フライデーナイトアベニュー
8月の3回目の金曜日 その(2)





 俺達はステージに立って抱き合った。俺はステージの奥を向いており、恵子は俺の肩に顎を載せて会場の方を向いている。
「素敵ね」と、恵子は言った。「全て用意は整ったわ。明日はあそこで大勢の人間が、躍らされるのよ」
「躍らされる?」
「そう。夏祭りレディーも、販促のためにかき集められた応援の社員も、そして、ノコノコやってくる客も」
「お客様、だろ」
「踊らせるのは、わたしたち。仕込みは済んでるわ」
「上手く踊ってくれると良いけどね」
「上手く行くに決まってるわ。だって、みんな躍らされたくたくてここにくるんだもの。主体性も何もないの。ただ、来るだけ。来たら、わたしたちの奏でる音楽にあわせて踊るの。自分で考えるのが面倒くさい、そういう連中しかやってこないのよ、こういうところには」
「手厳しいな」
「客だけじゃないわ。多くのスタッフだってそうだから」
「ああ、確かに若手にはてこずるよな」
「違うの。若手はいいのよ。発展途上なんだから。きちんと教えてあげるのには手がかかるけど、ね。やっかいなのは、成長しないまま歳くった連中」
「誰のことをいってるんだ?」
「誰でもいいわ・・・あん」
恵子のお喋りに面倒くさくなった俺は、彼女の唇を自分のそれでふさいだ。唇と唇が触れ合うだけの押さないキス。渇きを癒すように音を立てながら押しつけあう。じっくりと感触を味わってから、俺は舌で恵子の唇を割った。
 待ち焦がれていたように恵子はやわらかくてぬめりのある暖かい物体を絡ませてくる。
「あんぐ」
 ぬちゃ、ぬちゃ、れろ。
 恵子は俺の背中に手を回しきつく俺を抱きながら、下腹部を押しつけてきた。屹立した欲棒は恵子の計算され尽くした圧迫に歓喜し、さっそく汁をほとばしらせ始めた。
 実によく調教されている。

 俺も恵子もキスだけで相手を喜ばせる術をいやというほど身につけていた。舌と唇で興奮しきった俺達は、唾液でべとべとの唇を離した。恵子の口の中で射精したように、俺達の唇の間には糸がひいている。糸はたるみ、やがてそれぞれのあごにべったりと貼りついた。
 恵子は俺のネクタイの結び目に手をかけた。
「こんなに締め付けて、苦しかったでしょう? ほどいてあげるわ。でも、下の口は締め付けたらほどけないわよ。だけど苦しくないわ。とても気持ちいいわよ」
「保障できるのか?」
「もちろん」
「どうして?」
「だって、みんなそう言うもの」
 恵子は指先をくいくいと動かして、そしてするりとネクタイを抜き取った。足元に細長い布がはらりと落ちる。
 恵子の指はなおも休まず、ワイシャツのボタンを上からゆっくり外していく。開放された胸元からかすかな風が入り込んだ。緊張がほぐれたせいだろう、俺は急に熱さを感じてドッと汗が噴き出すのを感じた。
 ワイシャツのボタンを全部外した恵子は、シャツの裾をズボンから引っ張り出す。そして、俺のアンダーシャツの上から、愛しそうに胸を掌で撫でまわした。
「ふふ、乳首立ってる」
 アンダーシャツの上からではあったが、俺は乳首をつままれて、思わず「ぅ」と、声が漏れた。
「気持ちいいでしょう? もっと声を出していいのよ。いつまでカッコつけてるのよ」
「カッコなんかつけていないさ。その程度なら、これくらいの声しか出ない」
「そ。じゃあ、ひいひい言わせてあげる」

 俺はあっという間に上半身裸にされた。
「ねえ、くすぐったいとこって、どこ?」
 何でそんなことをきくのだろう? そう思ったが、どうやら俺の上半身をじっくりと責めるつもりなのだろう。その際、くすぐったいところをさけようという心配り(?)かもしれない。
「脇の下、わき腹、ってとこかな?」
「ん、わかった」
 恵子はいきなり脇の下に指を滑り込ませてきた。避けるどころか、わざわざ触りに来たのだ。俺はビクンと身体を硬直させた。身体をずらそうとしたが出来なかった。脇の下を触られて気持ちよかったからだ。
「ねえ、ヨシフミ、知ってる? くすぐったいところって、エッチで感じるところなのよ」
 彼女は俺の両脇に手を添え、それをゆっくりとわき腹まで下ろしてきた。力を入れるでもなく、さりとて、触れる、というよりもかすかに強く。裸のまま羽毛布団に包まり、寝返りを打った時に感じる、奇妙な感覚。それに似ているようで、わずかに違う。何が違うのだろう? もちろんそれは、布団ではなくて恵子の指であり、掌であることだ。
 ゾワゾワゾワ。ゾクゾクゾクー!
「あ、あああ〜」
 ペニスの先に受ける快感と同じ種類のものを別の部署で味あわされて、俺は自分でも驚くほどの官能の声をあげた。
「ほら、ね」と、恵子は言った。
「なんだったら、全身性感帯にしてあげようか?」
耳の穴に息を吹き込みながらささやかれて、俺は立っていられなくなった。膝から力が抜けていく。
「ふうーん、女に奉仕させたことって、あまりないのね」
ズバリ指摘されて、多少悔しかったが、その通りなので否定しなかった。体位を変えさせたりとかその程度のことはあるが、一方的に注文をつけたりしたことなどない。もちろん女のほうからアプローチしてくれる分には拒まないが、だとしても俺は同時に自分だって女を責めている。一方的に愛撫されて悦にいっているということはそれほどない。
「ああ、ないね」
「じゃあ、わたしに任せて」

「座って」
 恵子に促されて、俺はステージの縁に座った。
 恵子はまず、俺のベルトを緩めた。そして、ワイシャツとアンダーシャツを脱がせてから、素肌にワイシャツを羽織らせる。ボタンは止めずにはだけたままである。
「全裸より、色っぽいわ」
 俺は特に鍛えたりなどはしていないが、それなりに筋肉もついているし、腹も出ていない。誇れるほどの肉体美はないが決して不恰好ではない、という程度だろう。夜の町のネオンやらなにやらが入り混じって、全ての照明がない社屋の屋上でも、光源のわからない薄明かりがどこからともなく二人を包んでいる。はだけたワイシャツの間から見える胸と腹は自分でも色気があるなと思った。
 恵子はステージを降り、俺と向かい合った。
「いいわ。うん、とっても、いい」
 俺に、ではなく、恵子は自分自身に向かって確認するようにつぶやき、俺の胸に掌をあてた。
「いいわ・・・」
 恵子は俺の胸の上で掌をスライドさせる。
 恵子に触れられた肌がピクピクと反応し、人肌の感触が去ると、そこにはじんわりとしびれたような感覚が残った。
 恵子は掌を胸から背中へスライドさせた。肌と肌の接触はサラリとしたものでしかなかったが、そこにはネットリとした濃密ななにかが堆積していった。何度も何度も往復する度に、それはどんどん堆積していく。
 それがどれくらいの時間続いただろう。多分さほど長い間ではなかっただろう。深く湿った闇の底で全ての感覚を失いながら、ただ海岸に押し寄せる波のようにつぎつぎやってくる快感に身を任せるだけだった。
 波? そういえば、どうして俺は波をイメージしたのだろう。そう、身体そのものが波の上を漂っているような錯覚にいつのまにか陥っていたからだ。

 刺激的な熱さをがほとばしるのを感じて、俺はハッと目を開けた。ズボンはファスナーを下ろされて大きく前が開いていた。大きくせりあがった俺の欲棒に、恵子は器用に指をからませている。どんな動きをしたらこれほどの快感をもたらしてくれるのか、おれにはわからない。
 恵子は顔を近づけ、トランクスの上から俺の先端部にキスをした。恵子は顔にかかった髪の毛をかきあげる。上から見下ろす恵子の顔はしっとりとしたエロティシズムに彩られていた。トランクスの染みがじわじわと広がってゆく。
 開口部から指を滑り込ませた恵子は、俺のペニスをクイッと引っ張り出し、俺は待ちかねたようにビョンと飛び出した。亀頭はねっとりとぬめっている。
「年齢を感じさせないのね」
 恵子は人差し指でピンと俺のものをはじいた。
「硬い。素敵よ」
 お腹に張り付こうとする欲棒に右手を添えた恵子は、左手で髪の毛をかきあげてから、俺のものに口に寄せる。最初はすぼめた唇で先端部にキス。唇の間から舌先を突き出し、透明な液体を舐める。舌にはだんだん力が込められて尿道を割った。
「うう・・」
 遠慮がちな振動にチクっとした熱い痛みが走り、それは次の瞬間にえもいわれぬ不思議な感覚に変化する。
 恵子はすぼめたままの唇を俺のペニスに押し付ける。それは強烈な摩擦を生み出す。ゆっくりと、本当にゆっくりと、俺の欲棒は恵子の口の中を犯して行く。それはまるで処女を硬いつぼみをメリメリと音を立てて壊していくかのようだ。
 やがて亀頭全体が恵子の口の中へ。カリの裏側を唇でフィットさせ、挟む力に強弱をつける。その間、舌はネットリと先端部分を這い回る。
 ゾゾゾゾー!
 熱棒から背中を通じて快感が伝わり、俺は脳がくらくらした。無意識のうちに腰が浮いたり沈んだりしている。どうしていいかわからないのだ。
 くわえてしゃぶるだけのフェラチオならいくらでも経験あるが、これほどのものにはめったに出会えない。
 カリ裏の刺激に俺が慣れてくると、今度は出し入れをはじめた。唇とモノとの接触はもちろん、恵子は時々歯を立ててくる。下手で歯が当たるのとはもちろん違う。それは長年の経験によって恵子のフェラチオのプログラムに組みこまれているのだ。
 ザリザリザリ、と歯が俺の敏感な部分をこする。それは唇や舌などとは明らかに違う、硬質なものからしか与えられることのない刺激を確実に俺の身体に刻み込んでくる。慣れ親しんだ柔らかな摩擦ではないそれに、俺の脳は不快感という警告を発するのだが、その一瞬後にはそれまでにない快感が脳天に届いていた。
 俺は、「ああ、いい・・・」と喘ぎ声を漏らし、恵子の口唇愛撫は「そう、嬉しいわ」と返事をするように敏感に反応した。
 いよいよ俺に発射の瞬間が近づいてきた。
 恵子はもちろん俺の欲棒が噴火したがっていることを察知したに違いない。
 唇はカリの前後だけを執拗に往復するようになった。舌は全体を使って先端部分を攻撃してくる。熱い塊が根元部分にこみ上げてくる。さらに、それまで使っていなかった右手で欲棒を握り、前後にしごく。ペニスの内容をぐちゃぐちゃと掻き回されている錯覚に陥るほど、急激な悦楽が俺を包み込んだ。
「ああ、ああ、あおお!」
 最後の瞬間を目の前にして、快感に身を委ねることしか出来なくなった女のように、俺は荒れ狂うエクスタシーに声を出すことしか出来ない。
 恵子の左手は睾丸からアヌスまでを器用に往復し、俺の快感曲線を高めていく。
 そして、恵子の指は俺のアヌスにもぐりこんだ。本来物を受け入れるように出来ていないはずのその器官は、若干の違和感を訴えただけで、すんなりと恵子を受け入れた。
 あれが多分前立腺マッサージというのだろう。わけのわからないうちに俺は声をあげ、熱いしぶきをドバドバと恵子の口の中に放出した。

 なぜ佐多佳代が、こんな夜中に社屋の屋上にいたのか俺にはわからない。
 夏祭りレディーの1人。背は高くなく全体的に華奢。ころころと走りまわり、ひとなつっこい笑顔を振り撒くその様から、俺たち男性社員の間では「うさぎちゃん」とひそかにあだ名をつけられていた。その彼女が、じっとこちらを凝視している。
 俺が射精したあとも恵子は口で俺をくわえたまま、ゴクンゴクンと精液を飲みながら欲棒をしごき、快感をも与えつづけて、俺のものが小さくなることを許さなかった。
 う、とか、ああ、とか声をたてながら、俺は恵子にされるがままになっていた。
 その様子を佐多佳代はじっと伺っていた。
 俺の視界に映る佳代の姿は、チューニングに支障をきたしたテレビ画像の奥に少女がいるような、ぼんやりとしたものに思えた。彼女はゆっくりとこちらに近づいてきているようだ。
 恵子は俺をようやく開放した。
「さ、今度はわたしにもいい思いをさせて欲しいわ。2度や3度は大丈夫なんでしょう?」
「ああ」
 俺が気のない返事をしたものだから、恵子は俺の顔を見た。俺の視線は佳代に向けられている。俺の視線を辿った恵子も佳代の存在に気がついた。
「あら? いっしょにする?」
 驚いた様子もなくさも平然と誘いをかける恵子におれはひっくりかえりそうになった。
 しかし、佳代は動じず、「はい・・・」と、返事した。

 俺はこれから始まるであろう性の饗宴に背筋がゾクゾクとした。射精直後だったが、もう何日も女体に触れていない飢えた独身男のように、俺の欲棒は固くそそり立った。




8月の最後の金曜日 その(3)

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