はためらいもなく真也の布団の中に入ってきた。 「入れてね」 というお断りの台詞は、実は布団に潜り込んでから発されたものだ。 「お、おいおい……」 真也は慌てた。曲がりなりにも男の寝床だぞ。 布団から出るつもりが、なんとなく会話が始まったせいで、上半身を起しかけたままの体制で言葉を交わすことになってしまった。 「平気平気。こういうの、慣れてるから」 そっちが平気でも、こっちは平気じゃない。ひとつの布団に女の子と一緒に居て、手を出さずにいる自信なんてこれっぽっちもない。 「だめだよ、安易なことしちゃ」 「慣れてるから、平気だってば」 「俺は女の子との雑魚寝には慣れてない」 「ん〜〜、あったかい」 真也の言葉を無視して、祥子は布団を首までひっぱり上げた。 「わかったよ。ストーブつけるから、部屋がぬくもるまでそうしてていいよ」 真也が布団から出ようとした、その時である。 祥子は真也の腕をつかんだ。 「だから、いいんだってば。こういうの、慣れてるから」 真也はようやく気がついた。祥子が慣れていると言ったのは、雑魚寝のことではなく、セックスのことなのだと。 |
あん、ああん、あ〜ん、あん……。 真也の指先が祥子の肌を滑るたび、彼女はか細く鳴いた。 うん、あん……。ああ〜、んん〜ん。 感じやすい子だと真也は思った。官能に導くためになんの労も必要ない。 優しく撫でてあげれば、それだけで祥子は身体を震わせた。全身が性感帯だった。性器に触れるどころか乳首さえも吸っていないのに、祥子は感応した。思わず真也は「感じやすいんだね」と耳元で囁いた。 「あん、いやん……」 祥子は真也の言葉にも反応した。 乳房を中心にして、首筋から脇、胸、そして臍あたりまでを、真也は丁寧に指と掌で愛撫し、唇を滑らせ、舌を這わせた。まだキスをしていないことに思い当たって、祥子の唇に真也は自分のそれを近づけた。祥子は顎を上げ、吸い寄せられるようにしてふたつの柔らかい部分が重なり合い、祥子から舌を滑り込ませてきた。 (ん?) このとき、真也は違和感を感じた。それは祥子のディープキスが、まるで経験の少ない男の子の、欲望のままに乱暴に舌を口の中で暴れまわらせる様に似ていたからだ。 強烈に感じやすい肉体。 セックスには慣れているという告白。 けれど、真也はすぐに気がついた。祥子の反応が比較的単調であること、そして、官能に身を震わせながらも、そのどこかに怯えが見え隠れすることに。 感じやすい肉体に恵まれたおかげで、セックスの快感を多少なりとも知ることが出来た祥子。でも、それはまだほんの入り口だ。トロトロに熟れていくには程遠い。真也はそう思った。 「慣れてる」と本人が言うほど、まだ経験はさほどないのかもしれない。あるいは、回数や人数にはそこそこのキャリアがあっても、相手の男が未熟だったのかもしれない。 祥子の感じ方は単調だ。身体のどこの部分にどんな風に触れても、「あん、あん」と声を出す。その中で特に感じる時に「んん〜ん」と吐息を吐く。けれど、その先の反応がない。身をよじらずにいられないような、細胞が溶けてしまうような、頭の中が空っぽになるような、宇宙に放り出されてしまうような、そんな官能はまだ知らないのだ。 先へ進むことへの躊躇や恐怖が祥子の心の奥底に潜んでいるのを真也は見抜いてた。 真也とのベッドインにさほどの過程を踏まなかったことからもわかるように、祥子は気軽に男と寝るタイプなのだろう。そういう意味では彼女が「慣れている」と言ったのも誇張ではないように真也は思う。男の布団にもぐりこんできてさも「どうぞ」と言わんばかりの態度をとれば、ありとあらゆるセックスの機会を生かせたに違いない。 だからこそ真に開放されないんだと真也は思った。 気軽にセックスはするけれど、そのぶん深みに嵌ってしまわないように、祥子は無意識のうちにブレーキをかけていて、自ら官能を深めようとはしない。 それが真也の出した結論だった。 (一から始めよう) 自分にはミコという恋人がいることも、祥子に恋愛感情など持っていないことも棚に上げ、真也はこの少女を本当のオンナにしてやろうと思った。 気が狂うほどによがらせて、意識が飛んでいってしまうほどにイカせてやろうと思った。 これまでに祥子が体験したお遊びとは次元の違うセックスを味あわせてやろうと思った。 |
このまま何の意識もしないセックスを続ければ、自分のペースで盛り上げて行ってしまう。そう思った真也は、ペースダウンすることにした。いったん手を止め、半ば覆いかぶさりつつあった上半身を祥子から離し、並んで横になる。 「こっち向きになって」 真也は祥子と向かい合って寝る形になった。 「どうしたの?」 この先、激しくエスカレートしていくであろう真也の攻めが、いったんストップしたことに戸惑いを覚える祥子。 真也はそれには答えず、祥子の太ももに手を伸ばす。下腹部を愛撫するために体制を変えたんだと祥子は思ったらしく、ピタリと閉じていた足をずらして、真也が触りやすいようにしてやる。 「本当に感じやすいんだね。思いっきり濡れてる」 「やだ……」 颯爽と走っている姿からは想像できないくらいに祥子ははにかんだ。 「それに、開いているよ、アソコ」 真也は刺激を与えすぎないようにそっと割れ目をなぞり、すぐに太ももの付け根に指を戻した。 「ん、ああん……」 微妙な部分に触れては、太ももの付け根に戻る真也の指。もちろん太ももの付け根そのものも、祥子は相当感じる。けれど、肝心の部分、ヴァギナの中やクリトリスに触ろうとしない真也。快感が膨れ上がりそうになりかけては、核心に近づかない真也の指使いに、祥子は焦れた。 「く、んん」 触れてもいない肩が微妙に震える。 「昔からこんなに感じやすいの? それとも、キミをオンナにした男たちのせい?」 片手を股間に這わせながら、もう片方の手で乳首をつまんだりこねたりしながら、真也が訊いた。 「……やだ、そんな恥ずかしいこと、訊かないで……」 祥子の濡れ具合や開き具合が、実は特別なものではないことを真也は知っている。けれど祥子は、自慢とまではいかないにしても、それなりにセックスに慣れていることを誇りには思っているのが真也にはわかった。特別に遊んでいる子は別として、一般的な女子高生からすれば、確かに祥子は経験の多いほうに違いない。そういう自尊心をくすぐりながら、言葉にする羞恥心を湧き上がらせながら、かつ真也は適度な刺激を乳首とヴァギナに与えてやった。 (僕のセックスも変わったなあ) つくづく真也は思う。 ミコとのセックスで真也は、お互いに相手を感じさせ、自分も感じ、一緒になって高みに上ってゆくことを覚えた。けれど、そこにあるのは基本的にはセックスによる快感だけだ。今の自分なら意識してさらにいくつかの要素を加味してゆくテクニックを持っている。誰かに教えてもらったのでもなく、勉強をしたわけでもない。いつのまにか身に付いていた。それは麻薬中毒の少女と過ごした数日間の蜜のようなセックスまみれの日々がきっかけだったと思う。 愛の無いセックスでも、性欲処理のためのおざなりな行為には決してならない。愛が無くても相手をいとおしく感じる。そもそも恋人以外の女性とのセックスにまるで抵抗がない。これもあの少女との日々があったせいだ。 「恥ずかしくなんかないよ」 真也は祥子の中心部にすっと指をもぐりこませ、2〜3度こねた後、あっさりと抜いた。 「あふん、ああ……」 感度が急上昇しかけたところで指を抜かれ、喘ぎ声が途中で消える。 「どうなの? キミのかつての恋人たちは、どんなエッチを教えてくれたの?」 それに対する祥子の答えは、真也には全くの予想外だった。 |
「あたし、これまで恋人なんていなかった。男の人と付き合ったこと、ないの」 「え?」 思わず聞き返してしまったが、祥子の言葉がしっかりしたものだったので、真也は焦った。せっかくお互いに官能を上昇させているのに、会話モードに突入してしまったら、2人の間に流れる空気が変わってしまう。そのままもうエッチには発展しない、なんてことにもなりかねない。 真也は軽くキスをした。すぐさま祥子の舌が絡みかけてきたが、真也は唇を下へずらし、首筋を丁寧に舌で愛撫しながら、やがて乳房の丘をかけあがり、乳首に到達した。 「恋人なしなのに、慣れるほど、エッチの経験があるの?」 口を開き、乳房にかぶりつくようにしながら、言葉を発する。不規則な息が祥子の胸の膨らみをなで、言葉と同時に動く舌が乳首に触れたり触れなかったりする。 「……は、んん、だって……」 割れ目の滞在時間を少しずつ長くしながら、真也の指は太ももと蜜壷を往復する。 祥子は快感に耐えながらも、なんとか会話を継続する。 「恋人……、はあん、う、んんん〜〜、作る時間、なかったもの」 「陸上部で?」 「……、そ、……ん」 「じゃあ、いったい誰と?」 「だって、……はあ、はあ、はあ……、陸上部って、……ああん……、男も、女、も……、い……、ひい、いやあ、ああ、そこ、そこぉおおんんん〜〜」 真也の指がクリトリスに達すると、祥子は自分の言葉を自由に操ることが困難になり始めていた。 「じゃあ、クラブの先輩とか?」 「せ、先輩も、後輩も………、ああ、いい、いやあ〜〜、感じすぎる〜〜、いい、いい〜〜〜〜」 「先輩も、後輩もって、激しいんだね」 「それに、………ああ〜〜ん、あん、あん、……遠征先の学校の……、はあ、はあ、はあ、人、とか」 真也のクリ攻めが激しくなると、「あああ〜〜〜〜、いいいい〜〜〜〜、こ、こんなのぉ、はじめ、てええええぇぇぇぇ〜〜」と祥子は叫び、あとは会話にならなくなった。 だから真也が、祥子の男遍歴をきちんと聞いたのは、後日、二人でコーヒーを飲みながら過ごした昼下がりのことである。 それによると、こうだ。 初体験は中学3年生の5月。別に好きな人(片思い)がいるにも関わらず、クラブを終えて帰宅しようと校庭を横切っているときの出来事だった。クラスメイトの男の子の一人と、帰宅時間が偶然一緒になった。ふいに彼は「キスしていい?」と聞いてきた。どうしてそれに応じたのか自分でもよくわからないけれど、イヤだとは思わなかったし、断る理由も思いつかなかったので、「いいよ」と答えてしまった。 校庭で軽くキス。ものたりなくて、学校から少しはなれたところで、ちょっと長めのキス。そして、人影の少ない公園でディープキス。おっぱいを鷲掴みにされて「いや、優しくして」と叫び、その通りにしてくれた彼。呼び覚まされた快感。ふたりはあっという間に結ばれてしまった。 そして祥子は、セックスをするということが、ちっとも特別なことなんかじゃないんだと気づいた。 誘われれたり、誘ったりして、何人もの男と身体を重ねた。「けど、誰とでもってわけじゃないわよ」と、付け加えた。そういう関係になる人とは、なにかピンとくるものがあると言うのだ。けれど、それは恋愛感情とはまた別のものだという。試合が近づき、緊張感が増してくるとなぜかセックスがしたくなり、ピンと来ることも多くなって、試合当日になるとそれは最高潮に達し、他校の男子生徒と、という機会も多かったんだとか。 競技会などは男女同時に行われるけれど、成績は男女それぞれ別に競うから、他校の男子生徒はライバルじゃない。だからこそ、お互いのプレイを余裕をもって見ることが出来た。そして、なにか感じるというか、響きあうものが伝わりあう。 こうして祥子は、幼いセックスを繰り返し、人数と回数だけを重ねてきた。 そして、コーヒーを飲みながらの会話は、「あんなにイキまくったの、始めて。大人のエッチってすごいのね」で終わった。 そんな会話を2人が交わすのは、数日後のことである。今は祥子の急激な上昇に、真也の興奮もMAXに一直線だ。もう会話など、煩わしいだけである。 激しく肌と肌を重ね合わせているうちに二人の体制が変化し、お互いの性器がそれぞれの唇を寄せ合っている。真也が舌を伸ばすのと、祥子が咥えるのがほぼ同時だった。 「う」 真也は思わず声を出した。これまでの指による愛撫とは比べ物にならないくらい、祥子のフェラチオは磨かれていた。祥子自身の感度は開発途上でも、男に乞われるままに繰り返したフェラは、彼女をテクニシャンにさせていた。 |