あれから3年。 真由と朝霧の間には、何度か手紙のやりとりがあった。けれど、逢うことはついになかった。 手紙のやりとりだって、文通というほどのものじゃない。 それぞれが勝手に思い立ったときに一方的に書きしたためただけだ。 しかも真由は、朝霧から受け取った手紙を保存していない。読んだらすぐに処分した。 大切なことは忘れない。 大切なこととは、こころを揺さぶった言葉達のこと。 でも、たった一通だけ、大切に保管してある手紙がある。一番最初に受け取った「もう一度逢いたい」とだけ記された手紙だ。 そう、いつだって朝霧が真由に伝えたいフレーズは「もう一度逢いたい」なのだ。 結局、あれこれ自分の中で理屈を付けながらも、一番大切な手紙だけは真由は処分することが出来ないでいるのだ。 別荘で二人でゲームをしながら、真由は、朝霧から受け取った手紙を、ポケットに入れたままにしていることに気が付いた。 どうしようか少し迷った末、神父にもらった聖書に挟み、旅行鞄の一番下にそっとしまい込んだ。 そして、別荘から戻った日、聖書を机の奥にしまい込んだ。 雅之との付き合いは続いている。 一時期、雅之の優しさや暖かさが、薄っぺらなものに感じたこともあったけれど、今はそれも乗り越えた。 時が二人を成長させたからだ。 あの夏の日、真由が初めて男の人を受け入れたことも、それと同時に、タイプの異なる人と短く熱く触れあったことも、真由の精神と身体が 成熟していくための階段を一歩昇るプロセスにすぎなかった。 朝霧からの「逢いたい」コールに、結局応じなかったのは、あの夏の日の出来事にこそ意味があったからだ。朝霧のことを真由は、あの瞬間確かに熱く激しく愛したけれど、それはゆっくりと育てていくものではない。もはや終わったことなのだ。 それ以外に何か意味があったろうか。 もしあるとしても、それは真由にしかわからない。 |
机の奥に真由は聖書をしまった。やはり手紙は挟んだままだ。 いつかこの手紙すら、真由は処分する日が来ることを知っている。 それがいつになるのか、確かなことはわからないが、やがてそんな日が訪れることだけを感じている。 いまはまだ、気が向いたら手にしてみたい。だから、このまま置いておく。 引き出しを閉じると、タイミングを合わせたかのように電話のベルが鳴った。 ナンバーディスプレイで「雅之から」だとわかる。 出ようか、無視しようか迷ったけれども、受話器を取った。 回線はつながったのに、しばしの沈黙。 やがて、「ごめんね」と、雅之が言った。 「しょうがないわね。許してあげる。でも、私が傷ついたんだってこと、忘れちゃダメよ」 「わかってるよ。それに、俺だって多少は傷ついてるんだぜ」 「多少でしょ」 「いや、多少っていうのは言葉のアヤで、実は、結構、傷ついてる」 「自業自得でしょ」 「そうポンポン言うなよ。また喧嘩になるだろ。反省してるんだから」 「うん」 「じゃ、これから、逢おうよ」 「うん。いいよ」 |