Rさんとは、ナンパされて知り合った。 声をかけられることはこれまでにもよくあったけれど、ノーブラですごすようになってから、確かに増えた。遊びなれているとか、簡単におちそうとか、そんな印象を与えるのかしら。 ナンパは嫌いじゃない。嬉しいもの。あたしに魅力があるってことだからね。 もちろん、ついていくかどうかは、別の問題。 ノーブラにしてからは不思議なことに、断ると相手があっさり諦めることが多くなった。以前はしつこく言い寄られたのに。 あるとき、やっぱりイイオンナは簡単にはいかないよな、という囁きが聞こえた。そのときあたしは友達と2人で、相手の男の子も2人だった。 男の子の声は友達にも聞こえたらしく、「やっぱりこつぶ狙いだったんだ」と彼女は言った。 男の子の言う「イイオンナ」は、友達のことではなくてあたしのことなんだろうなって思っていたけれど、友達もそれを認めたのが嬉しかった。 Rさんは文句無くついていきたくなる男性だった。 ヤニ臭いし、やたらとボディータッチもするし、決して女の子に好まれるような男じゃないんだけれど、見た目が抜群にいい。 適度にワイルドで、適度に優しく、そして適度に妖しげ。 年齢はあたしより10歳くらい上だろうか。 肩に手を回されたまま一緒にお酒を飲む。 それほど酔っていないのに、気分は凄く良かった。 やたらと胸にも触ってくる。 これまでのあたしなら、きっとそれだけで相手を嫌悪した。でも、Rさんにはそんな感情はわかなかった。 Rさんがイイオトコだったせいもあるけれど、ノーブラがあたしを開放してくれたんだと思った。 処女でもないのに、胸を触られたくらいで騒ぐのはみっともない。ノーブラで男を挑発しておいて、触られたって文句は言えない。むしろ喜ばなくちゃ。 慣れた自分を装いながらグラスを口に運ぶ。 どんな会話をしたかはほとんど覚えていなかった。 Rさんからパーティーに誘われた。 「おクスリあるから、きっとステキなパーティーになるよ」って。 だけど、断った。 興味はあったけれど、怖い。 きっとヤバ系のクスリだと思ったから。 「無茶な使い方しなければ大丈夫だよ。夜のんで、楽しんで、朝には覚めるから」 「中毒とか、ならない? 身体、壊さない?」 「中毒するから気持ちいいんだよ。身体にも悪いし、精神も少しづつ崩壊すると思うよ」 ああ、Rさんて、なんて魅惑的な誘い方をするんだろうと思った。よく言われる「やせ薬」だの「やる気が出る」だの「疲れがとれる」だの、いわゆる売人がクスリを売るための決まり文句だったら、あたしはきっぱりと断っただろう。 「でも……」 あたしは躊躇した。 「そんなんで捕まったりしたくない」 「大丈夫。合法だから」 あたしは、なあんだ、つまらない、と言った。 合法ドラッグなんて、たいしたことないもの。 “一生を台無しにしてしまうほどのクスリをキメて、天に昇ってみたい” 「つまらなくないよ。薬剤師の友人がこっそり創ったクスリだから。誰も知らないから禁止されていないだけ。世間に出回ったら半年で禁止されるようなシロモノだよ。だから、仲間内だけの秘密にして、楽しんでいる」 夜のんで、朝には覚めるクスリ。 そして、クスリを飲んで楽しむパーティー。 そこで何が行われるのか、簡単に想像できた。 あたしには、複数の人と同時にとか、相手を次々にチェンジしてとかという経験が無い。 期待で鼓動が早くなる。だけど同時に気分が悪くなった。 愛する人と肌を重ねる以外の目的で、男の人と交わったことはなかった。 どうしてもためらわれた。 あたしはまたつまらない常識に捕らわれている。 処女でもないくせに、処女でもないくせに。 手渡されたピンク色のカプセル。アルコールで流し込む。 お店を出るときには、もう意識が朦朧としかけていた。 頭の芯だけが冴えていた。 ふわふわして、気持ちよかった。 自分の身体の中の得体の知れない場所に、ポッ、ポッと火がついては消える。 Rさんに肩を支えられ、車に乗せられて、どこかへ連れて行かれた。 目が覚めたら朝だった。といっても、眠っていたわけじゃない。夢のような世界を漂っていたのが、ふと現実に戻った感じだ。 裸の男女が何人かうごめいている。ショッキングなシーンが目の前に広がっていた。 覚めるまで、わたしもその中の一人だった。 シャワーを浴びて、服を着る。会社に向かう時間には少しだけ余裕がある。あたしは玄関に置かれた2人掛けのソファーに腰を下ろした。 隣にRさんが座る。どう? とタバコを差し出した。 高校生の時に何度か吸っただけ。何年ぶりだろう。 咥えると、Rさんが火をつけてくれた。 唇はタバコの吸い方を覚えていたけれど、むせたりしたらカッコ悪い。ふかすだけにしておく。 「良かった、ちゃんと覚めたんだね。時々、なかなか元に戻らない人もいるんだよ。記憶が亡くなっちゃう人もね。キミにはこのクスリは合うみたいだね」 どうだったって訊かれたけれど、うまく答えられなかった。 「まるで天国にいるような感じ。夢心地。気分よかった。でも、全部は覚えてない」 時々記憶が抜け落ちている。というか、自分の身に何が起こっているのかの感覚が欠落する瞬間があった。けれど、それは寝たり失神したりしていたのではなさそう。なぜなら、気がついた瞬間、あたしは濃密な交わりの中に放り出されているから。その時のあたしは、その直前のあたしから続いている。 「それは、逝きかけているんだよ」 「いきかけてる?」 一瞬あたしは勘違いして、数え切れないほどイッたわよ、と言いそうになった。でも、Rさんのイクが「逝く」なのだとすぐにわかった。彼の表情があの世に旅立ちかけていたからだ。 「まるで天国だったんでしょ? まるで、じゃなくて、半分足を突っ込んでるんだよ。これは、そういうおクスリ」 「すごくやばそうだけど」 「やばいからいいんだよ」 「そうね」 少しだけタバコの煙を肺に吸い込む。くっとなったけれど、我慢して、溜めて、そして、吐く。 「慣れたら、3つか4つ、いっぺんに飲むんだ。そしたら、あの連中みたいに、いつまでもやっていられるよ」 昨夜から今朝にかけて、一緒に楽しんだあの人たちは、まだ戯れの最中だ。会社や学校はないのだろうか? 「いきなりはダメ。死にたくないでしょ? でも、そのすぐ傍まで行けるよ」 早くクスリに慣れたいな。 |
もどろっか