ロシアンルーレット

敗 者 復 活 戦

 

30.

 お互い無言で身体を洗う。昼食の食卓を囲んだとはいえ、交わすべき会話などないのだ。だから、無言でいることは不自然ではないのだが、真也は居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
 カコーン、カコーンと浴室独特の響きを発して、湯桶と何かが触れる音が響いてくる。自動止水栓なので、最初は勢いよく出ていたシャワーが不自然にチョロっと最後の湯を吐いて、止まる。そんなお風呂場情景を、真也は気をそらせるために一生懸命観察した。

 頭も身体も洗い終えたけれど、なんとなく綺麗になったような気にはならなかった。
 寝る前に風呂に入るんだし、そもそもここは温泉なのだから、薬効ある湯にさえ浸かればいいわけで、そんなこと気にする必要もないのだが。真也はそう考えて、湯船に浸かることにした。そのあとは、サウナにでも入ろう。隣の男のことなど気にする必要は無い。
 泡の洗い残しが無いように、真也はさらに2度3度シャワーを浴び、そして立った。

 そのときである。隣に陣取っていた和則が、ようやく話しかけてきた。
「祥子さんと、お付き合いされてるっていうのは……?」
 あなたですか?
 本当ですか?
 そのあとに続く言葉を真也は待ったが、和則の言葉はそれで途切れた。

 それにしても、きちんとした言葉遣いをする男だなと真也は思った。恋敵という敵意をむき出しにしても来ない。付き合っているか、と問われれば、正しくは否定すべきだが、祥子に頼まれているからそうもいかない。真也は黙って頷いた。

「そうですか……」
 和則は何かを考え込んでいるようだった。
 祥子はその性格から、自分を好いてくれる男に対して、明らかに嫌い、というのでなければ、あからさまな拒絶反応をするようなタイプではないだろう。それどころか、その気がなくても「嬉しい」みたいな表情を見せると思われる。キスされたこともあると言っていた。つまり、この男の好意をある程度受け入れているのだ。
 そう思うと、真也は和則が気の毒になった。
「だったら、どうして僕を受け入れたの?」と、泣きたいような気持ちになっているのではないだろうか?

 かといって、かける言葉もない。
「じゃ、浸かってくるから」
 真也はそう言って、立ち上がった。
 その背中に、「あの……」とさらに和則が呟くように言った。
 振り返る真也。

「勝負しても、怒らないでくださいね」
 がっくり落胆でもするかと思ったが、意外だった。

 祥子の話だけでは、「付きまとわれて困ってるの。なんとかして」というニュアンスが強かったが、真也は和則に、そんなに悪い印象を持たなかった。
「恋愛は先着順じゃない。好きにすればいい」と返事した。
 そして、後悔した。祥子の頼みを全うするなら、「人の女に手を出すなよ」と言うべきだった。
 しかし和則は、「自信、あるんですね」と言った。

 スキー場開きの日が過ぎ、最初の週末がやってきた。それまで森閑としていたスキー場がにわかに賑わう。
 冬枯れた田舎の山の中だったのが、確かにここは、冬のレジャーの場であると感じさせられた。
 平日には客足は落ちたが、それでも絶えることは無い。そして、あっというまに、正月休み。もっとも混雑するピークがやってくるのだ。

 祥子はある日から、顔を出さなくなった。川上荘にも客が大挙するようになったのだろう。真也も忙しくなって、気にしている暇も無い。
 スキー場開きからずっと、店はおばあさんと真也と真理子の3人体制だ。おばあさんの動きが実に絶妙で、普段は店にいないのに、忙しいときになると必ず顔をだしている。
 かと思えば、昼食や夕食時には、奥できちんと二人のための食事を用意している。まんべんなく声をかけて、一休みしなさいとも言ってくれる。

 接客業とは不思議なもので、あっけないほど暇なときもあれば、いわゆる食事の時間でもないのに、やたらと混雑したりもする。その緩急の「緩」の時に、在庫調べをしたり、発注の電話をかけたりする。もし「緩」がなかったら、こういった作業が出来ないから、店の運営が困難になる。真也は絶妙な客の流れに乗って、仕事をスムーズに進めるおばあさんに感心した。

「正月は休みになる業者も多いから、そういうところのは、明日、まとめて発注しないとねえ。今夜は、コレまでの売れ行きも検討して、作戦会議だねえ」
 おばあさんがそう言ったのは、12月27日のことだった。

 久しぶりに「やっほ。ご機嫌伺い。繁盛してる?」と、祥子が顔を見せた。
 キャンディが嬉しそうに、オホッ、オホッ、と息をはずませ、尻尾を振り乱しながら、祥子にまとわりついてきた。
 ここ数日、キャンディの散歩は真也の仕事だが、代わり映えのしないルートを淡々と一緒に歩くだけで、キャンディもつまらない思いをしていたのだろう。思えば、あんまり撫でてやったりもしていなかった。

「繁盛してるよ。閉店直前の年より、ずっとお客が多いね。やっぱり若いモンがテキパキ仕事をこなすから、だろうねえ。同じ人が夜になって来てくれたりもするしねえ」
「売り上げ、伸びてるんだ!」
 祥子が自分のことのように喜んだ。
「だけど、二人の若いモンに払う賃金ほどは、稼げてないねえ」

 え? マジ? てな表情に真理子は一瞬なったが、これは単なるカケアイでしかないことを、真也は知っている。
 再オープンにかけた費用も、色々なものの仕入れ値も、真也は一通りわかっている。真理子に払うバイト代だけは十分に稼いでいた。

 もっとも、おばあさんと自分の手元にはいかほども残らないであろう。しかし、真也にとっては、寝て、メシを食えるだけで十分だった。あとは、働いたと実感するために、わずかな給金があればいい。金額ではない。形で十分だった。
 もっとも、仕事内容の全てに満足しているわけではない。それでも、いったんは店じまいをしたこの小さなお土産屋兼飲食店を、再び立ち上げることはできた。就職活動にしくじってばかりの真也にとって、ひとつの仕事をここに成立させたという事実、それはとても大きかった。

 さて、年末年始の仕入れ会議をしなくてはならないはずだが、祥子が来たことで、お酒も振舞われ、盛り上がった。
 慣れない仕事に順応するだけでせいいっぱいだった真理子も、同年代の同性の話し相手がいなかったことに気がついたのか、それまでを埋め合わせるかのようにあれこれといっぱい喋った。
 夜が更け、そこにミコが到着した。
 仕事納めにはまだ少し早いが、明日から有給をとって、今日の仕事を終えて速攻で駆けつけてくれたのだ。正月明けまで、ここで仕事を手伝いながら、居候する。目的はもちろん、真也と一緒の時間を過ごすためである。

 夕食を終えた4人は、なんとなくダラダラと会話を続けながらも、自然な流れで役割を分担して、するべきことをこなしていった。
 ここに住み込んでほぼ一週間になる真理子は、要領よく夕食の片づけをはじめ、真也はおばあさんと一緒に明日発注する品物をピックアップしていった。ミコも一足遅れて席を立ち、真理子に続いた。洗い物を終えた2人は、さらに役割分担をする。食器を拭いて片付けるのがミコ、その間に風呂の用意をするのが真理子。真也とおばあさんが発注リストを完成させた頃には、「あとは風呂に入って寝るだけ」になっていた。

 お風呂はおばあさんがトップ。その間に、3人はまた会話で盛り上がる。真理子は高校生ながらも酒豪で、自分のお小遣いで買ったというワインを振舞ってくれた。しかも、真也やミコのペースなど全く意に介さずグイグイいく。

「強いの?」
 というミコの問いかけに、真理子は「ん〜」と、少し考えて。
「強いとか、弱いとか、そういうの、あんまり意識したこと無いんです。友達と飲み比べとかしたわけじゃないですし」
「1人でふてくされて、ひたすら飲むんだよな」と、真也。
「ふてくされてなんか、いませんってば。でも、ここに来てから毎晩、おふたりより大量に飲んでたのは、認めます」
「だろ?」
「だって、楽しいんです。1人で飲んでても楽しくなれるんですけど、一緒にいてくれる人がいると、それ以上に」

「毎日1人で飲んでたの?」と、ミコが目を丸くした。「まるでおじさんの晩酌みたい」
「親に隠れて? ってことはないよなあ。さすがに毎晩じゃ」
「ええ。なぜか飲酒だけは認めてくれてるんです。他に悪いことされるよりマシ、なんだそうですよ。でも、泥酔したり乱れたりしたら、以後二十歳になるまで禁止にするから、気をつけなさいって。でも、いくらなんでも、そこまでは飲まないですから。あくまで、なんていうか、心が楽しくなる程度って、感じ?」
 真也とミコは顔を見合わせた。そして、どちらからともなく、ブッと噴出した。

「こりゃ、相当なのんべだな」と、真也が言い、「この子、相当、強いわよ」と、ミコが真也の台詞の後半に重なるように言った。
 2人の挙動にきょとんとしているのは真理子である。自分がどのように評価されたのか、あんまり理解できていないようだった。

 そして真理子は、ポツリと言った。
「本当はね、悪いことしたくて、お酒、飲んでみたの」
 告白調の語りに、あわや笑い転げそうになった真也とミコは、一転静かになる。
 真理子の声は、人に何かを聞いてもらうための音量に達してはいなかった。むしろ場合によっては、聞いて聞かないふりをした方が良い、と判断したくなる程度だ。

 思わず口を付いて出た本心。
 だけど、誰にも聞かれたくない自我の奥底。そんな風にも受け取れた。
 しかし、真也もミコも、ちゃんと聞いてあげなくちゃと感じた。
 真也とミコが姿勢を正し、真理子を見る。真理子は安心したように、言葉を継いだ。

「ううん、悪いことをしたかったわけじゃないんです。何でも良かったんです。とても良いことでも、凄いことでも。祥子さんは陸上で輝いているし、授業をサボって隠れてタバコ吸ってる同級生の子も、そりゃあ褒められたことじゃないかもしれないけれど、何か持ってる、みたいな感じがするんです。
 スポーツでも勉強でも趣味でも、ううん、言葉にちゃんとできないような、人に説明できないようなことでも、良かったんです。何か、わたしだけの、コレ、みたいな。でも、わたしには、何にも無くて。だったら、悪いことするのが一番早いし、簡単だなって。だけど、悪いことといったって、人に迷惑かけたり、人を傷つけたりするのはダメだし。
 クラスにね、すっごくかわいくって、同時に大人っぽくて、綺麗で、チャーミングで、だけど、モデルやアイドルみたいな感じじゃないんですよ。そういう人と比べたら、やっぱりランク、落ちるんです。でも、素敵な人がいて。内側からキラキラ輝いてるような、人。で、ものすごくモテるんです。いっつも必ず彼氏がいて、それも2〜3人同時に付き合ってたりもするんです。けど、誰もその子のこと、悪く言わないんです。たくさんの男の人に抱かれたら、わたしもそうなるのかな〜なんて、思ったりもしたけど、でもねえ、そんなんで処女失いたくないじゃないですか。
 タバコはもう、匂いだけでダメだし、ほんと、な〜んにもすることがなくて、あ、でも、おとなしくお酒飲んでるくらいなら、いいかなあって。それも、何かの時に、おふざけとかノリとかで飲むんじゃなくて、毎日、きちんと、色んなお酒をいっぱいのもうって、決めて。
 なんか、バカみたいな決心ですけど、でも、楽しくなれるし、気がつかなかったことを、色々感じたり、考えたりできるようになって。それも、楽しく、前向きに、なんです。だからまあ、こうしてるのが、わたしの一部なんです」

 話し終えた真理子に、真也はどんな言葉をかけたらいいのか、まるで思いつかなかった。
 けれど、ミコはそうではないようだ。とても穏やかな表情で真理子を眺めている。

 そう、それはまさしく「眺めている」だと真也は思った。
 視線はまっすぐ真理子に向かっているのに、射すくめるように見ているのではない。かといって、焦点をあわせずに、ぼんやりとその方面を向いている、というのでもない。
 もっと広く、もっと大きく、包み込むような、視線だった。

 真理子が言っていることは、支離滅裂なようにも思えるかもしれない。でも、ミコにはわかっていた。根底にある部分はあくまでひとつで、表面的なことだけが、揺れ動いているのだ、と。

 真理子の語りは、長いようで短い時間だったのだろう。よっこらしょっといった感じで、おばあさんがお風呂から上がってきた。
 時計を見れば、入浴の長さはいつもと変わらない。話し込んでいる3人に気を使って、ひと段落するまで待っていたわけではなかった。

 おばあさんの登場を待ちかねたように、「と、いうわけで」と、真理子が言った。
「祥子さんに、ちょっと前に同じことを言ったんです。そしたら、『じゃあ、バイトでもしてみる』って、薦められました。『自分でお仕事をちゃんとして、で、お給料をもらったら、自分で自分の存在感っていうのを少しはわかるようになるわよ』って」

 ああ、そうか、と真也は思った。自分の存在感を自分で確認できないでいた。それが真理子の心の澱になっていたのだ。
 だったら自分はどうなんだと真也は思う。何度も何度も就職活動にしくじって、俺ってなんなんだと感じることが多々あった。それはまさしく自分の中の存在感の欠如だったのではないのか?
 祥子の方がよほどわかっているじゃないか。
 真也はショックを受けた。自分こそが何もわかっていなかったんだ。

「でね、言われてたんです。仕事を始めてから、少し慣れた頃……、ううん、あんまり慣れて無くても、一週間以内には、ちゃんと小野さんに伝えておきなさいねって。で、いま、ちゃんと、伝えました」
「俺に?」
「はい」
 祥子よりもはるかに物事がわかっていない俺に、こんなことを言って何になるんだろう?
 僕には彼女に何かを与えることなんて、できやしないのに。
 真理子はチラとおばあさんの方を向き、すぐに視線を真也に戻しながら、「さすがに、……には、言いにくいでしょ、って」
 ……のところには、おばあさんという単語が入るということは、さすがに真也もすぐに察することが出来た。

「ああ、誰かに言葉にして伝えておきなさいってことね」と、ミコが言った。
「ええ。人に聞いてもらうために言葉にするってことは、自分をちゃんと見つめないと出来ないことだから、って。祥子さんって、なんだか、すごいですよね」
 なるほど、そういうことか。その通りだと真也は思った。
 たっぷりセックスして、快楽にどっぷり身を沈めているその姿だけが、祥子じゃなかったんだ。そう思うと、真也は自分がなんて薄い人間なんだろうと、改めて思い知らされた。

「あン、はあ〜……!」
 官能の声をあげかけて、ミコは慌てて口を閉じた。
「……、隣、あの子がいるんだったっけ……」

 真理子と交代で、真也とミコは一緒に入浴した。風呂を上がると、そのまま2人は真也の部屋に行く。
 2階には物置となっている大きな板敷きの間の他には、部屋はふたつある。ひとつを真也が、もうひとつを真理子が使っていた。
 真理子もミコも、真也と祥子がさんざんセックスした仲だとは知らないし、真理子は真也の恋人がやって来たとわかっている。だから、真也とミコが一緒に眠るのは誰にとっても違和感のあることではない。
 けれども、ミコはさすがに気を使っていた。

「大丈夫だよ。きっと、もう寝てるよ」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないわ」
「どっちにしても、多少の声なら……」
 潔さのかけらもない真也に業を煮やしたミコは、「しょうがないわねえ」とばかりに、真也の口を自分の唇で塞いだ。
 ん、ぐ……、んん〜。
 ねっとりと舌を絡ませて、ミコは真也の性欲をほんの少しだけ発散させてあげた。

「あんまり刺激したくないの。あの子、処女だし、だから、本当の悦びを知らないわけだけど、なんだかすごくエッチに憧れてるみたいな感じもするし」
「なんだよ、それ」
「だから、あたしが帰った後、たとえば、手っ取り早く男を捜そうとしたら、身近にいるのは真也じゃないの。真也、お願いされたら、しちゃうでしょ」
「え? あ? まさか」とは言ったものの、真也は見透かされてるな、と思った。

「今日はあたしがしてあげるから、我慢して。あたしも我慢するから。明日、仕事が終わったら、ラブホ、行こ。車で来てるからさ」
 ミコは床に膝を付いた。真也は立ったままなので、ちょうどミコの顔の正面に真也のものくる。ミコは真也のものにしゃぶりついた。

 真也の先端から溢れ出したジュースは、太く張り出したカリを完全に覆いっていて、さらに滴り落ちようとしている。
 しかもそれは、これまでのミコが知っている真也のものとは違っていた。ただでさえ大きくて太いのに、また成長している。苦労して一番張り出した部分を口の中に入れた。カリの部分を口に含んでしまえば少しは楽になるかと思ったがそんなことはない。そのすぐ下の、一番細い部分でさえ、口を最大限に開けた状態になった。
 これじゃ、出したり入れたりして唇で最も感じる部分を刺激するのは無理なだなあとミコは思った。これまでだって相当無理をしていたが、かろうじてなんとかなった。でも、ここまで成長してしまっては、もうどうしようもない。

 せめて舌でと、愛撫を始めたとたん、何の予告も無く、真也は喉まで押し込んできた。彼にとっては、すっと腰を突き出したに過ぎないのだが、あっというまに真也のペニスはミコの喉に打ち込まれ、食道を押し広げてしまった。
「うぐうげえ……」
 何度やっても、苦しい。けれど、真也はとても気持ちいいといってくれる。ぴっちりと隙間無くはりついて、しかもどんどん熱を帯びてくるのだそうだ。

 ミコにもそれはわかる。喉の奥がカーっと熱くなり、鉄棒が激しく律動し始めるのを、耳の下で感じた。
 ヴァギナがひくひくと波打ち、ラブジュースが溢れ、どんどん開いていくのがわかる。
 ああ、ちょうだい。ここに、ちょうだい……。
 ミコにとっては久しぶりの交わり。身体の芯から悦びがわきあがってきた。
 すぐ隣の部屋にバージンの女の子がいる。よがり狂う声をきかせるなんて、酷だ。そんな思いは頭の隅に押しやられ、やがて、消えていった。

 

続きを読む

目次へ戻る