第3話 プレゼント「青空」   =4= 



 事業説明会はすごい熱気だった。それは既に開始前から熱かった。
 説明会の会場は市民会館大ホール。おおよそ1000人収容のホールだ。サラリーマンでも出席できるようにとのことだろう、夜7時のスタートだ。
 市民会館は大通を外れた地味な場所にる。閑散とした通りである。同じ通りに市役所や税務署、図書館、市民公園などが並んでいる。商店や飲食店などは大通りを挟んだ向こう側の通りに集まっていて、夜の繁華な雰囲気はこちら側にはない。
 5時を過ぎると人が散っていくこの通りに、6時半頃から再び人が集まり始め、ある一角だけが異様に混雑しはじめる。
 会館の入り口を中心にして同心円状に人の群は広がっていていく。
 愛の泉の事業説明会に出席するために、三々五々連れ立って人が集まってくるのだ。その人並みの中で、立ち話をしている連中がそこかしこにいる。
 その道を通り抜けようとしただけの通行人にとっては、ちょっとした恐怖心さえ抱かせかねないなと、僕は思った。
 ただ人混みがあるだけではない。人混みだけなら恐怖心など抱かない。その場の空気というものが、尋常じゃないのだ。
 「これ、みんな事業説明会に来た人達? なんか、マルチのくせに大々的にやってるなあ」
 僕は思わず感想を呟いた。もちろん小さな声で、である。
 「違う違う。言うたやないか。自分の下にメンバーを増やそうと思ったら、事業説明会に連れてこないとあかんって。そういうシステムや」
 「ということは、実際に説明を聞こうと来ている人は、約半分ということですね」
 「それもちゃうで。販売店やら代理店やらいっぱい来てる。自分は誰も連れて来なくても、とりあえず出席するんや。自分の知り合いや傘下が、誰かを勧誘するときに、ヘルプで同席するねん」
 「そうか、一人のカモを何人かで取り囲むって、昨日言ってましたね」
 「そや」
 「でも、自分の下のならともかく、ライバルのはずの、ただの知り合いの応援にも来るっていうのは、どうしてですか?」
 「盛り上げ役や。新人にとっては、これからこの商売をするかしないかを判断する重要な場やで。その肝心の事業説明会が閑散としてたらどう思う? 『よし、これで一発当てたろう』という気も失せるやろ」
 「まあ、そうですね」
 「だから、本部が動員をかけるんや。そして、きちんと出席をとる。
 支部に空席が出来たとき、総代理店の中から誰かを格上げして後釜に据えるやろ。事業説明会の出席率も、その時の判断材料にされるんや。それに、誰かが勧誘するときに手伝ってやったら、今度は自分も手伝ってもらえるやろう?」
 「もちつ、もたれつ、というわけですか」
 「そうやな。さ、そろそろ中に入ろか。後ろの方に座ろや。その方が全体の雰囲気がわかるやろ」
 「そうですね」
 人混みをかき分けながら、僕たちは市民会館の入り口に向かう。
 途中、清花が僕の背中を指先でツンツンとつついた。
 「なに?」
 「ほら、あそこ」
 清花が指さしたのは駐車場で、そこには見慣れたワゴン車が止まっていた。便利屋杉橋の車だ。
 「杉橋さんと、社長もいるわ」
 「心強いな」
 「何言ってるのよ。私が一番頼りにしてるのは、和宣なんだから」
 僕を? 一番頼りにしている?
 ストレートパンチを食らったみたいな台詞に、僕は上手く返事が出来なかった。
 「そして、これ」と、清花はセカンドバックから小さな無線機を取り出す。
 「車の中で、受信しててくれるわ」
 「うん」

 ホールの中は、路上以上に熱気に溢れていた。
 ロックバンドのコンサートのように、誰か特定のカリスマが、みんなを雰囲気の中に引きずり込んでいるのではない。
 会場にいる一人一人が、全身からパワーを発している。それがこの熱気の源だった。
 そこかしこで交わされる会話にも気合いがこもっている。
 「いやあ。苦労しましたけど、あと一人でわたしも代理店です」
 「うん、頑張りましたね。あなたの傘下には既に成績の優秀な人もいますから、代理店から総代理店までの道程は想像以上に楽でしょうね」
 「だといいんですが」
 「いや、あなたなら大丈夫。がんばってください」
 「はい」
 「一週間。一週間でケリをつけましょう。最後のダッシュです」
 「え? 一週間ですか。。。。」
 「代理店資格を取るための研修会があるんですよ。一週間以内にあと一人勧誘しないと、来月の研修会に申し込めませんよ。代理店になるための研修会、『指導者養成講習会』は2カ月に一度しかありませんからね。来月を逃したら2ヶ月間ワンランク上の活動が出来ないままになるじゃないですか。稼げるチャンスを逃してしまいますよ。残念ながらあなたの成績では、特例措置は受けられませんから、地道に研修会に出ていただかないと」
 「わかっています」
 「一週間しかないと考えたらダメです。一週間もあるんです。ほら、一週間もあったらなんとかなるでしょう?」
 「そ、そうですね」
 「これまでの苦労が報われるんです。あとたったひとりですよ。それであなたは報われるんです。いま踏ん張らないでどうしますか」
 「はい。がんばります。何としても一週間で!」
 「そうです、その息ですよ!」
 励まして、励まして、励ましまくって、その気にさせるのだ。
 こういったやりとりがあちらこちらで行われている。
 こっちではお互いの戦果を披露しあい、あちらでは声高に誰かが「成功論」のようなものをぶっている。
 会場の至る所で発せられる言葉には力が溢れ、体温を増幅し、空気を振動させ、「この場にいるものこそが成功者である」という錯覚まで起こしそうだ。
 この会場に連れ込まれて雰囲気に呑まれない方がどうかしている。
 これだけの人間が、こんなに情熱を燃やしている。その根拠は何か? このビジネスが成功するからである。誰だってそう思うだろう。
 「何するのよ!」
 すぐそばで女の絶叫が上がった。
 すぐそばだったからわかったようなものの、ほんの2・3歩も離れていれば、会場全体の空気の揺らぎにかき消され、全く気が付かなかったろう。
 見ると、男が女の髪の毛をむしるようにして掴み、引きずっている。
 「お前それでも人間か!」
 男の叫び声。
 男も女も高級そうなスーツをビシッと着込んでいるが、高級と上品はイコールじゃない。崩れた雰囲気の男女が着ていると、そのスーツは下品以外の何ものでもない。
 「客の取り合いをしたんやな」
 秋月が言った。
 「取り合い?」
 「友達同士で入ったら、勧誘先の友達かて、共通の友人ってことはよくあるんや」
 秋月の解説を聞いてる間に件の男女は僕たちの視界から消えた。
 間もなく始まるので席に着くようにとのアナウンスがあり、会場に流れていた音楽が変わった。
 音楽?
 それまできわめて威勢のいい曲調のBGMが流れていたことに、この時僕は初めて気が付いたのだ。
 対照的に荘厳なミュージックが流れ始め、ホールの照明が徐々に暗くなる。
 会場も静かになった。
 静かといっても、それまでの熱気を消し去るような、凍り付いた静けさではない。
 これから始まる一大ページェントを固唾を呑んで待ち受けるような、爆発寸前の静けさだ。
 司会者が舞台上に現れた。まず頭領が皆様に挨拶をもうしあげますと、抑揚のない口調で司会者は言う。その抑揚のなさが芝居がかっていた。頭領がゆったりした足取りでマイクの前にやってくる。
 皆さんと一緒に儲けましょう。皆さんと一緒に幸せになりましょう。皆さんが幸せにならなければ私は幸せになれない、だから、全力で皆さんのために働きます。皆さんとの太い心の絆だけが我々の財産です。さあ、明日から、いえ、今から、私達は幸せになりましょう。太い絆で結ばれましょう。たくさんお金を稼ぎましょう。
 とまあ、そんな趣旨だった。
 続いて成績優秀者の表彰が行われた。
 名前が呼ばれ、呼ばれた者が舞台上に現れると、成績が読み上げられる。
 その度にどよめきが起こるが、それがどの程度の実績なのか僕にはわからない。
 表彰状か何かを受け取ると、会場からは割れんばかりの拍手。
 今日初めてこの会場に来た人にとっては、僕と同様に「その成績がどれほどの偉業なのか」判断できないはずなのに、と思ったが、なんのことはない、ここにいるほとんどの人間が、既に愛の泉のメンバーなのだ。
 司会者がマイクを握り、これは売上高にしていくら、純利にしていくらです、と解説をしてくれた。
 「これは先月1ヶ月間の成績です。エリートサラリーマンが順調に出世街道を登り、定年近くなったら得られるであろう年収とほぼ同額です」
 司会者がさらに解説を加えると、さっきのとは種類の違うどよめきが起こる。これが正味、事業説明会を聞きに来ていた人から発せられたものだろう。
 成績優秀者の発表は3名。
 いつの間にか舞台の端にさきほど頭領と名乗った人物がマイクを持って立っていて、「嘘みたいでしょう? でも、これが現実なんですよ」と言った。
 続いてナントカ指導員という肩書きの人が、これは文字通り事業の説明を行う。
 成績優秀者の表彰が行われたばかりだから、事務的な説明であっても、聴衆の眼差しは真剣だ。「どうしてあんなに儲かるのか」と、興味津々なのだ。
 そして、最近総代理店に昇格したばかりという人が舞台に立ち、体験談を語った。
 30歳になるかならないか、という程度の女性だった。
 彼女は、はやる気持ちを抑えながら努めててゆっくり喋る、という感じで語り始めた。
 事業説明会に参加して、私はすぐその場で決意をしました。頑張れば頑張っただけ成果が得られるこのビジネスこそ、働く人々を幸せにするものだと確信したからです。
 私はそれまで総合職のOLだったんです。男性に混じって営業をしていました。
 ノルマがあります。達成できないと社内で小さくなっていなくてはいけません。罰則規定こそないものの針のむしろのようです。かといって、ノルマを越えた実績を上げても、給料は変わらないんです。ボーナスだって、会社全体の成績が悪ければ期待できません。労働者にとってこんなに不利な条件が、実は会社社会では当たり前なんですよ。
 でも、ここでは、売ったら売った分だけ見返りがあります。
 自分一人が養えればいいんです。会社を養う必要はないんです。この意味、わかりますか? 自分が食べていく分を稼ぐだけでいいんですよ。OLに比べて仕事量は格段に減るわけです。好きな時間に仕事が出来ます。ということは、プライベートな生活を豊かに出来るんです。
 いっぱい残業して、休日出勤をして、そして得られる月給は一緒。こんな馬鹿馬鹿しい話はないですよね。
 ここなら、例えば、1カ月間がんばって、次の一月はリゾートで暮らすことも出来るんです。もちろんリゾートなんてせずにガンガン稼いだっていいんですが、そんなことをしたらお金の使い道に困ってしまうでしょう。
 そんな風に考えて、私は会社を辞め、早速、愛の泉の販売員になりました。販売員になるには、最初に研修に参加しなくてはいけません。研修は全国主要都市でほぼ週1〜2回行われますが、私と同じ研修を受けたいわば同期は13人でした。私は今でこそ、この中で一番の売上げを誇っていますが、最初はさんざんでした。どれだけ努力しても苦労をしても、全く売れなかったのです。それがある時を境に同期の中で一番になったのです。なぜだかおわかりになりますか?
 私はすごく簡単なことに気が付いたのです。
 お金を儲けること、売りつけることばかりに気を取られていて、人と人の絆の大切さに思い至らなかったからです。
 これを教えて下さったのは、本部のアドバイザーの方です。
 最初に仕入れた在庫のひとつを使って自宅にクリーンハウスキットを設置して、そこに親戚やお友達を招いてお茶会やパーティーをし、そして、このキットの素晴らしさを語りなさい。こう教えられたのです。
 冗談じゃない、と最初私は思いました。ただでさえ、最初に500万円も投資して仕入れてるんです。それが一台も売れないのです。にもかかわらず、その一台を自分で使いなさいと言うのですよ。自分の利益を自ら放棄するような真似は出来ません。私はそう答えました。
 一台ぐらいが何だと言うんです。この一台が残りの9台を売ってくれるんですよ。全部売れたら一台が無駄になっても、充分儲かるでしょう?
 よく考えて下さい。販売員が自ら使っていないような商品を誰が信用しますか?
 アドバイザーの方はこう言われるのです。
 販売員になって3カ月が経っていました。どうせこのまま全く売れないぐらいなら自分で使ってしまえ、そんなやけくそな気持ちで、取りあえずやってみることにしました。
 私は自宅にクリーンハウスキットを設置して、懐もだんだん苦しくなってきていたんですが、言われたとおりにお客様を招きました。
 お茶やお菓子を振る舞い、時にはホームパーティーまでして、本当にたくさんのお客様に来ていただきました。
 知り合いとか、お友達とか、親戚の人とかです。
 アドバイザーの方に、「見栄を張らなくてもいいけど、ケチケチした態度をとってはダメですよ。普通に楽しく振る舞いなさい」と言われていましたので、その通りにしました。
 ある時、「あなた仕事を辞めたと聞いたけど、こんなことばかりしていていいの? 次の仕事を探さなくちゃ」なんて言われたんですが、実は私は独立開業をしてて、好きな時間に仕事が出来るの、なんて答えたんです。
 そして、クリーンハウスキットの無店舗販売をしているんだ、会社に搾取されないので、働く時間も短くて澄むし、収入は大きいんだ、なんて説明しました。本当は一台も売れてなくて焦ってたんですけど。
 この部屋にもその装置は設置してあるの、空気が気持ちいいでしょう? そういったら、クリーンハウスキットそのものに興味を示す人もいましたし、独立開業ということに興味を持った人もいました。
 そして、売れ始めたのです。
 もちろん、新しい販売員の勧誘もできました。
 私はやっと気が付いたのです。「売ろうと焦るばかりに、絆を大切にしていなかった」ということを。
 素晴らしい商品なんだから、苦労して飛び込みで訪問販売しなくても、私のいつもの絆、お友達とか、親戚とか、そういう人に勧めてあげれば良かったんです。
 なにも見ず知らずの他人に、空気が綺麗になって健康的で幸せな生活が出来ますよなんて、教えてあげる義務なんて無いじゃないか、と。
 自分で一台使っていましたから、残り9台。アッという間に売れてしまって、それでも足らなくなりました。後は注文制ですから、一切の在庫を持たずに仕事が出来るようになりました。
 しかも、私がこのビジネスで成功していることが、周りに何となく伝わるんです。気が付いたら私は代理店になっていて、そして、つい先日総代理店にさせていただきました。
 総代理店というのは、自分の下に代理店があるわけですから、つまり、私が勧誘した人もこの仕事の素晴らしさに気が付いたということです。
 みんさんそれぞれの絆を糧に、販売活動を行っています。優秀な方は訪問販売や電話セールスなどで、これまで何のお付き合いもなかった方への販売や勧誘を成功させています。そして、そういう人達がまた絆を使って仲間を増やして行くんです。もはや私は何もしなくていいんです。ただ、人と人との繋がりを今まで以上に大切にする、それだけなんです。
 実際の販売活動は最前線の販売員や販売店の方々がされるわけですから、私はこの歳で、会社で言えば部長クラスなわけです。
 わずか、2年です。
 2年で部長になれる会社なんてありませんよね。
 最初私はコツがわからず苦労しましたが、本部のアドバイスを受けて見事にビジネスチャンスをものにすることが出来ました。今回ここに来られてる皆さんは、私から既にコツを伝授させていただきました。成功間違いないでしょう。一緒に幸せになりましょう。
 舞台上の女性は語り終えると深々とお辞儀をし、会場は拍手で彼女を見送った。
 僕は「絆」と「一緒に幸せになりましょう」が、この組織のキーワードなのだなと思った。
 この言葉には心を虜にする魔力がある。
 言葉巧みにカモを誘い込もうとしている連中がこの中にはうじゃうじゃいるのは承知しているが、少なくとも彼女の「体験発表」はそうではない。本気で「絆」だの「一緒に幸せに」などと語っている。
 頭領にしてもそうだ。大儲けしてやろうという野心は見えるが、少なくとも我々への語りかけには「気持」がこもっている。
 だからこそ言葉には魂が込められ、人は乗せられるのだ。
 もっとも本部だって、「上手いこと騙して儲けましたよ、わっはっは」なんてことを公言はばからないヤツに、体験発表させたりはしないだろう。

 「清花チャン、和宣クン、いよいよこれから個別勧誘になるんやけど、ちょっと説明しとくわ」と、秋月。
 「はい」と、僕は応え、清花は小さく頷いた。
 市民会館のロビーは、ホールから出てきた人達でごった返している。このうちの何割かは、これから僕たちと同じように回りをマルチの手先に取り囲まれて、執拗に誘い込まれるのだ。
 「これからワシが、サテンかファミレスかどっかで清花チャンと和宣クンを勧誘するんやけどな、同席するモンがおるねん」
 「ヘルプの人ですね」と、僕。
 「ヘルプに来るんが、代理店の手塚いう人や。それからもう1人、同じく代理店ランクの山田はんが、新人候補を同席させるねん。つまり、わしがあんたら二人、山田はんがもう1人、まとめていっぺんにはんこつかせよう、ちゅうわけや」
 「複数の代理店が複数の新人を勧誘するっていうのは、やりやすい方法なの?」と、清花。
 「さあ、どうやろ。勧誘される方は気が楽やろうけどな。せやけど、勧誘する方は雰囲気作るのに、苦労するかもな。勧誘される方の誰かが『そんなんインチキや。おまえら口先だけや』って叫んだりしたら、それまでその気やった人かて、辞めてしまうやろうしな」
 「苦労することを、どうしてわざわざするのよ」
 「あほ、これも調査やないか。ええか。和宣クンは簡単に落ちる役や。一方、清花チャンは簡単には落ちへん。おまけに愛の泉がどうやらまともな商売じゃないらしいと疑ってかかっている。そんな状態の中で、もうひとり、勧誘されるために連れてこられたヤツがどんな反応するか興味あるし、右に左に揺れたら、いろんな勧誘の手口や、裏側も見えてくるかも知れへん」
 「私達の芝居にかかっているのね」と、清花。
 「芝居なんかいらんで。和宣クンは、とにかくこれで『大儲けできる』と信じたらええ。一方、清花チャンは『こんなん出鱈目や』と最初から疑っている。自己暗示や。芝居がかったらバレてしまうがな」
 「わかった。和宣も大丈夫ね」
 「多分ね」
 実はこれが「調査」という名の仕事でなかったら、僕は引っかかってしまってるんじゃないかとすら思っている。それほど、ここまでの演出劇は見事だった。
 「ほんで、もうひとつ大事なことやけどな。ヘルプに来る手塚いうヤツは、今回の依頼者の親父さん、つまり被害者の直属の上司、ちゅうか、代理店や」
 「へえ。ちゃんと繋がりをつけたんだ」
 清花がヒューッと口笛を吹いた。
 「手塚さんが優秀やといううわさを聞いたんで、是非ヘルプをお願いしたい言うて、頼み込んだんや」
 「そしたら、僕は秋月さんの傘下に入るより、手塚の手下になった方が調査しやすいんじゃないですか?」
 「ええとこに気が付いたな。せやけど、それは出来へん。あくまで和宣クンはわいの見つけてきたカモや。横取りは仁義に反するんや」
 「でも、和宣は手塚の一言がきっかけではんこを押すとか、尊敬の目で手塚を見るとかして、取り入っておくと後の調査がやりやすそうね」
 「そうや。実はな、長谷川はんは後一人勧誘したら、代理店になれたんや。そしたら、手塚は総代理店になれるトコやったんや。後ちょっとやった。せやけど、総代理店を目の前にして、長谷川はんは死んでしもうた。わし、恨み言を聞かされたわ。代理店は、配下の販売店のうち、ひとつでも代理店になったら、総代理店に格上げなんや。せやけど、手塚の配下は、長谷川はん以外はボンクラばっかりやて手塚は言うとった。要するに、代理店の勧誘に成功して50万円を手に入れたものの、その販売員はその後さっぱり販売も勧誘もようせんのや。配下の販売員や販売店が、頑張ってくれるから、代理店は寝てても儲かるねん。けど、自分の配下の成績があがらんかったら、代理店言うてもさっぱり儲かれへん。その中で唯一長谷川はんだけが売り上げてたんや。でも、あとひとついうところで亡くならはった。せやから手塚にとっては何もかもパーや。せやから恨み言のオンパレードやな」
 「ひどい。マルチが原因で死んだかも知れない被害者を、加害者が恨むなんて」
 「清花チャン、声がちょっと大きいで」
 「あ、うん、気をつける」
 「代理店だの、総代理店だのいうたところで、所詮本部が儲けるためのシステムや。ようきいてや。初期に抱える在庫は10個や。これが売れないままに、勧誘だけ成功してランクが上がっていくわな。仮に自分が代理店として、配下の販売店が一人勧誘したら、10個売れるわけやから、50万円手にはいる。けれど、それまでや。商品は最初に10個買わされるから、実際に品物が動いて儲かるいうのは、11個目からや。そんなに売れるわけがない。ということは、儲けるためには勧誘を延々続けんとあかん、ということや。初期投資の500万回収するのには、10人勧誘せなあかんねんで。その頃には総代理店になってたりするから、若干仕入れ値は安くなるけどな。でも、実際はどうかというと、品物は本部で預かってるわけやから、商品が全く動かずにお金だけが動いてると言うことや。これ、マルチ講やで」
 「それじゃ、本部以外は全て実質上の被害者じゃないの」
 「そのとおりや」
 「ひどい!」
 清花にもようやくエンジンがかかったみたいだった。
 それは僕も同じだ。
 ここまで延々説明されて、ようやくカラクリが見えてきたような気がした。
 「ぶっつぶしてやる」と、清花は小さく呟く。
 清花のセカンドバックの中で、携帯電話が鳴った。清花が電話を取り出すとすぐに呼び出し音は切れた。
 そのかわりに、文字メッセージが現れた。
 「無茶はするなよ」
 間違いない、社長からのメッセージだ。
 そう、社長は僕たちのやりとりをずっと近くで聴いてくれている。





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