「キオト」
■■アラシヤマ
――人力車の人夫は、下手なナンパよりはマシだ――
「ねぇねぇ、お姉さん。キョウトというたらこれ。記念に乗ってかへん?」
 康之がフィルムを買いに行った隙にこれだ。
 私は興味がないので無視しつづけた。この馴れ馴れしい関西言葉も苦手だった。観光地だから大目に見られてることを逆手にとって。
「ごめんごめん……」
 小走りに売店から戻ってきた康之は、何事もアバウトな性格。無くなったなら、買えばいいじゃないかという具合。私は、明日の洋服を枕元に用意するような、そんな性分。
「だから、割れ鍋にとじ蓋なのよぉ」 と、周りは笑うのだった。

「なんや、彼氏おったんかぁ。ねぇねぇ、お兄さん、良かったら乗りませんか? 京都旅行の記念に写真もとりますしぃ」
 このちゃらちゃらした呼びこみが大嫌い。なのに、康之は笑って私の手を引き戻す。
「響ちゃん、たまにはこういうのもオツやろ?」
「もう……しょうがないわねぇ」
 康之のこの笑顔に勝てる術などない。

 康之に抱き上げられるように車に乗った。
 二人乗りの人力車は車と見まがうほどの車幅だ。はたして、あの彼一人でこの車を引けるのか? こわごわ、立ちあがる彼の背中を見つめていると、康之がまたシャッターを切る。
「ほら、珍しいじゃんか。こんな風景」
 まるで初めて日本に来たフォリナーのように、彼はファインダーを覗く。

 しかし、ナンパ師はあちこちでいた。
 私たちに声をかけたこの人夫だけじゃなかったのだ。
「あぁ……この程度の街なのね? アラシヤマって」
 私がため息をつくと、あなたがいった。
「え? たかが数回でそんな批判できるんだ? 響子って……」
 あっはっはと高笑いする康之。
「そうじゃないけど……なんか……本当に観光地って感じで、 手垢にまみれてる気がして」
「じゃ、人の往き来する所で、手垢のつかない場所なんてあるのかよ?」
 康之が、いたずらっぽい目で私を見つめる。どうせ私が言いくるめられるに決まってる。勝てっこないんだから。いつだって。
「うーん……ないかもしれないけど……」
「俺たちだって観光客のひとりなんだからな。この程度なんていうとバチが当たるぞ」
 笑いながらシャッターを切った。

 いつだって正しいわ。康之は。

「響子……秋は紅葉がめちゃくちゃキレイだったよなぁ」
 ぎゅっと、抱き寄せてくれたその手のひらに熱はなかった。久しぶりの康之の手を、私の身体は忘れているらしかった。急に寂しさと不安で泣きたくなった。

 あんなコトいわなきゃ良かった。この程度の街なのね……なんて。何処だって、あなたといられることが嬉しいのに。言葉足らず。いつだって。
 猛烈な後悔でブルーの海。

 

モクジニモドル//ススム