Boy Meets Girl
「side KYRIE」

4.着陸

 昨夜の客は、癖が悪かった。まだ体中がヒリヒリする。縄の痕は熱いお風呂に入っても取れない。かわいそうなあたしのカラダ。二、三日は商売を休むことにしよう。いや、おかあちゃんに話すとまた殴られる。

 そうだ、"あの部屋"で酒でも飲んで過ごすとしよう。客を引き込むしか能が無い"情事専用の部屋"。家具もなければ生活用品一つない、ただ雨風を凌ぐだけの部屋だけど。近くのバーで飲んだ後ならそんなコト気にもならない。

 あたしがココロ安らげるのは、この家なんかじゃない。悲しいくらいの事実。

 丁度、お正午(ひる)のサイレンも鳴ったことだし。あたしは冷蔵庫からプレーンヨーグルトの容器をとりだした。お皿に取り分けるのが面倒くさいからそのまま胸に抱えてスプーンで口に運ぶ。空腹に染み入るような感覚。冷たくて気持ちいい。

 酔いの抜けない頭を振りながらテレビのスイッチを入れた。ニュースはこれでもかというほど"レプリカからのお客様"を丁寧に報道していた。あぁ……この前の"彼"が着いたんだ。
 テレビに映った彼はゲートを通過する時、キョトンとしてたっけ。あはは……なんだ、あたしとおんなじじゃん。どうみたって、あれは十五才の男の子。特別代わり映えもなく、生まれて十五年を生きてきた人間の顔。無邪気でなんの翳りもなく、人を疑うなんてきっと知らない。恵まれた環境で生きてきた十五年。

 ゲートを抜けた彼の滞在期間はおよそ一週間。彼は物見遊山で来たのだろうか? いずれにしても、とんでもない物好きだ。

 あたしは椅子に腰掛けて、ニュースで大写しになる彼の顔をみやりながら、ただひたすらヨーグルトを舐め続ける。なんだか不定形なこの食べ物は、今のあたしにはピッタリだと思う。
 思う生き方が手に入らないのは、おかあちゃんのせいなのか? いや、おかあちゃんに"NO"と言えない、あたしのせいかもしれない。
 だから固形でもなく液体でもなく。白でもなく黒でもない。あたしの生き方。

 あたしは昨夜の稼ぎを、いくらかテーブルに置いて部屋を出ていく。

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