ロシアンルーレット

敗 者 復 活 戦

 

25.

 ミコは相当酔っていた。
「ん〜。やっぱり飲食業を中心にした方が、いいのかにゃ〜〜」
「まあね。お土産なんてどの店でも同じものを売ってるわけだしね」
「無いしねって、開拓すりゃあいいでしょ〜〜」
「したって迷惑かけるだけだよ。冬の間だけ、しかも来年はどうなるかわからない店なんだから。特殊な名産品とか手工芸品とか、そういうのを仕入れるルートも無いしね」
「そこまで冷静に割り切れる男が、ど〜して就職活動でしくじってばかりいるかな〜〜。へっへっへ〜」
「なにがへっへっへ〜だよ。この酔っ払い!」

 おばあさんが座ったまま頭を前後に揺らし始めたので、ここらが切り上げ時だと真也は思った。
「さ、ぼちぼちお開きにしようや」

 真也が風呂に入っている間におばあさんとミコが片付けをした。真也と入れ替わりでミコが風呂に入り、おばあさんはもう布団を敷き始めている。
「お風呂は入らないの?」と、真也が問う。
「ああ、今夜はもうええ。あんたたちも早く休むがいい」
「はい、そうします」

 ミコが風呂から上がったときには、もう居間は消灯されていた。ここぞとばかりに裸にバスタオルだけ巻きつけて、ミコは2階の真也の部屋にやってきた。
 真也は既に布団に潜り込んでいて、不精にも上半身さえおこさずに、視線だけをミコに向けた。
「バカ。風邪ひくぞ」
「こんなに暖かいのに?」

 真也は自分が入浴する前に部屋のストーブに火を入れていた。それから真也、ミコの順で風呂に入り、かれこれ小1時間たっている。部屋は十分に温もっていた。
 下手な温風ヒーターと違ってサーモスタットなどという代物は無い。カッカと燃える石油ストーブは真冬のスキー場の部屋をせっせと暖めてくれていたのだ。
「それに、これからもっと温まることをするんでしょ?」
 あんなに酔っ払っていたかに見えたミコだが、片付けという労働と入浴によって、すっかりアルコールは抜けたようだ。真也の目の前でハラリとバスタオルを落とすと、裸身がさらされた。
 真也にとって、それはとても懐かしく、そしていとおしい女体。

 幸か不幸か、ミコと離れて暮らしていても女断ちしていたわけではないが、それでも長い長い時間をかけて、馴れ親しんできた肉体だ。湯船にタップリ浸されていたその身体はほんのりと色づいていて、しかも恥じらいを含んでいる。これから恋人に抱かれるそのことを、細胞のひとつひとつが期待していた。

 殺風景は部屋である。衣類を中心に詰め込まれたカバンが部屋の片隅にあり、あとは石油ストーブと布団。そして、おばあさんから借りた古いちゃぶ台。今日持ち込まれたばかりのパソコン類。
 まるでそれは、大見得切って独立したものの、ほとんど失敗状態に陥ったパソコンビジネスを営む輩のうらぶれた仕事場のようだった。

 しかし、ミコの裸体がそれらを全て消し去って、真也にとってこの部屋は原色で絢爛と咲き乱れる花畑に中にいるようだ。
「おいで」
 真也は布団のへりをめくった。真也も、全裸だった。
「うん」
 甘えん坊の子犬のようにミコが布団に滑り込んでくる。
 かわいい、と真也は思った。

 ミコは真也の胸に手を当てた。そして、徐々に下へと下っていく。ミコの手が真也の先端に触れる。
「もう、こんなに大きくなって……」
「ん……」
 真也がかすかに声を漏らす。
「やっぱ、ミコの手、いいな」
「やっぱって、なによ。他の女ともしたけど、やっぱあたしがいいってコト?」
「バカ言え。他の女となんて……、うっ」
 ミコの指先がサラサラと動く。指は、真也の感じる部分をなぞっては去る。去ったと思ったら、別の指が通り抜ける。その繰り返しに、真也は言い訳の言葉を発することができなかった。
「別にいいけどね。真也がヤリチンなのは知ってるから」
「俺のいったいどこがヤリチンなんだよ……。う、気持ちいい……、よ、あ……」
「男の喘ぎ声って、いいわ……」

 真也が上半身を起こそうとすると、その胸にミコはそっと手を当てて制した。
「寝た、ままで」
「ん?」
「お願い。あたしに任せて」
「ああ」

 真也はゆっくりと身体を戻し、さっきまでと同じように仰向けに寝た。するとミコは、壊れやすい宝物をいつくしむように真也自身をそっと両手で包んだ。そして、顔を近づけて、先端にキスをする。
 そこにはさほどの性的な刺激は無い。けれど、真也は前身に電流が走ったような気がした。
「うっく」
 腰が、ピクっと反応する。
 いつものミコなら、すぐにフェラチオ。激しく濃厚なプレイへの序曲。けれど、今日は違う。

「また、逞しくなった?」
「え?」
「前より、太いような気がする」
「まさか」
「それに、硬さも」
 真也はどう答えていいかわからない。
「長い間、我慢していたから? それとも、他の女とエッチして、ますます鍛えられた?」
 まさか後者だと正直に返事するわけにもいかず、真也は「さあ」と言った。
 そして、付け加えた。「ミコこそ、しばらくしてなかったから、欲求不満になってるんじゃない? だから、そんな風に見えるんだよ」
「欲求不満になってるのは、確かね。けれど、真也のコレを見間違うはず無いわ。わずかにだけど、確かに、成長している」
(成長、か)
 少しおかしくなって、真也は微笑んだ。
「もう、何がおかしいのよ。バカ」

 ミコは口腔内にタップリの唾液を含んでから、真也のモノにキスをした。そして、少しずつ口の中へと導いていく。
 真也のモノに合わせて巧みに唇を緩めるミコ。熱くそそり立った真也の芯棒は、ミコの唇から絶妙の刺激を与えられる。押し分けて中に入る、というほどミコの唇は硬く閉ざされていない。かといって、全く抵抗がないというほど柔らかくもない。かすかな抵抗によって、確かに唇がそこにあるとわかる。
 ゾワゾワーっと鳥肌が立つ。

 口の中に入った部分は唾液に絡め取られて暖かく、まだ含まれていない部分はミコの指先で愛撫されている。
 ミコは舌をどんな風に動かしているのだろう? 真也には全くわからなかった。唾液が潤滑剤となって、ヌルリヌルリとペニスの表面を這い回ったかと思うと、一番感じるカリの裏側をちゅくちゅくと攻められ、次の瞬間には尿道口を舌先でつつかれる。

 真也は目を開いた。
 熱棒は半分くらいがミコの口の中だ。
 ゆっくりしたスピードで、さらにミコの口の中に吸い込まれてゆく。
 実際は吸い込まれているのではない。ミコの唇がどんどんペニスの根元に迫ってきているのだが、精密なプログラムにコントロールされたようなゆっくりした動きは、性的な興奮で快感に貪欲になった女の夢中な行為ではなかった。

 そう、まさしく計算されているのだ。
 ミコはきっと何度も何度もこの日のことを反芻していたに違いない。「久しぶりの逢瀬。どうやって真也を感じさせてあげようか」と。

 真也は感動した。
「このまま身を任せよう」

 やがてミコは真也のモノを完全に飲み込んだ。
 真也は全体を暖かいもので包まれた。
 ミコの唇の端からは液体がだらしなく垂れている。ミコが真也を気持ちよくさせるために分泌した唾液。真也の先端から溢れだした快感液。これらが交じり合っている。
 相変わらず舌は真也のペニスを這い回っている。
 ミコの吸引具合によって、舌だけでなく、口腔壁のいたる部分にペニスは接近し摩擦し、そして離される。フェラチオならではの、女の子が主導権をとって快感を男に与える技法に、真也の脳みそはとろけかかっていた。
 もっともミコは、ヴァギナも相当自分の意思で動かすことができるので、彼女に関して言えば「フェラチオならではの」というわけではない。
 ミコに言わすと、「これも真也のがすごいから、あたしも凄いことしてあげたいと思って」トレーニングした結果なのだそうである。どんな練習をしたんだという真也の問いにはついに答えることの無かったミコだけれど、きっとあらゆる玩具を使ったんだろうなと真也は想像している。もしかしたらバナナをアソコで切る訓練までしたのかもしれない。

 そして真也は、子宮口を先端でガンガン突き上げるのと似て非なる感覚がモノの先に深い快感を与えていることに気がついた。
 ディープスロート。喉の奥のどこかに当っているのだ。
 真也のサイズでは、通常のフェラでは根元まで咥えることなど、もともと出来ないのだ。まして、小顔のミコ。それをここまで深く飲み込むのだから、いまにもえづきそうになるほど苦しいはずだ。見ればミコは涙を流し、表情は苦悶に歪んでいる。けれど、ペニスへの愛撫をやめない。苦しそうにしながらも、愉悦を表情全体で表している。
(ミコ……)

 ふと、目が合った。
「来て。思いっきり出して」
 ミコはそう言っていた。
「タップリ、飲ませて」

 一度や二度の射精で萎えてしまう真也ではない。それどころか、2日も3日もやりっぱなしで過ごしたって平気な二人だ。
 まずは大量のザーメンを飲みたい。胃の中を真也の濃い液体で満たして欲しい。だって、久しぶりなんだもん。
 そんな声が聞こえたような気がした。
 真也が射精をコントロールできることもミコは知っている。ミコだって、長時間挿入したままのピストンでイカされっぱなしで放心状態になりながらも、腰を振り膣を絞ることが出来る。けれど、フェラチオだけは別だ。それほど長い間していられない。これまでのセックスでは、何度も口から出し、時には愛撫を手に任せて休憩しながら、フェラを続けていた。けれど、こんなに長い間、咥えっぱなしということはなかった。それも、喉の奥まで受け入れたままで。
 そのことに気づいた真也は、「まずはタップリ飲みたい」とミコがどれだけ強く欲しているか、あらためて思い知らされた。

 大量のザーメンを、何度も何度も真也は放出した。

 すかさず飲み込むミコ。
 飲み切れずに頬を膨らませて、真也のエキスをこぼさぬようにためこむミコ。
 放出のタイミングをずらそうとする真也。しかし、いったん射精が始まってしまうと、コントロールはできない。
 連続する放出。
 それは合計十数回に及んだ。

 祥子とのセックスでそれなりに処理はしていたが、相手がミコだと、こんなにも出てしまうんだと真也はあらためて自分のミコへの思いに気がついた。

 大放出が終わると、ミコはすかさず真也の上に乗った。
 真也はまだミコにきちんと愛撫をしてすらいない。
「いいの?」
「うん。まだまだ足りないの」
 淫靡に満ちた声でミコは言う。

 膣口に真也の先端が押し当てられ、ミコは一気に腰を落とす。
 ギシ。メリメリ……。
 まだ相当硬い。そりゃあそうだと真也は思った。ミコの身体を溶かすような行為はまだ何もしていないからだ。
 処女を巨根が無理やり犯しているのと変わらない。
 だが、ミコの中は暖かく、そしてあっという間に濡れて開いた。

「ああ。大きい。あたしの穴、広がってゆくわ」
 ミコの声はもう快感にすっかり彩られている。

 ミコは自分のペースで動いた。
「ねえ、真也、出したくなったら、いつでも遠慮なくだしてね。我慢しなくていいから」
「ミコがそれでいいなら……」
「いいよ、それがいいの」
 ミコの腰の動きも、早くなったり遅くなったりした。
「あたしも、勝手にイクから……」

 ミコの声の出し具合と、腰の上下の動きで、真也にもだいたい「あ、もうすぐイクな」とか「今、イッタな」とかわかったけれど、「一緒にイク」ことに神経を使わず、自分の快感だけで好きなようにやるのも悪くないように思えた。だから、ミコの上り具合とは関係なく、自らも下から突き上げるように腰を動かし、いっさい制御することなく放出への道筋を辿った。
 ある意味、これは独りよがりのセックスかもしれない。
 しかし、お互いが「独りよがり」を認めたとき、それは「通じ合ったセックス」として成立するのだとも思った。
 長年、肌を馴染ませ合って来た二人だからできることだとも感じた。

 明日は日曜日だが、開店準備に忙しい真也にとって、曜日は休日と関係ない。
 深夜3時を回ったころ、どちらから口にすることなく、二人の久しぶりの夜は終わった。

「明日も色々と忙しいんでしょう?」というミコの言葉は、彼女から自分への心配りであることが、真也にもわかっていた。
 さりげなく正常位をミコが求め、軽いクライマックスを迎えたあとは、ミコは続きをねだらなかった。

 旧式ストーブのおかげで部屋は暖かく、二人の身体もさんざん燃えて熱かった。しかも、同じ布団で眠る。
 こんなに暖かい夜はここに来て初めてだなと真也は思った。
 一文無し直前まで追い込まれて途方にくれた数週間前が嘘のようだった。

 翌朝、ミコはしっかりと朝、目を覚ましていた。
「おはようございます」などと、おばあさんと挨拶を交わしている声が階下から聞こえる。防音の行き届いた新しい家ではない。しかし、寝ぼけ状態の真也の耳にもしっかりと聞こえるのだから、相当元気良く挨拶をしているに違いなかった。
 真也も服を着て、ストーブの火を落とし、階段を下りる。

 おばあさんの顔を見るのが恥ずかしかった。
 あれだけ激しくセックスしたのだ。お互いが出した声も相当なものだ。
 その間、おばあさんがずっと眠っていたかどうか保証の限りではない。年寄りは眠りが浅いと聞いたこともある。

「おはようございます」
「おはよう」
 冷やかされたり、あるいは咎められたりしたらどうしようと思ったが、いつもとかわらぬ挨拶が交わされただけだ。
 おばあさんは、ずっと眠っていたのだろうか?
 その可能性は低いと真也は思った。きっと、なにもかもわかっているのだと思った。わかっているからこそ、何も言わないのだと。

 ミコはおばあさんと一緒に朝食の用意をしていた。
 手伝う、というのでもなく、教えてもらう、というのでもない。まさしく、「一緒に」という感じだった。
 そうだ。おばあさんは何もかもわかっているのだ。真也は改めてそう思った。なにしろ、週末にあわせて彼女がやってきて、しかも同じ部屋に泊まったのだ。翌朝になってからそれをどうこう言うくらいなら、最初から追い返せばいい。

 やれやれと一息つき、朝食を3人で食べ始めると、祥子がやってきた。
「キャンディ、散歩に連れて行きま〜す」
 爽やかに叫んだその笑顔が、ミコをとらえて一瞬ひきつった。……ように真也には思えた。
 しかし、真也はそれを「思い込み」だと自分に言い聞かせた。ミコがどういう立場の女の子かなど、祥子には知りようが無い。おばあさんの孫娘かもしれないし、店の再開のために雇った住み込みのアルバイトかもしれないのだ。とっさに「真也の恋人」と感じ取る可能性は……、ゼロではないけど、そう思ったとしても、決め付ける根拠などなにもない。質問でもしない限りは……。

 幸か不幸か、祥子にはそんな暇は無かった。
 わふっ、わふっ、と、散歩をねだるキャンディが祥子の足元に絡みついたからである。祥子は元の笑顔に戻って、キャンディのリードを手に、さっさと出て行った。

 真也が、一安心、と思ったのもつかの間だった。
 キャンディの散歩から戻った祥子に、おばあさんはおもむろにミコを紹介してしまったのである。
「真也君の恋人」と。
 祥子は真也を睨みつけながら、「あら、そう」と短く言い放ち、ミコに軽く一礼して、さっさと立ち去った。
 まずい空気を察知したのか、「足腰の弱くなった私のかわりに、朝夕の散歩をしてもらっててのお。近所の旅館の孫娘じゃ」とおばあさんは言った。
 けれどもミコにはわかったようである。
 真也の耳元で「寝たな」と囁き、真也の背中を思いっきりつねった。

 

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