フライデーナイトアベニュー
8月の3回目の金曜日 その(3)





 夏祭りレディーを統括する女傑、恵子。仕事人として成熟した彼女に、手厳しくやられた若手は多い。俺と同年代だから、それでなくても「女傑」だの「おつぼね」などと陰口を叩かれたりする。しかし、そういった類の「悪口」は概して、仕事の出来ない者の出来る者に対する「やっかみ」である。正しい目で見れば成熟しているのは仕事だけではない。身体も心も熟れ、妖しい一夜を過ごすのには最適のパートナーだ。
 そして、もう一人。現役の夏祭りレディー、佳代。入社2年目のOL。恋愛もセックスも「初心者」の域はとっくに脱している。しかし、身体の張りは小気味良く、どこにも疲れやたるみがない。そして、なによりも官能の極みへ向かって、深く高く、上り詰めていこうとしている途中である。
 こんな女ふたりを一度に味わうことが出来るなど、まるで夢のようだ。しかも場所が社屋の屋上。大勢の来客を迎えるため準備万端整った夏祭りの会場を見下ろすメインステージの上で、俺達の前夜祭は日付が変わっても続くのだ。
 だが残念なことに、俺は男一人女二人というシチュエーションに慣れていない。何事にもセオリーがあるように、基本的なスタイルがあるはずだった。セックスそのものは、アヤコとの関係が始まってからすっかりパワーアップしており自信がある。だが、女ふたりに対してペニスは一本だ。同時に二人の女を責め、かつ感じつづけさせるにはどうすればいい。俺はその答えを見出せないでいた。
 俺が思い悩んでいるうちに、恵子は全裸になっていた。佳代も舞台の下でスルスルと衣服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になってから、ひょいとステージに上がった。俺一人、中途半端なことに気がつき、二人に倣う。
 下腹部に張りついていたモノは、大きさこそ保っていたものの、反り返る力を失っていた。
 恵子はそんな俺の性器を手で弄びながら、「どうしたの? びびった?」と、俺の心を見透かしたようなことを言う。
 「多少ね。二人の女を同時にどうやって喜ばせようかと、思案していた」
 「待たせておけばいいのよ」
 さらりと恵子は言った。


 「じゃあ、若い方から頂くよ。キミは待っていてくれ」
俺が恵子にそう言うと、彼女は、「いいわ」と言った。意外だった。佳代を待たせればいいじゃないと言われるかと思った。
 恵子の愛撫を受けて再びそそり立ったモノを従えて、俺はまっすぐ佳代に向かった。
 佳代の身体は、真夜中にも関わらずどこからともなく差し込んで来る無数の様々な色彩の光に照らされて、まだらに、妖艶に、闇の中に浮かび上がっていた。
 俺は正面から佳代を抱いた。
 しっかりと立っていたかに見えた佳代だが、俺の手が背中に回った途端に、俺に体重を預けてきた。佳代の身体は熱い。セックスへの予感だけで燃え上がっているようだった。
 「入れて下さい」と、佳代は俺の耳元でつぶやいた。
 まだいかほどの愛撫もしていないのに、佳代は甘ったるい声を俺の頭の芯に注ぎ込んで来る。
 「もう?」
 「無理矢理、っていう感じが、好きなんです」
 俺は抱きしめていた手をほどき、佳代の穴に指を刺し入れてみた。湿ってはいるが、まだ濡れているというほどではない。
 「指、じゃなくて、おちんちん、下さい」
 「痛いかもしれないよ、まだ」
 「ええ、わかっています。こんなに大きいの久しぶりですから」と、佳代は俺のペニスを握り締めた。「でも、そういうのが好きなんです。あたし、レイプされて失ったんです。でも、嫌じゃなかったし、気がついたらよがっていて、イッてしまいました。見ず知らずの男だったんです。初めてだったのに。でも、感じてしまって。・・・こういう女なんです。セックスの、いいえ、オナニーの道具にして下さって構いません」
 佳代は俺から離れてよつんばいになり、「どうぞ」と言った。
 この手の女がいることは知っていたが、まさか自分の相手として目の前に現れるなんて、思ってもみなかった。
 俺は佳代のお尻の後ろに膝をつき、両手で佳代のお尻を掴んでちょうどいい高さに調節した。ペニスの先端をあてがって、一気に突く。
 「ああ!」
 愉悦とも苦痛ともつかない声を発する佳代。
 こびりつくような摩擦を味わいながら、俺は何度も何度も大きく腰を突いた。その度にどんどん濡れてくる。
 腰のひと振りごとにペニスに絡みつく感触がかわるほど、愛液が溢れ出してくる。いやらしい音が社屋の屋上に響く。
 「そうやって、ここに来てから毎晩のように男をあさっていたのね」
 いつの間に傍に来ていたのか、恵子が佳代に向かっていった。
 「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい。んんんー」
 「どうして我慢できないのかしら、この淫乱娘は」
 「ああ、嫌です。そんな風に言わないで下さい。あたしは悪くないんです。男の人たちが、こんな風にあたしをしてしまったんです」
 佳代はピクピクと締め付けにかかって来る。俺のモノも限界に近くなってきた。俺の動きに合わせて佳代が腰を振る。
 「ヨシフミ、もうイキそうでしょ」と、恵子。
 「あ、ああ・・・」
 「構わないから、中で出しちゃえば?」
 「いや、しかし」
 「あら、いいわよね。その方が二人とも気持ちいいものね」
 「・・・・は、い・・・・」
 漏れる息の狭間から、佳代の返事が聞こえる。
 「大丈夫。この子、クスリ飲んでるから」
 ならば、遠慮はいらないな、などと考える暇もない。俺は佳代の窪みの中に、熱くてネットリトした液体を注ぎこんだ。


 ギラギラとまぶしい陽射しが目の奥をキリキリと刺した。
 夏祭りは会場のオープンと共に盛況で、滞りなく進んでいった。全体の総括的なことを担当している俺は、いざイベントがスタートしてみるととりたててすることがなかった。会場内を巡回し、あちこちに声をかける。ちょっとした問題があると走りまわることもあったが、結局、担当者を見つけて指示をすればそれですんだ。
 お客の目に付かないいわば舞台の裏側で、俺は木陰を選んで腰をかけた。

 昨夜はほとんど眠っていない。
 佳代の中で射精した俺は、その後、恵子と交わった。
 恵子は俺と佳代との行為を見せつけられて極限まで高ぶっていたようだ。佳代に意地悪な台詞を吐いたのもどうやらそのせいらしい。マゾヒスティックな感覚が高揚していたようだ。
 なるほど、自らの性の欲望を抑えて他人のセックスを見物するというのはそのこと自体がマゾ的な行為であり、その自虐的な快感をそのまま佳代に向かってぶつけたのだろう。このとき、恵子は感情はサディスティックなものに転化されていた。
 ただ挿入するだけだった佳代とのセックスと異なり、恵子とのそれは、執拗であり妖艶であり狂喜であった。全身の部位を使って表現する官能に佳代は思わずその場でオナニーをはじめ、やがて二人の絡みに加わってきた。
 俺達はいったん社屋に戻り、宿直者用のシャワーを交替で浴び、夏祭り準備室として占有している会議室に入った。そして、そこでまたセックス・・・。
 醒めない程度の適度なインターバルがとれる女ふたりと違って、俺はずっとやりっぱなしである。さすがにヘトヘトになった。もうピクリとも動かない、という状態のモノを口で無理やり勃たせて、自分の中に導く女たち。結局、その夜、俺は何回イッただろう? もう充分だ、というところをまた無理やり感じさせられるのは、少し気が変になりそうだった。
 いつしか会議室の床で佳代が寝息をたてており、その様子を見て、恵子が「あら、こんな時間ね」と言った。時計は4時48分を指していた。
 「俺たちも、仮眠しよう」
 「そうね」と、言って、恵子はふふっと笑った。
 「なんだよ」
 「ヘトヘトなんでしょ?」
 「ああ。そっちは二人、こっちは一人だ」
 もう俺は虚勢を張る力も残っていなかった。
 「馬鹿ね。そう言うときは、女二人にレズビアンショーをやらせといて、休憩するものよ」
 「ふうん」
 俺は気のない返事をした。もう半分は夢の中だった。
 完全な眠りに陥る寸前に、「じゃあ、男二人、女一人のときは、ホモるのか? それは嫌だなあ」などとどうでもいいことを考えていた。

 その日はお客が引けると、後片付けはまかせて、俺は退社した。客たちの反応も売上もまずまずで、かつ夏祭りそのものも盛りあがって、もちろん事故等もなく、「俺の役どころは済んだから、あとはきちんとやっといてくれ」と背中を見せても許されるような立場にいつのまにかなっていたことに気付く。歳をとった。
 昨夜の猛セックスなど何もなかったかのように、恵子も佳代も後片付けと清掃、そして明日の準備に余念がなかった。どちらかというと明日の日曜日こそが本番だと言えた。だが、段取りなど俺が手を出さねばならないことは全て終えている。俺は軽く手を上げて「お先に」と言った。
 「あれ? 打ち上げは?」と、佳代。
 「悪いが、パス」
 「ええー。打ち上げの後、また期待してたんですよ。明日の朝にはもう支店に戻るんです。今日は最後の夜なんです」
 「明日、もう1日あるだろう?」
 「いえ、明日は支店の方でもちょっとしたイベントがあって戻らないといけないんです」
 「そうか、それは残念だな。しかし、別に俺がいなくても夜は楽しめるだろう? キミを狙っている男は、いくらでもいるんじゃないのか?」
 「ま、そうですけどね」
 「出張でそっちへ行くことになったら、相手してくれ」
 「喜んで」
 恵子はさすがに肌の張りがいささか悪くなっていたが、それは睡眠不足のせいであって、行動には疲労の影は見えない。そりゃあそうか、俺は「出す」ばかりで、女たちは俺の精気をタップリ吸ったんだからな。
 勝手な理屈をつけて、俺は社を後にした。


 夏祭り中は睡眠不足と疲労から時々ぼんやりしたから、電車の中では寝ないように気をつけた。うっかり眼を閉じようものなら、そのまま終着駅まで運ばれてしまう恐れがあったからだ。しかし、どういうわけか、かえって目がギラギラと冴えてしまった。電車を降りると俺の足はふらりと「鷹」に向かっていた。
 考えてみれば、イベントの終了と同時にきっちり出てきたのだから、普段の勤務よりも早く帰宅についたくらいだ。一杯ひっかけてから帰っても明日までは充分な睡眠時間があった。それになぜか興奮状態になっているので、馴染みの店でゆったりとアルコールを身体の奥に染みこませて気持ちを落ち着けるのが良いだろう。
 このとき俺は、「鷹」などに行ったらアヤコと顔を合わせるのではないかというようなことは全く考えていなかった。やはり思考力が鈍っていたのだろう。気持ちを落ち着かせるのなら知り合いなどが絶対来ない店を選ぶべきだったのだ。
 だが、「鷹」に入ったのだから仕方ない。そこにはアヤコがいた。

 アヤコと逢うのは久しぶりだった。
 アヤコはカウンターに座っていた。振りかえって俺を認めると、目がパアッと輝いた。それは明らかにセックスを求める表情だった。
 アヤコとの交わりは魅力的だが、さすがに今日は眠りたい。あれほど興奮状態だったのが、「鷹」の扉を開けようとノブに手を伸ばした途端、俺は急速に気持ちが落ち着いてくるのを感じていた。ああ、ここで一杯呑めば、きっと良く眠れるだろう。そう感じた矢先のアヤコの妖しい視線だった。
 「相変わらず木村の所で働いているのか?」
 俺はなるべく「セックスの誘い合い」にならないように、話題を選んだ。
 「うん」と、アヤコは言った。既にある程度呑んでいるらしく、頬がほんのりと色づいている。
 「犬の散歩か。コンスタントに仕事はあるの?」
 「まあね。でも、どっちかっていうと、最近は、ボランティアの方の、準備、かな」
 「一人暮しの老人のパートナーに犬を、ってやつ?」
 「そう。寝たきりでも、傍にワンちゃんがいてくれたら、心を癒してくれるから。そう言う人のための、犬のお世話をするの」
 「そうなんだ」
 「そう言えば、ヨシフミさんも、一人暮しでしょ? 心がささくれ立ったりしない?」
 「そうかもしれない。でも、一人で気楽にしてるから、誰かが一緒で煩わしく思うこともない。だから、プラスマイナスできっとゼロだな」
 「でも、犬はいた方が良いよ」
 「で、それはうまくいってるの?」
 「ううん、あんまりかな?」
 「どうして?」
 「動物ヒーリングはある程度理解してもらえるんだけど、そういうのにお金を出してくれるところがないのよ。犬を手に入れるのにも、犬が一緒に暮らせるようにするための設備を整えるのも、日々のエサも、全てお金がかかるでしょう? そういうのの寄付集めが一番のネック」
 「そうか・・・」
 俺は考え込んでしまった。
 俺は毎月の給料のために働いている。その給料は俺の生活費に消える。仕事をそれなりにこなし、業績を上げれば、それなりの地位にもつける。
 けれど、それがナンなのだろうか、と思った。
 世のため、人のため、などと大袈裟なことをいうつもりはない。けれど、俺の生き様などというのは、あまりにも自分本意だ。

 「少しくらいなら寄付できると思う」という俺の台詞に、アヤコは冷水をぶっかけた。
 「気分に流されて言っちゃダメよ、そういうことは。一時的にお金をもらっても継続性がないと何の意味もないの。だから、会員制にしようかなと思ってるの。少しのお金でいいから、毎月欲しいのよ。それも、気まぐれじゃなくて、確実に。そういう人がたくさん集まってくれてこそ、出来るのよ。一時の感情で、ある程度の金額が集まっても、途切れてしまったら、残された犬はどうなるの? そうでしょ?」

 ああ、俺は本当に何も考えていない。




10月の最後の金曜日 その(1)

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