中学3年になったわたしは、平凡な女の子に戻っていた。 あの処女喪失のあと、わたしはしばらく増田となんとなく付き合っているような形になっていたけれど、少しずつ距離が出来ていた。もともとお互い恋愛感情を持っていたわけではない。気楽に身体を交わらせるのに便利なだけだった。 だから、3年進級のクラス替えで別々になってからは、すっかり疎遠になっていた。 わたしは誰に宣言したわけでもなかったけれど、「増田と由美は付き合っている」と皆が思いこんでいたのが、「どうやら別れたらしい」に変わった。 制服を新調した。本当に小さくなったからだ。今度は改造をしなかった。そういうことに気を回すのが面倒くさかった。 同時に、「外見じゃないよ、中身だよ」とわたしは思うようになっていた。心境の変化のきっかけになるような何かがあったわけじゃない。制服を新しくしたときに、「改造したい」という欲求はなかった。そのことについて自分で考えた結論が、「外見じゃない、中身だよ」だった。 我ながら成長したなあ。 |
ボーイフレンドは進級してすぐに出来た。 3人の男の子と付き合った。不思議なことに、一学期にひとりづつ。それぞれの長期休みの前には別れていた。 3年生のわたしはもてた。制服が普通になったこと、勉強も運動もそれなりに出来たこと、他の女の子達にくらべてちょっと色っぽかったこと、そして去年まではどうも派手に遊んでいたらしいよなんて噂がミステリアスな魅力に変化してしまったことなど、色々と理由はあったけれど、一番の理由は「告白されて断らなかった」からだと思う。 どんなに拝み倒されたってアンタなんか嫌、っていう男の子はいる。人間的にはいいかもしれないけどキミとは絶対に感性があわないよ、ってクラスメイトもいる。けれど、たまたまわたしに告白してくれた男の子はそのどちらでもなかった。だから付き合った。だから、簡単に別れがやって来た。 誰かと付き合い始めると、「○○クンも由美のこと気に入ってるみたいよ」なんて声が耳に届くようになる。だからわたしがそこそこもてているんだということがわかった。たとえわたしがフリーだったとしても、その思いを寄せている男の子はわたしに告白したかどうかはわからない。そのままわたしはフリーだったかもしれない。そしてわたしは「モテない女の子なんだ」と思い込んでしまっていたかもしれない。 そうしたあ、わたしはきっと変わっていただろう。別れても新学期には新しいボーイフレンドが出来た。その現実が、わたしの心に大きな余裕をもたせてくれた。男の子達の気持ちをひこうと必死になっているクラスメイトをよそに、わたしは自然体でいることが出来たのだ。そして、その自然体がまた受けた。 こうして中学3年生のわたしは、3人の男の子と付き合い、セックスをした。それなりに感じたけれど、処女喪失の前後のような急激な快感の上昇はなかった。彼ら3人ともが童貞だったせいもあるだろう。けれど、セックスとはこんなものなのね、とわたしが決め付けてしまったせいもあっただろう。 |
父親の転勤が決まっていた。中学校を卒業したら、すぐに。松山から大阪へ。だからわたしは大阪の高校を受験していた。私立の女子高。 友達とは、離ればなれになる。そんな遠い高校に行く友達なんて、わたしの同級生にはいなかった。 そのおかげなのだけど、わたしはわたしの中学時代を知る人が全くいない高校に進学することになったのだ。 私の中学時代。 「由美は男付き合いがハデだものね」 そんな風に言われていた。 わたしもちょっといい気になっていたかも知れない。 なにしろそういう話題になると、わたしが話の中心になれるのだから。 わたしのまわりでは、せいぜいキスの経験があるかないか、エッチの経験のあるのはわたしだけだったからそういう状況になったわけで、わたしのまわりという狭い世界で「わたしはハデ」というのに過ぎなかったのだ。 新しい土地で、わたしは別に猫をかぶっていたわけじゃない。隠すつもりもなかった。たまたまわたしがそう言うことを喋る機会がなかっただけ。 4月から6月の三ヶ月間で、それほど馴染めなかったせいもあるかもしれない。 女子高のせいもあって、ボーイフレンドは出来なかった。 機会が全くなかったわけじゃないけれど、気が進まなかった。夏休みという恋人達には大きなイベントを前にして、またお別れしてしまうのが怖かったせいもある。学校も休み、恋人もいないでは、結構ポッカリ心に穴が開いてしまうのだ。 それくらいならオナニーしている方がまだましだとも思った。彼が出来ない負け惜しみかもしれないけれど。 |
そんなわたしに、美由紀と梓が声をかけてきた。梅雨のまっただ中で、ぐんにゃりした空は全く夏らしくなかったけれど、気温だけは充分夏だった。 放課後の教室は太陽が照らないせいでどんよりと暗く、制服のシャツと素肌の間に汗がねっとりと貼りついていた。シャツの裾をスカートから引っ張り出してパタパタと上下させ、空気を送り込む。制服の改造をしていないのはわたしを含めて数人だけだった。でも、この暑さ。現実問題としてスカートを短くしないと快適に過ごせないな、などと真剣に考え始めていた。 「夏休みさあ、私達と、ナンパ合宿に行かない?」 はっきりと用件を言ってきたのは、美由紀の方だった。 美由紀は女の子としては背が高く、それでいて華奢。残念ながら胸とお尻にもう少し膨らみが欲しい。顔は小さくて、くっきりした二重瞼が特徴だけれど、あとは普通といった感じ。でも、二重の小顔というだけで、男の子にとって充分魅力的だろうなと思う。艶っぽい唇。茶色く染めたソバージュヘアが肩に軽く掛かる。ピアス穴が左右にひとつずつ。でも、実際にピアスをしているところは見たことがない。多分校則で禁止されているからだろう。 「ちょ、ちょっと、そんなはっきり言わなくても」と、梓が言った。 梓は前髪をきちんと切りそろえたサラサラのストレートロング。面長で、整いすぎるほど整った顔立ち。彼女が表情を消したとき、影が薄いという人もいるし、美人過ぎるという人もいる。いつもは後ろで髪をひとつに束ね、無邪気に笑い声を立てているから、そんな印象はあんまり受けないけれど。 「由美には刺激が強すぎた? でも、どんな風に言っても、結果は同じだから」 「そうかもしれないけど」 美由紀と梓の問答が続く。 要するに、こういうことだった。 美由紀と梓はもう1人のクラスメイトと3人で夏休みにナンパ旅行を計画していたのだが、1人行けなくなった。宿も予約してあるし誰か誘おうと言うことになり、それならいわゆる仲良しグループのどれにも属してなさそうなわたしが良いだろうということで、声をかけてくれたのだった。 それも声をかける以前に、美由紀と梓でちょっとやりとりがあったらしい。 目的が夏の海でのナンパ、それも毎日相手を替えてセックスライフを謳歌するんだ、とかなので、梓は少し躊躇したらしい。 どう見てもバージンのわたしをそんな遊びに引っ張り込むのは良くない、というのが梓の主張。 そんなのどうせいつかは体験するんだし、人数が多い方が楽しいし、中学校から一緒に来た友達がいないせいかあまりにクラスに馴染んでなさそうだから仲間に入れてあげたいし、というのが美由紀の考え方。 いずれにしても、わたしがバージンであるという見解は共通していたらしい。 そうかもしれない。 わたしは小柄で童顔だし、髪型のせいもあると思う。 それまでわたしは髪を伸ばしていた。彼の指で、すくようにして髪をなでられるのが好きだった。 こちらへ来る前に、わたしは髪を切った。ショートボブ。彼がいないんだもの、髪をなでられることもない。 |
「わたし、行きたいなあ」と、わたしは言った。 わたしは新しいクラスメイトに馴染めずにいた。外の天気のこともあったけれど、心のそこから笑いあえるような仲間がいないせいもあって、どんよりした心持で毎日を過ごしていた。男の子達にちやほやされ、女の子達とはしゃぎながら明るくエッチな話をしていたわたしは、過去のものになっていた。 こんなわたしに、ナンパ仲間へのお誘いではあったけれど、予定していた友達の欠員補充ではあったけれど、「どのグループにも属していないから誘った」という美由紀と梓の優しさに触れたような気がした。 教室の窓は閉めきってあったけれど、外から無気味な音が響いて来た。窓の外を見る。風が急に強くなったらしく、ゴワゴワと校庭の片隅の木が枝葉を激しく揺らしていた。わたしの心も大きく揺れた。ただし、風景のような不気味さはない。彼女たちの誘いに乗ればきっと「新しい風が吹く」という明るい揺らぎだ。そして、もちろん激しく。 処女を無くしたあの日のように、なんだか無茶苦茶だな、っていう刺激を求めていることに気がついた。 「行きたい」といったわたしに、「うんうん」と美由紀は満足げな表情になり、逆に梓は「だけど、その場限りのセックスをしにいくのよ・・・」と心配そうになった。 「わたし、処女じゃないから・・・、それに、その場限りの遊びで寝ても、傷つかない程度には経験してるし・・・」 「うそ」と、叫んだのは、梓。 「とてもそんな風には見えないよ。好奇心と度胸だけで『行きたい』って言ったのかと思った」と、美由紀も驚いた様子だった。 「初体験はいつ? 男性経験は何人?」 声を張り上げる梓の口を美由紀が手でふさいだ。 教室の扉が開いたからだ。 入ってきたのは、同じクラスの涼子だった。運動部は雨のために体育館を使えないクラブは活動中止になっていたが、彼女が所属する「令嬢クラブ」は文化部なので予定通り行われていた。「令嬢クラブ」とはもちろん通称であって、正式名称は「総合文化部」である。華道、茶道、書道、香道をはじめとして、秘書検定合格のための講習、着付け、テーブルマナー、英文タイプライター、フランス語、社交ダンス、立ち居振舞いや言葉遣いにいたるまで、「上流階級」や「花嫁修行」や「総合職OL」などに関係しそうなことは、なんでもかんでもマスターしてしまおうというクラブである。クラブの予算は学校から出るけれども、「総合文化部」に関しては完全な予算オーバーで、膨大な経費が本人負担になる。つまり、いいとこのお嬢さんしか入部できないのである。 そんな上流階級の娘さんなので、「ナンパ」だの「男性経験」だの「オナニー」だのという会話とは無縁である。(現実に無縁かどうかは別として) それどころか、「校風にふさわしくない」「淑女のたしなみがなっていない」「素行が不良である」などなど、どんな理由をつけてチクられるかわかったものじゃない。 彼女たちの前では、セックスに関する話題はタブーなのだ。 「行こ、行こ」と、美由紀に背中を押されるようにして梓は教室を出、わたしもそれに従った。 涼子はわたしたちをギロリと睨んでいるから、少しばかり聴かれたのだろう。 擦れ違いざま、わたしにだけ聞こえるように「たいしたことやってないのね」と、涼子はつぶやいた。 |
喫茶店にわたしたちは場所を移した。 学校からその店に移動する途中、雨脚が強くなった。バタバタと傘を叩く音におびえながら、小走りで「あそこよ」と美由紀に指さされた店に向かう。ただでさえ激しい雨なのに、走ってからだが揺れるから傘もあまり役に立たず、おまけに跳ね上げた雨水で足元もびしょぬれになった。 店先のひさしの下で傘をすぼめると、先端からダラダラと水が大量に流れた。 傘立てに傘を突っ込んでつんのめるようにして喫茶店に入る。 「やあ!」 カウンターの中から愛想のいい声が聞こえた。わたしははじめての店だけれど、美由紀と梓はお馴染みのようだった。 「やあ」と言った男はスキンヘッドのため一瞬年齢がわからなかったが、「おじさん」と呼ぶにはまだ少し気の毒だなと思える年齢だった。 細面でいわゆる2枚目だが、剃り上げた頭と鋭い目つきのため、ニコニコと愛想を振りまいていてもどこか油断ならぬ気配を感じる。おまけに首から下は無骨と言えるほどの筋肉質で、ちょっと怖かった。 カウンターに載せたトレイの上にグラスをみっつ置き、そこに水を注ぎ入れながら、「今日は?」と訊いてくる。 「おしゃべりに来ただけ」と、美由紀。 「そっか。残念。ミユちゃんもアズちゃんも、よくご指名がかかるんだけどね」 「ちょっと、そういう話題、今日は・・・」と、梓が遮った。 「あ、ごめんごめん。そっちの彼女ははじめてだね」 美由紀がわたしの耳に唇を寄せ、「お小遣い、たりなくなったら、コーサンに頼めば言いから」と、小声を吹きこんできた。 スキンヘッドのお兄さんが、コーサンか。 「ちょっと、どういうことよ。まさか、ウリしてんの?」 「そういうこと・・・・」 コーサンはわたしたちのテーブルに水を運んできた。それぞれの目の前にグラスを丁寧に置きながら、視線はわたしから離れない。それでいてグラスの水面が揺れないままにベストの位置に置くのだから、さすがにプロだなと、わたしはつまらないことに感心していた。 「不安だったら、基本的なことは僕が教えてあげるよ」と、コーサンはわたしを見つめながら言った。瞳の奥に刺さるようなその視線にわたしはゾクリとした。なのに同時に、もう身体が熱くなっている。しばらくセックスをしていないせいだろうか。 「残念でした。この子はこう見えても、基本はマスターしてるのよ」と、美由紀が言った。 「じゃあ、応用編!」 「もう、あっち行っててよ。今日は合宿の打ち合わせなんだから、また逃げられたら困るでしょ!」 「はいはい。で、注文は? 注文してくれないと、あっち行けないんだけど」 |
わたしたちは3人ともアイスコーヒーを注文し、そしてわたしは、合宿の真相を教えてもらった。 宿泊先の民宿には、美由紀の中学時代の先輩がいる。2年年上の高校3年生。高校に上がった頃から彼は夏になると母方の実家である民宿に行き、手伝いをしていた。 コーサンは彼のさらに3年先輩である。 「大学に行く気がないのなら、夏休みは仕事しな」 とかなんとか言われて、無理やり手伝わされていたらしいが、最近では立派な戦力であるという。 その彼が先輩であるコーサンに「夏の海だというのに女ッ気なしで働いてるんですよ。かわいい女の子が泊まりに来てやらせてくれるとか、そういう役得でもあればなあ」と冗談交じりにぼやいたのがもともとの始まりだった。 「やれるかどうかはわからないけど、かわいい女の子、紹介しようか?」 「え? ホントですか? でも、先輩の紹介じゃ、お金とるんでしょ?」 「ウチでウリやってる中3の子だけど、海へ行きたいな、って言ってたから、お前のところ紹介してやるよ。値切れ、って伝えておくから、お前は『そのかわりにやらせろ』って言ってみたらどう?」 「そんなに簡単にいくわけないですよ」 去年の夏、この罠にまんまと美由紀達がかかってしまったのである。 「で、今年も行くことになったんだけど」 女の子3人で行くから、3泊させてね。毎日、違う子を抱かせてあげるから。 と、こういう約束が出来ていた。そして、そのうちの一人が、「やっぱりいや」と抜けてしまったのだ。 「わたしと美由紀はわかってたんだけど、その子、はじめてだったし、半ば無理やりやらせちゃったのよ。お酒のませて、『わたしも美由紀もやったんだし、そのおかげでタダなんだから』とかって言ってね。おまけに私達がウリやってるのも知られちゃうし、表沙汰になるかと思ってヒヤヒヤした」 「まあ、その子もしちゃったわけだから、誰にも言えなかったんだけど」 「そんな子をどうして今年も誘ったのよ」と、わたしは非難がましく言った。 「1年たてば、もう割りきれるかなって思ったのよ」と、美由紀は言った。「それに、仲間に引き込んどけば、その子がバラすことはないでしょ?」 「だけどさ。『お願い、誰にも言わないから許して』って、泣きつかれちゃって」 「はあ・・・・」 わたしはちょっと呆れてしまった。そこまでして身体を武器にしていい思いしたい? でも、ま、いいけどね。 「由美はいまさら嫌だとは言わないでしょ?」と、美由紀が言った。 「そりゃそうよ。ナンパのために海に行くんだもの、相手が誰だろうと関係ないはずよ」と、わたしを誘うのにどちらかといえば躊躇していた梓が、今は強引だ。 そこへ、コーサンが割り込んで来た。 「どうかなあ。この子はまだ仲間じゃないぜ。今なら逃げられるし、誰にチクっても自分は当事者じゃない。危ないなあ。ウリのひとつでもさせておいた方がいいんじゃないのオ?」 冗談じゃない。 セックスは好きだけど、どこの誰ともわからない相手となんて、お金をもらったっていや。 自分がやりたいと思った相手でないと・・・ 「お、ふるえちゃって、大丈夫?」 からかい気味にコーサンはわたしの肩に手を触れた。触れられてはじめて自分が小刻みに震えているのがわかった。 「ウリがいやなら、俺と寝る? それでもいいよ」 わたしは頷いた。 もう濡れていた。 |