アスワンの王子
迷宮の3 洞窟の中の意志ある植物







 ヨウシャと月光は、水分をたっぷり含んでじくじくした草地の上を、慎重にゆっくりと、光の中心へ向かって歩いていた。
 湿原のウオーキングは怖い。深い水たまりの上に草が覆い被さって、地面との区別をつかなくさせる場所がある。天然の落とし穴。しかも、穴の中は底なしの池。これを「やちまなこ」という。だがふたりの歩みは、スピードこそゆっくりだったが、全く危なげのないものだった。
 二人が向かおうとする輝きの中心、そこから放たれた光にまるで誘導されているようですらあった。
 やがて二人は光源に達した。
 眩しくて目も開けていられないのではないかとヨウシャは思っていた。が、実際にその場に立つと、決してそんなことはなかった。明るいことは明るいけれど、眩しくて目が開けられないなんて事はない。
 遠くから見たときは「光」だったかもしれない。だが、その中にたたずむと、それは「暖かい優しさ」に包まれているかのようだった。それが人間の目には「輝き」として映っていたのかも知れない。
 地面には穴が穿たれていた。周囲の湿地帯とは異なり、地面にしっかりと、はっきりと、穴は開いていた。そして、下へと通じる道がある。洞窟だ。
「これが、迷宮の入り口なのね」と、ヨウシャ。
 それにしても、と、ヨウシャは思う。
 昨日の夜は確かに砂漠の中の小屋に眠った。なのに、今朝、起きてみると、その小屋の周りは湿原だった。そして、湿原のある地点からまばゆい光が放たれ、そこには地下迷宮への入り口があった。
 これは、どういうことだろう?
 ふたりの精神状態に合わせて風景が違ってくるのだろうか?
 不思議なことではあるけれど、そんなことがあってもいいんだろうな、とヨウシャは思った。
 例えば、道端にある石は、本当に石なのだろうか? 食卓にある果物は、本当に果物なのだろうか?
 見えるがままに理解することが、確かに真実なのだろうか?
 ヨウシャは「違う」という思いを抱きはじめていた。人がそれを「石」だと思うから、それは「石」なのであり、「果物」だと思うから「果物」なのだ。
 実は、もう少しヨウシャに経験と知識があれば、この場で呪いから解き放たれていた。なぜなら「呪い」だと思うからそれは「呪い」なのだ。
 「呪い」とは、神や人や妖怪など、意識を持ったものによってかけられるものだ。だから、意識を持ったものが「呪いは解かれた」と強く思えば、その呪いは解ける。
 ヨウシャの母が課したアスワンへのこの旅は、そのことにヨウシャが気付くための試練だった。
 そう、試練無くして、強い意志は生まれない。だから、神仏に仕える者は若い頃から修行に励むのだ。無謀と思えるほどの過酷な修行に。
 ヨウシャのこれまでの旅は、多くの人に助けられながらのものだった。本当の苦境に立たされたことはない。従って、ヨウシャには未だ「石」は「石」であり、「果物」は「果物」であり、「呪い」は「呪い」だった。
 単純に「呪いから解き放たれたい」と願う、どちらかというと意識レベルは下等な位置にある。
 ヨウシャと月光は、一歩づつしっかりと歩を進めた。

 洞窟は二人が手をつないで歩くには少々狭いくらいだった。月光が半歩先をゆき、握った手によってヨウシャを誘導していた。道程は、少し下っては、平地になり、また下った。左右へのカーブも不規則に現れた。
 だが、来た者を拒もうとする邪悪な気配は、今のところ感じられなかった。押さない頃きかされた冒険物語に出てくるような、スリルやサスペンスを感じさせるものではなかった。むしろ単調だ。
 迂闊なことに、二人とも明かりを持っていなかった。
 洞窟には、入り口から注ぎ込む光が進入してきており、歩くのに苦労はなかった。
 外から見たとき、輝く光はこの洞窟から地上に放たれているかのようだったが、洞窟に入ってみると、今度は逆に入り口から洞窟の奥深くにまで光が届いている。大小のカーブを越えてもなお、地上からの光が届くのは、洞窟の壁で光が何度も反射しているせいだろう。しかし、それも、そろそろ限界に達しようとしていた。
「そろそろちょっと休もうか?」
月光が提案した。
 正確な時間の経過はわからないけれど、ヨウシャが身体に感じる疲労感から言えば、おおよそ2時間弱といったところだろう。
「そうね」
「そろそろ明かりが届くのにも限界があるようだ。足もとが暗い」と、月光。
 素直に月光の手に引かれていたヨウシャは、視野の明るさはあまり気にならなかったが、そう言われてみれば、最初の頃に比べるとずいぶんと暗い。
「暗い」と思えば、「暗い」。まだまだ「平気」だと思えば「平気」
 そのことに気が付くにはやはりヨウシャはまだまだ経験も知識も不足していた。

 ふと周りを見回すと、通常の速度で歩くには支障があるほど暗くなっていた。
「どうしよう、月光。これ以上進めないよ」
「いや、慎重に進めば、もう少しは行けるかも」
「でも、もう少ししか進めないんじゃ、どうしようもないわ。だって、ノモキスの聖水は、一番奥に有るんでしょう?」
「とにかく、行けるところまで行こう。どこかに灯りがあるかも知れない」
「灯り? こんな地底に? 有るわけないじゃない」
 ヨウシャは大きな不安に包まれた。
「いや、わからない。だって、砂漠の中の小屋にいたのに、一夜明けたら僕たちは湿地帯の中にいた。そして、迷宮の入り口が光り輝いていた。今僕たちは、常識では考えられないとても不思議な状況に置かれていると思わないかい?」
 それは確かにそうだと、ヨウシャは思った。
 そもそも、地上の入り口から個々まで、幾多のカーブをすぎている。斜度も一定ではなく、水平になったり下ったりしている。ほんのわずかだが、時に昇りとなることもある。なのに、微かに光が届いている。
 歩くことに支障がない明るさが存在することに、疑問を持たなかった。
 見えて当たり前、歩けて当たり前。
 もしかしたら、そう思うことによって、現実が「思い」に反応して後からついてきているのかも知れない。
 何とかなるかも知れない。
「何とかなるかも知れない」
 ヨウシャは声に出してみた。
 その時だ。
 ひ弱で小さいが、洞窟のそこかしこに、緑色の光が瞬きだした。
「え?」
 目を凝らしてみると、どうやらそれは植物のようだ。細い蔓がトンネルの壁に張り付いている。それは幾筋かの細いラインのように見えた。その蔓の所々に節のようなものがあり、そこが光っているのだ。蔓は天井にも壁にも床にもあった。ことに床のそれは飛行機を誘導するために滑走路に埋め込まれた照明のような役割をしてくれそうだった。
「どうして。。。。?」
「光苔というものの存在を聞いたことがある」と、月光。
「光苔?」
「ここにあるのは、それとは違うようだけれど」
「でも、これで行けるよね」
「ああ、行こう」
 しぼみかけていた気持に再び火がつき、二人はしっかりとした足取りで歩き始めた。

 月光が前を進み、ヨウシャがそれに従った。もう手はつないでいない。
 ヨウシャは後ろに何者かの気配を感じた。
(変ね? 月光は前にいるし、私達の他に誰かいるはずもないし)
 だが、確かに何かがいた。ヨウシャは怖くて振り向くことが出来なかった。それに所詮気配である。物質がそこにあるわけではない。つまり、気のせいだ。ヨウシャはそう思うことにして、ひたすら前を見て進んだ。
 しかし、それも長くは続かなかった。気配だけなら「振り向かずにいる」事も出来たろう。が、何かがヨウシャの肩に触れたのだ。
「きゃ!」
 ヨウシャが小さく叫んで肩に触れたものを手で払いながら振り向いた。
 それは光る植物の蔓だった。壁や天井や床にきっちりと張り付いていたはずの蔓が、意志を持った触手のように伸びてきて、ヨウシャの肩に触れたのだった。
「あ! 思い出した、それは『淫樹の根』だ」
 月光が言った。蔓ではなく、根。つまり、地上にその木が生えていて、根がこの洞窟今で届いてるのだ。
 根はアッという間に触手を伸ばし、首筋からヨウシャの乳首にまで届くのだった。
「あ、いやああん」
 生理的な気色悪さがヨウシャを嫌悪させたが、同時に乳首への刺激がヨウシャを歓喜させる。
「ちょっと待って、あ、はあん、いや、感じちゃう。。。」
 根の肌はこれまで愛撫されたどのような指とも舌とも違った感触だった。おまけに動きが妙にテクニシャンだ。
「あ、だめえ。。。」
力が抜けて座り込もうとして、ヨウシャはビクンと飛び上がった。
 地面を這っていたはずの根がヨウシャの足元を伝って昇ってくる。足首、ふくろはぎ、太股、そして、ヴァギナ。
 モゾモゾと根全体を震わせながら、しかも先端はクリトリスに到達する。
「だ、だめえ、ああ、もうヌレヌレよぉ〜。。ねえ、月光、お願い、あなたがして。。。。」
月光を見たヨウシャは、愕然とした。
 月光の方はさらにヨウシャよりもひどい状態で、ヨウシャの数十倍もの根っこに巻き付かれて悶え苦しんでいる。いや、喜んでいる。
 ズボンから付きだしたペニスは、出入り口のホックを月光自らが外したためだろうか。幾本もの根が巻き付き、先端が細かな振動を伴って月光を刺激する。
(ああ、あんなにされたら、男の人、たまらないだろうな)
 月光の快感を想像して、ますます感度の増すヨウシャだった。
 ほどなく月光は射精した。
 すると、それまであんなに執拗に絡みついていた根が、ふわあっと、霧散するように月光の身体を開放した。
「はあ、はあ、はあ」
 月光は大きく息をしながら「こいつは、イクと、離れていくんだ。そう聞いたことがある。でもまさか、伝説の淫樹の根に俺がイカされることになるとは、思ってもいなかったよ」
 感じるツボを集中的に攻撃され続けたせいで、月光はぐったりとその場に座り込んでしまった。
 洞窟の壁には大量に放たれたザーメンがベットリとこびりついている。当分垂れてきそうもない、粘度の強い精液だ。根の先端はそのザーメン向かって突進し、ジュルジュルと音を立てて吸い込んでいる。
 月光がイッてしまうと、次はヨウシャへの攻めが執拗になってきた。
 ようやく息の整った月光がヨウシャを見ると、ヨウシャは淫樹の根に絡めとられて宙に浮いており、ヨウシャの肌は根と根の隙間からのぞける程度だ。ヨウシャの身体をいくつもの根の先端がなで回り、微妙に動き回っている。
 快感にのけぞるヨウシャと、さらに追いつめていく根の先端。これらの動きが複合的に絡まりあって、月光の目には宙に浮いたヨウシャそのものがバイブレーションしているかのようだった。
 根の先っぽはヨウシャのあらゆる部位をまさぐっていた。
 乳首とそのまわりを蠢き、脇の下から腰にかけてを往復し、首筋をなでる。耳の後ろを下で舐め取るように這い、耳たぶをかまれるような軽い圧迫感がしたと思うと、穴の中をくすぐった。
 思わず声が出そうになるが、その声が音にならない。
 開いた唇から触手が挿入され、深くねっとりしたディープキスを味合わせてくれる。
 オッパイを揉まれるような感覚は、いくつもの根の共同愛撫のせいだろう。
(誰? 誰なの? わたしを悦楽の中空へ放り投げ、そして重力の底に落とし込むのは。。。。)
ヨウシャにはもはや、現実がどのようになっているのか、わからなくなっていた。
 乱暴に背中を抱きしめられたことや、やさしく掌でなぞられたことはあったが、濡れて間もない性器の感度を増すために愛撫するような動きを与えられたのはこれが初めてだった。
 足とボディの境目を、前も後ろもなでられた。おへその下は、くすぐったいような気持のいいような、不思議な感覚が溢れていた。
 めくれて膨れたクリトリスには、いくつもの根が集中して、あらゆる方向からつつかれた。その執拗な「つっつき」は間断なくヨウシャを責め立て、気が狂いそうになる。
 ヨウシャとそれを取り巻く根の集団の振動が激しく大きくなり、口の中を占拠する根のためにくぐもったあえぎ声をヨウシャは連発する。その様子に月光は激しく勃起した。すると月光にも再び淫樹の根がまとわりついてくる。
 既に幾本もの根が挿入されたヴァギナは、激しく締め付けていた。
「苦しい。やめろ」と抗議するかのように根は暴れ、それがヨウシャの快感曲線を急上昇させる。そこへ後から後から無理矢理根は進入してきた。
 お尻に入った根は特殊なのか、あちこちで膨らんだりしぼんだりした。
 口から喉へと差し込まれた根は、もはやその先端がどこまで届いているのかヨウシャにはわからなかった。
 身体の内部から快感が全身を貫いた。
 電気が常に走り、背骨がぴょんぴょんはねた。
 性器の変形が始まっていた。粘土のようにねっとりとなった膣壁を、根はいくらでも先へ進むことが出来た。決して触れることの出来ない肉体内部の領域を陵辱されて、ヨウシャはもだえ、果てしない悦楽に失神寸前だった。
 いや、もう失神していたのかも知れない。ただ、快感を得るための神経だけがガラスの破片のように冴えきっていた。
 ふともも、ふくろはぎ、かかと、足の裏、指と指の間。。。。
 セックスをしているという事実が消え去るほどの激しい恍惚に包まれて、神の領域に近づきつつあるヨウシャだったが、もちろんそんなことをヨウシャは知らない。この世にいくつも存在するセックス教団が求めて、到達しきれない位置に、ヨウシャは達しているのだった。
 ヨウシャは激しくイッた。
 根の攻めは終わり、ヨウシャからゆっくり離れはじめた。だが、完全に根がヨウシャを開放するまでにしばらく時間がかかった。
 愛液のみならず、ヨウシャが流した分泌物をすべて吸い取ったからだ。
 自分では気が付いていなかったが、ヨウシャは色や匂いや粘度の異なる何種類かのラブジュースを溢れさせた。
 愛液だけでなく、汗や唾液も、対外に輩出された全てのものを根は吸い尽くそうとしていた。
 アナルからもジュースがあふれ出ていた。
 尿道から流れた液体は、おしっこだけでなかった。こんなところからもラブジュースが出ているようだった。
 月光は2度目の射精を終えていた。
 乾ききった二人の足もとに、小さな水たまりがあった。
 手を浸すと、冷涼きわまりない。
 二人は水たまりに口を付けて、がぶがぶと飲んだ。
 小さな水たまりだったが、いくら飲んでも水は減らなかった。
 飲み終えた二人の渇きは癒されたが、残念ながらこれは聖水ではなかった。聖水でないことは、なぜか直感的に理解できた。
 しばらく休憩をした二人は、洞窟の壁に張り付いてる根達が、それまでよりも輝きを増していることに気が付いた。これなら歩くのに全く支障はない。
 二人から吸い取ったラブジュースをエネルギーに輝いているようだ。
 そのかわり、洞窟はふたりに、たっぷり水を与えてくれた。
 聖水ではなかったけれど、その水には食事をするに等しい栄養が含まれていた。
 力がみなぎってくる。
 二人の足もとにはボロボロになった服の破片が散らばっていた。多くの根が服を切り裂きながら二人を責め立てたのだった。
 全裸のまま、ヨウシャと月光は歩き始めた。
 暑さも寒さも感じない。ちょうどいい。何も身にまとわない状態で洞窟を進むと、それがとてつもなく心地よかった。


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