第2話 ピュアーラブ「雨よ流して」   =2= 



 5月16日 曇り

 僕は「いじめ」と「じゃれあい」の区別をはっきりと認識した。

 「じゃれあい」とは。
 自分が攻撃されることもあるけれど、攻撃することもある。
「明日も誰かにいじめられるのだ」とビクビクすることはなく、「明日は誰をターゲットにしようか」などと考えてむしろワクワクしてくる。もちろん報復もある。先制攻撃をどちらがするか、の違いがあるだけだ。
 一方、「いじめ」とは。
 常に自分だけが狙われ、いつどこで誰の標的になるかわからず、毎日猜疑心と劣等感と理不尽を感じながら恐怖に怯えて小さくなって生きていくことだ。
 小さくなっても消えてしまうことはできない。
 だから、必ず狙われる。誰かが攻撃を始めると、その尻馬に乗って、まわりも段々エスカレートしてくる。
「じゃれあい」なら、行き過ぎがあれば誰かが止める。いや、誰かが止める前に当事者が気が付くし、反撃することも許される。またそれらの課程が楽しいのだ。
「いじめ」は誰も止めない。荷担するか傍観する。いじめているうちのひとりが傍観者に声をかけると、傍観者もそれに加わる。加わらなければ、そのことが原因で次は自分がいじめられる対象になるからだ。
 僕はもはや「いじめられっこ」だった。そう自覚せざるを得ない。

 清花が携帯で学校に電話をした。
「函館はただいま授業中です」
 既に夏休み。補習授業が行われているのだ。
 閑静な住宅街を抜けて学校に続く通学路。正門前まであと300メートルくらいの路上に僕たちはいた。
 携帯電話がつながると、清花は僕の耳を指さしてから、次に自分の耳に当てた携帯に指先を向ける。
 相手の受け答えを僕にもきいておいて欲しい、ということだ。僕は清花に顔を寄せた。二人の間に携帯電話がなければ恋人同士が寄り添っているみたいだ。秘密の会話を楽しんでいるように見えるかも知れない。
 秘密の会話、というのはまんざら的外れではないけれど、その中身はちっとも甘くない。
 それでも僕は清花の香りにどきどきした。シャンプーのにおい。コロンや香水の香りじゃない。そういう「飾り」というものを清花は僕に全く感じさせない。
 ファッションなどに無頓着というのでもない。シンプルでかっこいい。おそらく何も意識なんてしていないのだろう。身に付いたセンスが生かされているだけ。
 子供っぽい、というのでもない。でも、少女の清純さも感じさせる。大人の女の可憐さも持ち合わせている。
 これがデートで友人知人に目撃されれば僕はひたすら彼女の自慢をするに違いない。けれども、デートじゃない。仕事なのだ。
「いつでしたら、ご連絡がとれますでしょうか?」
「失礼ですが?」
「教材販売『風出版』の立華と申します。函館先生から本日来て欲しいとのご連絡を頂いておりますので、何時頃がご都合よろしいかと思いまして、お電話差し上げております」
 学校へ連絡するときは「教材販売『風出版』」の名前を使うということで打ち合わせがしてあるのだ、と後で知った。
「あ、そうですか。ちょっとまってくださいね」
「よくそんなセールスマン口調で話が出来るね」と、僕。
「なによ。がさつな会話しか出来ないと思ってたの? あ」
「ああ。風出版、きいておりますよ」
 電話の相手が変わったようだった。
「ことづかってます。電話があったら、正門から300メートルほど南の所にある、ええと、なんだったかな、そうそう『坂道の少女』とかいう喫茶店で待っていて下さい。とのことです」
「ありがとうございます。何時頃になりますでしょうか?」
「さあ。それは僕にきかれてもこまりますよ。ううん、4時くらいかなあ。今日は会議もないし、多分それくらいだと思うなあ。困ったなあ、でも本人じゃないから約束できないですよ。どうして最初から時間も約束してないのかなあ。まあ、いいや。僕、矢口と言いますから、4時になっても函館が行かなかったらまた電話下さい。」
「はい、ありがとうございます」
 矢口という男は面倒くさそうな口調であれこれと喋った。自分ではどうしようもないことまできかれて半ば困惑の様子が目に浮かぶようだ。けれど根はいいヤツのように思えた。というより、いいヤツなのだろう。自分は「4時位だと思う」と主観を述べ、それが正しくなかったらフォローしますよ、と言っているのだ。
 300メートルほど南と言えば、この辺りなんだけどなあ。
「あら、ここだわ」
 清花が指さしたのは、普通の庭付き一戸建て住宅だった。表札に「坂道の少女」と書いてある。
 看板なんて無い。まさしく「山田」とか「鈴木」などと書くべき表札に店の名前が書いてあるのだ。
 門は開いている。その先には普通の住宅の玄関。
 玄関まで来てやっとそこが喫茶店であることがわかる。
「喫茶軽食 坂道の少女」と、木の幹をスライスした5センチほどの厚さの看板がある。どうして地面から外壁にちょこんと立てかけてあるのかわからない。せめて上から吊せばいいのに。
 僕たちは「坂道の少女」の玄関を開けた。
 中はカウンターとテーブル席のある、普通の喫茶店だった。
 僕たちはテーブル席を選んだ。

 東中学校。2年B組。山下英二。成績もスポーツも中ぐらい。趣味、不明。少なくとも自分の趣味を友達などに自慢するような性格ではないらしい。
 自殺の原因は不明。
 いじめが原因だと周囲ではささやかれているが、新聞などによると、直接の原因を断定することは出来なかったとされている。受験や学業その他色々なことが鬱積してノイローゼ状態になり発作的に飛び降りたのではないかと警察では見ている。いじめの可能性について学校や教育委員会では否定している。そう報道された。
 別の新聞では「子供を取り巻く社会は、ある意味で大人社会より複雑になっている。原因の追求を急ぐあまりに根本的なものが見えなくなれば、第2第3の同様の自殺者を出す可能性がある。教育者、両親、精神医学者などがじっくりと話し合う必要がある。ひとつの出来事として扱わず、常設的にこのような問題を話し合う場が必要だ」などという教育評論家のコメントを掲載していた。
 そうだろうか、と僕は思う。
 簡単なことだと僕は思う。
 大人は子供達に正義を教える。その一方で大人達は平気で正義に反することをする。
 そういうデタラメさを子供達はきちんと見極めているのだ。
 学校では間違った歴史を教え、テストで得点を上げる技術を教える。
 僕は学校で受験テクニックを教えることは悪いことだとは思わない。けれども、受験テクニックだけを教えるのは悪いことだと思っている。
 しかしこれは学校の責任ではない。親が、大人が、社会が、それを望むからだ。
 わかりやすく言えば、「援助交際はいけないことだよ」と一般論を言いながら、でも自分は少女の身体を買う。
 それぐらいなら「売春肯定派」と「売春否定派」が討論会でもすればいいのだ。もちろん結論が出るわけもないが、それらのやりとりを聴いて自分で判断させればいい。
 政治家の汚職にしたってそうだ。きれい事を言いながら賄賂をもらうな。賄賂肯定派と否定派が国会で対決すればいい。
 子供達が歪んでいく課程に「直接の原因」なんてない。大人達の姿を見て少しづつ歪んでいくのだ。
 山下君の自殺にしても、おそらく最後に彼の背中を押したのは「いじめ」だろう。でも、それは直接の原因と言い切っていいのだろうか?
 調査の結果、もしかしたらいじめはただの噂でそんな事実はなかった、ということになるかもしれない。たとえそうであっても、あるいは噂通りいじめがあったとしても、僕は調査報告書に「単一事項だけが自殺の原因じゃない。最後に彼の背中を押しただけだ」と書きたいと思った。
 だって、そうだろう?
 誰だって、一度くらいは死にたいと思う。けれど、死なない。背中を押す力よりもずっと大きなパワーでそれを引き戻そうとする何かが働くからだ。
 そんな大きな力を振り切ってまで死んでしまう。
 たったひとつの出来事、例えば、「いじめ」が原因と言われる自殺においても、この世に「いじめ」から救ってくれるものなど何もないと、全体として世の中に絶望したから死を選ぶのだ。 山下君の場合はどうなんだろう。担任教師は彼のことをどこまで把握していたのだろう。
 函館福男。43歳。国語教師。
 調査の依頼者。
 山下君がどんな気持ちで自殺したのか知りたい、という。
 清花の想像では「原因がいじめではない。自分に責任はない」という確信を得るためのものかも知れない、という。
 ほんとうにそうなのだろうか。
 確かに僕は新米だけれど、自分なりの想いを持って、見届けたいと思った。

 函館は4時20分頃になってやって来た。
 僕と清花は横に並んで座っていて、テーブルを挟んだ向かい側に函館が腰を下ろした。
「はじめまして。調査員の方々ですね」と挨拶するその声は太く大きい。それでも場所をわきまえて日常よりトーンを落としている様子がわかった。
 体格にこれと言った特徴はなく、スーツを着て黙って座っていればエリートサラリーマンに見える。就職どころか卒業、卒業どころかひとつひとつの単位取得が危ない僕にとって、こういう男の存在を素直に認める気にはなれなかった。まあ単にいじけてるだけなんだけどね。
 しかしそれもスーツを着ればの話。チョークの粉をあちこちにくっつけたジャージ男に嫉妬する理由は何もない。声が大きいのも職業柄というより、ハッタリという感じがする。
 もっともハッタリでは負けない「オフィス『風の予感』」である。
「はじめまして。主任調査員の立華清花です」
「橘和宣です。」
 僕は初めて「調査技術士」の名刺を差し出した。
「事務所のお話では担当3名を派遣するとのことでしたが」
 函館が言った。相変わらず抑え気味の声で言う。
 それにしても3人とは。僕も知らなかった。
「ひとり遅れているようなので、すぐ連絡してみます」
 清花は携帯電話を取り出し、「あと10分したら来て」と、メールを打った。
 そうか。函館を待つ間、時々携帯をいじっていたのは、メールで連絡を取り合っていたのか。会話をするわけでなし、とりたてて気にとめていなかったのだが。
「なんだよ、僕は仕事のパートナーだろう? 隠すつもりはなかったにしろ、段取り全てを教えてくれていてもいいじゃないか」ナンてことを、僕は清花に今更言うつもりはなかった。
 前回の仕事でも、たまにそんな感じを受けた。例えば便利屋杉橋の存在と登場は僕にとって唐突だった。
 清花の言動にどちらかというと翻弄されていた前回と違い、僕も少しは慣れた、と思う。
 1から10まで全てを語るような女じゃないんだ、清花は。
 もちろん、「そんなことまであなたは知らなくていいよ」なんていうのとは違う。「それくらい、ちゃんと感じ取りなさいよ」というか「一緒に仕事をしてるんだから気が付いて当たり前」だとでも思っているようだ。いわゆる「あ・うん」の呼吸を彼女は求めているのだった。
 仕事は出来るのかも知れないが、パートナー役は大変だろうな、なんて思う。清花とのコンビは誰にでも務まりそうにはなかった。
 あれ?
 そういえば、僕は彼女のパートナーなんだな。いつの間にか。
 僕って優秀?
 そうではない。鈍感なだけだ。僕は清花に実はこんなことを考えていましたと後で知らされても、「水くさい」だの、「きちんと打ち合わせが出来ていない」だの苦情を言う気持ちにはならない。普通の感覚だったら文句のひとつも言いたくなるだろうなと思うにすぎない。つまり僕は普通の感覚を有していない?
 もしかしたら清花はそういう鈍感さを持ち合わせた仲間を求めていたのかも知れない。
「了解」と、清花の携帯にメールが届いた。
「すぐ、参ります」
 清花は函館に告げると、携帯電話をバッグにサッとしまい込んだ。
「お待たせして申し訳ありません。具体的な話は全員がそろってからということで」
 僕には清花の考えが手に取るようにわかる。
 相手を待たせながらあえて10分後を指示する。そして、具体的な話はそれからだと宣言して、会話が流れるのを阻止する。
 沈黙の、気まずい時間。
 その間に函館を観察しようというのだ。
 あるいは、事件と関係のない世間話に花が咲くのならそれもよし。
 函館はウエイトレスにコーヒーをオーダーした。
 僕もコーヒーのおかわりをした。2回目のおかわりで合計3杯ということになる。清花はアイスクリームを注文した。
 僕は窓越しに見覚えのある車が駐車してあるのを発見した。
 便利屋杉橋のライトバンだ。
(あ。3人目の調査員って...)
 僕は膝を広げ、トントンと、清花の太股に合図を送った。彼女が「何よ」とばかりこっちを見るのを確認してから、僕は視線を窓の外に向けた。
 清花は「そうよ」と返事したつもりだろう、軽くウインクして微笑んでくる。
 おいおい、そんな合図をしてるところを函館に見られたら変に思われるぞと思ったが、函館はうつむいて静かにコーヒーをすすっている。
 既に確認済みだったのだろう。清花がそんな失敗をするはずがなかった。
 メールからきっかり10分たって、杉橋がやって来た。10分の観察時間は僕たちに何ももたらさなかった。(と、僕は判断した)
 杉橋は彼なりに演出をしているのだろうか、スーツにサングラス、しかし相変わらずのヒゲダルマだ。
 杉橋は残りのひとつの席、函館の隣に腰を下ろした。動作は大きいのに、音を立てない。
「遅くなりまして」
 と、杉橋は机の上に名刺を滑らせる。
 肩書きは「オフィス風の予感 心理解析課 課長」となっている。
 おいおい。とうとう課長まで登場したよ。
「通常は」と、清花が言った。「二人で調査に当たります。心理解析の部署の者は通常は調査員の報告を受けて心理状態を解析するというデスクワークのみで、現場に出ることはありません。でも、今回は、ことの成り立ちが複雑そうですから、3人体制で当たります」
「わかりました」
「費用も相応にかかりますが、よろしいですか?」
「承知しているつもりです」
「結構です。では、調査にはいる前に、ぶっちゃけたところをお伺いしますが」
「なんでしょう?」
「依頼の目的はなんですか?」
 函館の目をまっすぐ見てきっぱりと言う。
 いいのか?
 単刀直入すぎないか?
 責任逃れのための依頼だったら厳しい態度で接する、しかし同情したフリをしてでも相手の懐に深く入らないと失敗する。
 彼女は僕にそう言いはしなかったか?
 そもそも質問がナンセンスだ。僕たちの仕事は「死者の気持ちを調査する」であり、当然依頼者の目的は「死者の気持ちを知ること」である。
 清花の質問は「なんのために知りたいのか」ということなのだが、そんなこと君たちには関係ない、と言われればそれまでである。
 知った後どうするかはまさしく依頼者の一存であり、それにより我々の仕事が左右されることはないはずだ。
 だが函館は答えた。
「責任をとるためです」
「せ、責任?」
「山下君の自殺はおそらく『いじめ』が原因でしょう。だが証拠がない。単に僕が『いじめが原因の自殺』だと確信しているに過ぎないわけです。学校がどういうところかみなさんはご存じですか? 一般の会社組織以上に組織なんですよ。証拠もなしに『責任をとる』なんてことはできない。
 いや、何も出来ないということはないんですよ。例えば、わたしがテレビのインタビューにいじめが原因でしたと答えるとか。だけど、それでどうなります? 個人対組織。下劣な週刊誌ならそれで色々書くでしょうけれど、現実的には『生徒に自殺された担任教師がノイローゼになり』などという公式見解が出るのが関の山ですよ。
 それにわたしひとりが責任をとってもどうにもならないし、何も変わらない。学校を巻き込まないとね。担任教師が無能でした、で終わらせることが、責任をとることだとも思っていません。
 それにね、人間なんて、いじめくらいでは本当は死んだりしない。ずっとずっと、何かがあったんですよ。最後の最後に、いじめが原因で糸がぷつりと切れた。それだけなんです。いや、個人的な責任逃れのためにそう言ってるんじゃないですよ。
 まあ、もしあながたが、担任教師が学校に責任転嫁しようと思って調査を依頼してるんだと判断するなら、それでもいいですけどね。違約金を払ってキャンセルするだけです」
「私達の調査に先入観はありません。調査結果を依頼者がどう運用するかも自由です」と、清花は言った。
「つまり、わたしの思惑なんか、関係ないと言うことですね」
「そうです。関係ありません。そのことを確認していただくために、あえて質問しました。失望しましたか?」
「少し残念です。わたしの悲壮な決意を理解した上で取り組んでいただけると思っていたものですから。でも、安心はしました」
「では、調査を続行します」
「お願いします」
「ところで、函館先生は、山下君に対するいじめがあったと認識しているんですね?」
「でも、目撃していません。教師のいるところで、そんなことをする子供はいませんから。もっとも目撃したと証言しても、上の方でもみ消されますけどね。だから、証拠が欲しいんですよ」
「私達の仕事は証拠探しとは違いますよ。死者の気持ちを調査することです。その課程でいくつかの証拠は必要になりますから、私達の手元に資料は残りますけどね。渡せと言われれば資料はお渡しできます。けれど、最終的には山下君の気持ちを調査することが目的ですから」
「わかっています」
「その結果、あなたがひどく傷つくかも知れません。山下君はあなただけを責めていたと言うことが判明するかも知れません。学校の責任まで追及できないかも知れません。構いませんか?」
「。。。。覚悟、してますから。。。。」
「わかりました」

 函館と別れた後、僕たち3人は少し山間部に分け入って、オートキャンプ場についた。
 聞いたこともない名前のワインを飲みながら、バーベキューをする。
「ホテル暮らしも飽きたし、たまにはいいかな、なんて思ったの」と、清花。
「少し変わったことをしましょう」と、杉橋は魚をアルミホイルで包んで火にかけた。
「道具、とか、材料、とか、杉橋さんが用意してたの?」と、僕。
「そうですよ。今日の依頼は、依頼人との面談の席に尤もらしい名刺を持って顔を出すことと、オートキャンプ場の予約、それからバーベキューの用意でしたから。風の予感さんのご好意で、一緒に参加させてもらっています」
「これも、必要経費として依頼者に請求するの?」
「まさか。ホテルの宿泊料と出張中の食事代としてしか請求できません。公私混同って言葉、知ってる?」
「でも、このキャンプ場安いんですよ。わたしの日当も、一緒にバーベキューに参加させるということでチャラにさせられてますし、ホテル代として請求した方が高くなります」と、杉橋。
「差額はどうするの? 返すの?」
「馬鹿ねえ和宣。仕事中にバーベキューしてキャンプしてましたなんて言ったら、依頼人怒るわよ。嘘も方便。差額はもらっときましょ」


「清花はどう思う? あの先生の言ったこと」
 夜も更け、杉橋はとっくに眠ってしまった。
 僕と清花は星を見ながら夜を全身に感じていた。
「いまでも、責任逃れのための依頼だと思う?」
「和宣はどう思うのよ」
「山下君が何故死んだか。いじめがあったかどうかは別として、自殺に至る過程にいじめ意外の色々な要素があったに違いない、その意見には賛成なんだ。それに、前に清花が言ったような、『いじめなんてなかった。だから俺には責任はない』ということを上手く証明するための依頼、というのとも少し違う気がする。でもね....」
「でも、何?」
「何か不純なものを感じるんだなあ」
「もっと、詳しく言ってみて。自分の気持ちを分析するのよ。何か、じゃなくて、何が? って問いかけるの」
「そうだなあ。山下君の痛みを理解しようとか、遺族の気持ちに近づいてお詫びがしたいとか、死者を悼む気持ちというのとか、そういう人の死に対する純粋さがないように思うんだよ。かといって、2度とこんなことがないようにするために、という前向きな姿勢も感じなかった」
「わたしも同じ意見。それで?」
「調査結果をどうしようとあなたの自由です。清花はそう言った。あの男は残念です、と言った。でも残念そうじゃなかった。安心しました、と言った。素直に受け取れば『事実をありのままに伝えてくれる』ということを確認できて安心した、と解釈してしまいそうだけど、僕は『余計なことには干渉しない』ことがわかって安心した、そんな風に聞こえたなあ」
「全く同じ意見」
「そう」
 前回の仕事では「それは違う」とか「この仕事の本来の目的は?」みたいなことを言われ続けたから、「同じ意見」を連発されて、僕は正直言って驚いた。
「ごめんね。また、煙草、吸う」
「いいよ。そんなこといちいち断らなくても」
「社長に言われてるのよ。煙草を吸う女はそれだけで先入観をもたれるから、仕事にマイナスだ、って」
「僕しかいないときは、いいんだ。もう清花に先入観を持つなんてことないから」
「どういうことよ、それ」
「もう、だいたいつかめたから、清花のこと」
 多分間違っていないだろう。もう、清花の言動に驚いたりと惑ったりすることはないだろうと思う。時々感動はするだろうけど。
「ばか。何言ってるのよ」
 清花は煙草に火を付けて仰向けに寝ころんだ。僕もその隣で同じようにした。
 薄くかかっていた雲はいつの間にか消えていて、満天の星空。月も明るい。
 月明かりで照らされた清花の横顔が僕の目に焼き付く。
 なんて綺麗なんだ。
 そして、どうしてこうまで颯爽としていられるのか?
 自然体なのか、演技をしているのか、ただ緊張しているだけなのか。
「和宣と仕事が出来て良かった」と、清花がつぶやく。
「え? なに?」
「なんでもないよ」
 宇宙の下の地球は平和で静かだった。


 



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