余韻    2

 

◆掻く(か・く)

 よろよろと……駅についたワタシはトイレに駆け込んだ。
 個室を肩で押し入って勢いよく水を流す。
 荒い息を少しでもごまかしたかったから。
 これがワタシだなんて、まだ認めるわけには……
 洋式トイレの蓋の上に右足をのせて、
 側にあったティッシュをガラガラと巻き取った。
 そして溢れだした洪水の後を丁寧にぬぐう。指先に熱い名残がまとわりつく。
 立ってるだけで精一杯だった。いつになく欲しがってるワタシのカラダ……
 熟れた果実は早すぎる夏を求めて焦がれている。
 祐一のモノを銜え込んだあの夜を思い出すだけでまた花弁が滲みだし、ワタシはたまらず、ぬらぬらと指を這わせた。
 んぁっ……ぁっ……湿った音と漏れる鼻息。
 声を立てないようにハンカチをぐっと噛み……
 ワタシはワタシの中をき毟る。
 ねぇ……今度ワタシを抱いてくれるのはいつ?
 あの強張った尖塔でワタシを貫くのはいつ?

 

◆軋る(きし・る)

 サイドテーブルの仄かな明かりは羞恥を適度に刺激する。
 闇夜と違い、うっすらと見える肌や顔に昂ぶるばかり。
 鮮やかに……音のない花火が瞼に弾けるように……
 いつもの大きな波に飲み込まれ、ワタシは祐一の胸に倒れこむ。
「この前の……すごかった……」
「この前……って?」
「ほら……出社前の……朝の快速電車……」
 自分からねだるような台詞。口にした恥ずかしさでまた熱くなる。
「ふふ……あの時の菫子の顔ったら……」
 祐一の手がワタシのお尻をつかんで押さえ込む。
 そして話す代わりに下から激しく突き上げる。
 ギシギシとベッドがる。
 ギチギチとワタシがる。
「んっ……んぁっ……」
 奥へと当たるたび、喉から漏れる歓喜の声音。
 何度突き上げられてもワタシはきっと壊れない……

 

◆轡(くつわ)

 嵐が去ったワタシの体を祐一が起こした。
 十分すぎるほどイったから、このまま眠らせてと頭をふった。
「いや……菫子にはお仕置きをしなくちゃ……」
「え?お仕置き……って?」
「この前、会社に遅刻してきたお仕置きだ」
「だ……だって……あんなコトされたらまっすぐ会社に行けない……」
 そう、祐一とワタシは同じチームで仕事をしている上司と部下。
 彼が、年より若く見える四十を過ぎた男だと、知るまで相当かかった……とか。

「言い訳は良くないな……」
 祐一はベッドから降りてワタシを見下ろす。
 そして、床からスカーフを拾い、捻りながらワタシの唇にかけた。
 出会ったばかりの頃、彼がワタシにくれたエンジのペイズリー。
 頭の後ろで手早くスカーフが結わえ付けられる。
「んぐっ……んんぅ……」
 あっという間にワタシの口には競走馬のようながかけられる。

 

◆嗾ける(けしか・ける)

 ワタシがイヤイヤと手足をバタつかせたので、祐一は自分のネクタイでワタシの二の腕を後ろ手にきつく縛った。
「菫子がこんなに悪い子だったなんて……知らなかったな……」
 祐一はスラックスから黒皮のベルトをシュっと引き抜く。
 二つに折り両手を左右に引くとベルトがパンパンと乾いた音を立てた。
 ベッドの縁に腰掛けた全裸のワタシに彼がベルトを振り下ろす。
 バチッ……
「ふぐぅっ……」
 さっきまでの恍惚から引きずりおろされ、見開いた私の目から涙が滲み始める。
「遅刻なんて社会人としてしちゃイケナイヨネ? 菫子?」
 バチンッ……バチンッ……二度、三度と破裂音がワタシの体を痛めつける。
「んぅ……んぐぅ……」
 ワタシは痛みに耐えかねて仰向けに倒れた。
 ひっくり返った反動で大股を祐一の目の前に曝け出す。
「おやおや、けるようなマネなんて……丸見えだよ、ほら……」
 笑いながら祐一が閉じようとする太股を左右に押さえつけた。

 

◆恋(こい)

 明ける夜にすら気がつかなかったアナタ。
 轡を解き、ネクタイを解いた後、額に唇を押し付け慌しく部屋を出ていく。
 ワタシはベッドにぐったりと横たわり、まだ爛れるような熱に覆われていた。
 ふと、初めての夜が頭をかすめた。
 壊れもののように、ふんわりと触れたあの口付け。
 まだワタシたちが倫を外れることを恐れていた頃。
 昼間一緒に出歩けなくても、週末に会えなくても、こうして一人残されたとしても、ワタシは夜に咲き続けよう。

 自由を奪い、意思を奪い、猛るまま責め立てられたセックス。
 そこには苦痛しかなかったはず……
 なのに、充血した肉芽の捲れあがったさまを祐一が克明に口にする度、ワタシの裂け目はとろりとした汁を溢れさせた。
 これから墮ちる淵の深さに気づけども、たった一つの真実。
 嗚呼……祐一……アナタが……アナタがしい……
 何気なく胸にあてた手の平を、ピンと乳首が押し上げた。

 

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