久しぶりに賑やかに「鷹」で飲んだ。木村とアヤコが一緒だ。
木村は、自分がやりたいと思っていたボランティア稼業を、アヤコに一任したと言った。
木村は「犬の散歩屋」である。会社を辞めて独立した。
長期出張や海外旅行など、飼っている犬の世話が出来なくなったとき、飼い主は愛犬をペットホテルに預けたり、知人に委ねたりする。だが、木村の仕事はそうではない。犬は相変わらず飼い主の家にいたままだ。そこへ木村やスタッフが出かけて行って、いつも通りの散歩と、いつも通りのえさやりをする。ペットホテルでは、他の犬などから病気を移されないかとか、環境が変わって精神的に不安定になりはしないかとか、そんな心配をする飼い主がこの商売のターゲットだ。
つまり、全ての仕事は、突発的に注文が入るのであり、その点、葬儀屋や消防署に似ていた。もっとも、人は必ず死ぬし、消防官は公務員だ。生活の心配はあるまい。けれど、犬の散歩屋はそうではない。いつ、注文が来るかわからない。
そんな不安定な商売にも関わらず、月極契約の常連が2人もついてしまった。そのおかげで、木村の商売は安定した。一人は独居老人。寂しさを紛らわすために犬を飼いたいが、足腰が弱く散歩に連れて行くことが出来ないのだった。そこで、木村に散歩を頼んだ。留守宅の犬の世話と違い、エサの面倒は見なくて良い。しかも、月極だ。そこで割引での契約に応じたが、それでも月15万円だ。裕福な老人でないと払えない。木村は言った。
「こういうことは、本来ボランティアがするべきだと思う。俺のように商売でやると、金持ちの老人しか、その恩恵を受けられない」
稼業と平行してボランティアを立ち上げたい、そう木村は言っていたが、それをアルバイトのアヤコに任せたのだった。
ちなみに、もう一人の常連とは、車椅子の主婦。旦那は年中海外出張に行っているので、寂しさを紛らわすために犬を飼っている。だが、車椅子のために満足に散歩に連れて行ってやれない。そこで、木村の所に、散歩の依頼が来たのである。
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