第5話 ティーンエイジャー「青春の光と影」  =3= 



 便利屋杉橋が調査中の僕と清花のもとに情報をもたらした。
 「沢村美代子はホームページを開いています。そこに、全てが載っていますよ」と。
 僕と清花は、ホテルのビジネスルームへ急いだ。そして、パソコンからインターネットにつなぎ、杉橋から教わったURLアドレスを入力した。
 パソコンの前に座ってキーボードをあたふたと打つ僕を、清花は横から僕を押しのけるようにして椅子にお尻を割り込ませてくる。 「ドットがひとつ抜けてる。ほら、私がやるわ」
「あんまり慣れてないから」
「わかってる。いいのよ、そんなの。ほら、表示に少し時間がかかりそうだから、なんか飲むもの」
「うん」
 良いように使われているが、これがまあ、僕と清花の呼吸なのだ。

 缶のオレンジジュースを二つ買ってきた僕は、他のデスクの椅子を引き寄せ、清花の隣に座った。清花は椅子ごと身体をずらして、僕からもディスプレイを見やすくしてくれた。

 ホームページタイトルは、『泣けない心』。
 泣けない心、か。僕は口に出さずにつぶやいた。
 愛する人を無くした悲しみは僕には想像することは出来ない。でも、ホームページのタイトルから彼女の心情を察することは出来た。彼女は詳しいことを何も知ることが出来ないでいるのだ。全てを知った上で悲しみという名の池の底でただ泣くことが出来たら、どれだけ心が穏やかになるだろう?
 清花はタイトルの書かれている最初のページを凝視するだけで、先のページへ進もうとはしない。マウスを持つ手が止まっている。清花も僕と似たような気持ちになっているのだろう。
 僕たちは沢村美代子と直接会話を交わしたことはないが、ホームページのタイトルを見ただけで、美代子がここで言わんとしている事をおおよそ察してしまった。満足とはいえないけれど、これまでの調査のおかげだった。
 誰も、何も、教えてくれない。知る手がかりがない。
 死んだ茨木省吾の両親にさえもたらされない情報を、家族でもなんでもない美代子などが知る術はない。でも...。
 家族でもなんでもないかもしれないが、美代子は省吾の恋人だった。全身全霊で彼を愛したのだ。でも、だからこそ、僕は思う。美代子は家族よりも省吾の近くにいた存在ではないのか、と。
 家族には血のつながりがある。けれど、恋人同士である二人の間には、ない。なのに、心も身体も惹かれあい、求め合い、与え合う。
 血の絆は切れないが、「想い」の絆は簡単に切れてしまう。だからこそ、必死になる。
 そんなふたりが、ある日突然引き裂かれてしまったのだ。
「痛すぎるよね」と、清花が言った。
「そうだね」と、僕。
「彼女は、彼の死を受け入れて、泣いて泣いて泣き尽くすことさえ、出来ないでいるんだわ」

 ××年7月、私は彼を失いました。彼は殺されたのです。
 彼は喧嘩で殴り殺されたのです。
 「ゲームセンターで口論になった少年達、無惨な幕切れ」と題された新聞記事。
 私は何も知ることが出来ませんでした。
 せめて、彼を殺した少年達の名前を知ることが出来たら。
 復讐をしようというのではないのです。
 せめてその名を呪うことで、私は生きていけるでしょう。
 でも、今の私は抜け殻です。

 いろいろ、ありましたが、わたしはいま、こうして、ホームページにことばをつづることで、かろうじていきています。

 タイトルページにはこのように文章が記されていた。

 便利屋の杉橋はホームページの存在を見つけただけでなく、当時の写真週刊誌の記事をファックスで送ってくれた。新聞のバックナンバーをいくら調べても事件直後の報道しか発見できなかったが、写真週刊誌は新聞と違って締め切りと発行のスパンが長い。そのため、たまたまそういう扱いが出来たのだろう。省吾を殴り殺した5人の少年達はすぐに捕まっていて、動機その他についてもあっさり自供していた。たまたま目が合った。態度が気に入らなかった。それだけのことであった。
 清花はタイトルページに存在する唯一のリンク先「私の心を読む」と書かれた文字をクリックした。僕はそれを横目で見ながらファックスの続きを読む。
 省吾を襲った5人組と、省吾たち2人は面識がなく、たまたまゲームセンターで口論となり、店員から注意をされ店の外に出た。そして脇の路地で喧嘩になった。
 写真週刊誌は省吾と一緒にいた友人も突き止めており、彼のコメントまで掲載されている。「おそらくそのままお互いゲームセンターを去っていれば何事もなかったと思いますが、茨木くんが罵声を浴びせるたので、手をつかまれて路地に連れ込まれた。僕はほとんど無視されていました。僕は立ちすくむだけでした。なにしろ相手は5人でしたし喧嘩なれもしているようでした。でもそれは喧嘩なんてモンじゃなかったです。5人と一人。一方的にやられました。僕は喧嘩なんて小学校以来したことないですし、加勢してもやられるのもわかってましたし、だいいち怖くて足がすくんでしまっていました。茨木君も喧嘩は強くないと思います。そういう人じゃないですから。ただ、一方的に因縁をつけられたことが我慢ならなかったんだと思いますよ」
 ちょうどファックスを読み終える頃、清花は「ねえ、これ」と、僕の袖を引っ張った。僕はディスプレイに視線を移す。
 二つ目のページが表示されていた。そこは目次になっていた。いくつかの表題が示されていたが、清花がマウスで指し示したのは、「私の知ることが出来た全て」と書かれたところだ。それまで矢印だったカーソルが、文字と重なると指差しマークになる。
 「ここ」と、さやかは言った。
 僕は「うん」と返事をする。
 恋人が殴り殺された事件に関して、美代子はどの程度のことを知ることが出来たのだろう?
 「ココから見よう」と、僕は言った。

 「私の知ることが出来た全て」のページには、まず、「知ることの困難さ」について書かれていた。

 葬儀で彼の死後初めてご両親にお会いしました。私と彼が付き合っていたことをご両親はご存知でしたので、私の姿を認めると、とりわけ哀しそうな表情になりました。私はご両親の前に立って頭を下げましたが、挨拶の言葉など出てきません。お2人は息子を失い、私は恋人を失ったのです。「ご愁傷様です」なんてとても言えません。何年か後にもし私たちが結婚していたら、その同じ言葉を私がかけられてしまうのです。今は結婚していなくても、心は彼と共にあります。そのことを彼のご両親はわかっているようでした。下を向いているうちに、「うっ、うっ、」という嗚咽が耳に届きました。彼のお母さんです。彼のお父さんが後で教えてくれたのですが、「それまでは弔問客の前で気丈に振舞っていたが、私が現れたことで、私の向こうに息子の姿を見て思わずこみ上げて来た」のだそうです。
 そして、私は「もう顔を見せないで下さい」と宣告されました。
 「あなたはまだ若いのだから、これからいろいろな人と出会い、新しい恋をして、結婚もしなくてはいけない。夢を抱いて人生を前向きに生きることが出来る。自分を磨いて社会に貢献することが出来る。立ち止まってはいけないよ」と。
 それが彼の両親の私に対する思いやりであることは理解できましたが、でも、それ以上に私と顔を合わすのが辛かったのでしょう。だって、私と彼のご両親の間には、「彼」しか存在しなかったのですから。友人・知人でもなければ、親戚でもない。だから、他の話題などありえないのです。私が彼のもとを訪れるたびに、ご両親は喪失感にさいなまれるのです。
 私は「はい」としか答えられませんでした。けれど、本心は、違います。ご両親を通して私は彼と語り合うことが出来る。私の知らなかった彼のあらゆる部分と。還らない人のことを語り想うのは辛く悲しく切ないばかりかもしれません。痛いだけかもしれません。そして、どんなに苦しみもがいたところで、元には戻らないのです。
 でも。それでも私は、もっと彼に触れていたかった。
 けれども、それは私の我儘でしょう。

 私は葬儀の会場を後にしました。これで、私と彼は、他人。

 時間と共に、怒りが込み上げてきました。自分に対する怒りです。死んだものは元には戻らない。だからといって、これでいいの? 彼と、そして彼のご両親と決別して、これからは何も無かったかのように生きていこうとしていた、私への。
 もっと、知ろう。そう思いました。
 省吾、どうしてあなたは喧嘩なんかしたの? 相手は見るからに乱暴そうな相手じゃなかったの? 逃げることは出来なかったの? それとも、立ち向かわなくてはいけない、そう思ったの?
 嫌な奴からは遠ざかって、そして楽しく生きていく、そんな風には考えられなかったのね。うん、そうよね、あなたはそんな人だから、わたしはあなたのことが好きになったんだわ。
 ねえ、省吾。わたしの知っているあなたは、あなたのほんの一部。もっとあなたのことが知りたい。あなたは何を想って生きていたの?
 五人対一人。柔和な笑顔に浮かぶ瞳は、あなたが喧嘩なんかしない人だと教えてくれる。なのに、なぜ? 立ち向かっていったのはなぜ? 勝てるとでも思っていたの? それとも、ただ、許せなかったの?
 もっと知りたい! もっと近づきたい!! もっと!!!

 「でも、結局、私は、ほとんど何も知ることが出来ませんでした」
 僕は、数行空けて書かれている、そのページの最後の文章を、声を出して、読んだ。

 美代子がその後に知り得た情報は、僕たちがさっき杉橋からファックスで受け取った写真週刊誌の報道と、省吾が襲われたときに一緒にいた彼の友人の所在だけだった。
 その友人のことをどうやって突き止めたのか、そこまではホームページに記載されていない。
 さらに最近になって、教育研究の分野でこの事件のことを分析して発表した人がいることを知ったらしい。それは論文として発表されているようだが、専門誌で入手は困難だった。詳しい心理分析などもあるのではないかという期待と、あくまで研究材料としてしか使われていないのなら悲しいという思いが交錯し、積極的に探す気にはならなかったとある。

 かつて恋人同士だった。そんなものは、法的には「何の縁も無い」に等しいのです。警察に行ったところで何も教えてくれそうにはありません。加害者の人権も保護しなくてはならないし、まして未成年です。情報は公開されません。私が手に入れることが出来るのは、マスコミなどが発表したものに限られるのです。ショックでした。大切な人を失った者が、その死にまつわる真実を知ることが制限されるのです。死を悼むものにとってこれ以上の仕打ちがあるでしょうか?
 彼の両親のもとにはもう少し情報がもたらされているかもしれません。たとえそうでなかったとしても、彼のご両親に会って彼のことを色々と訊けば、きっとわたしは今より少しだけ彼に近づくことが出来るでしょう。でも、それは出来ません。
 お金があれば、と、私は思いました。お金があれば、彼が殺されたときに一緒にいた友人を、転居先まで訪ねていくことも出来るでしょう。調査機関にお金を積んでいろいろ調べてもらうことも出来るでしょう。
 でも、私には、思いつくままにあちらこちらを訪ね歩くための資金すらありません。アルバイト? 学校へ行きながらバイトをして、どれだけ稼げるというのでしょう。そして、学校とバイト、そのふたつをこなしながら、どうやって彼のことを調べる時間を作るというのでしょう。


 そして、彼女の告白は、そこから若干の飛躍があり、最終的に援助交際へとたどり着いていた。彼がいない今、身体を重ねあうことは愛し合う行為ではなく、お金を稼ぐ道具である。美代子はそう書いていた。

 インターネットで検索をすると、美代子の探していた論文は、実は容易に見つかった。
 残念ながらそれは、美代子が期待するようなものではなかった。単なる研究材料に使われてしまった、というようなひどい取り扱いではなかったが、その他のさまざまな事件なども含めて、10代後半の心理や行動を分析するもので、ひとつひとつの事件の真相に迫るような内容ではなかったのである。
「ふうん、『キレるというのは、いわゆる頭がぶちきれて精神状態が正常ではなくなり判断力が鈍って感情が激することではなく、きわめて冷静な判断によって<キレる>と言われている行動をおこなうことである』だって」
 清花がその一部を読み上げた。
「面白そうな見解だけど、僕たちの案件とは関係ないんじゃないの?」
「そうでもないよ、ほら。『キレるとは、キレた行動をとることによって、相手を意のままに操れる・上位に立てる・絶対的に勝利するなどの場合のみ行われる。勝利することが出来るかどうかはきわめて冷静な判断に基づいている。そして、弱者に対してのみふるまう行為である。それは、一般的に口論や腕力で勝負をしたときにどのような結果が出るか、ということではなく、自分がキレた状態になったときに発生する強弱の関係である。そこまで冷静に判断を下してから行動を起こしているのだ。キレてもなお自分が負けると判断した相手にはキレることは無い』んだそうよ」
「つまり、5人は茨木省吾に圧倒的に勝てるという確信のもとに、襲うという行為をした、ということか?」
「どうかしら。彼ら的には、『気に入らない相手を殴り倒す』のは普通の行為で、キレた行動では無かったかもしれないけどね」
「ううーん」
「ディスカッションばかりしててもしょうがないわ。他のページも見てみましょう」

 美代子は、援助交際の相手とはテレクラで知り合っている。
 エグゼクティブでお金は十分持っており、性格は温厚で優しいひとだった。
 相手の男は「今まで出会った人の中で一番だ」と美代子に告げ、「専属になってくれ」と申し出た。美代子はそれを受けた。
 その度に違う人とセックスするのは、病気等の不安もあるし、なかにはとんでもない人だっているだろう。一人の人とお付き合いをするならその方がリスクは低い。
 そのような内容のことが書かれている。援助交際というよりも愛人契約みたいなものだろうか。
 ま、どちらにしても、売春には違いない。
 お小遣いをくれるだけではなく、服やアクセサリー、化粧品なども買ってくれ、終始優しくて振る舞いは紳士的、大切な人を失って荒れた心をほんの一時だけだが癒してくれたと、ホームページに美代子は告白している。
「夢を見ていたのね、きっと」と清花が言った。
「夢? 誰が?」
「決まってるじゃない。美代子を買ったおじさんが、よ。どんなに温厚な人でも、感情はあるでしょう? 時には腹も立つし、大声で叫びたくもなる。そういうのを一切廃して、穏やかで静かな時間を、かわいい女の子と過ごす。ただし、お金で買っていたわけだけどね」
「清花がおじさんの心理までわかるとは、驚いたよ」
「ていうか、美代子がそういうキャラクターなんだと思うな。一緒にいると、刺々しい気持ちを消し去って、ほのぼのさせてくれる人っているじゃない。美代子がとても繊細で感受性が強い子なのは、このホームページからでも想像できるわ。そういう彼女のキャラクターがおじさんの心に触れたのよ。心の中に土足で上がりこむんじゃなくて、そっと心の襞を優しく撫でてくれるような、そんな触れ方よ。だからこそ、おじさんは『今までの相手の中で最高』って言ったんだわ」
「言われてみれば、なるほど、だけどね。でも、断定するのはどうだろう? ホームページの文章だけしか、僕たちには判断材料が無いんだぜ」
「んー、和宣にはわからないのかなあ。わたしにはわかるよ。断定しても差し支えないよ。本当にわかるもの」
「どうして?」
「だから、和宣にはそういう相手がいないから、わからないのよ」
「悪かったね」
「あ、ごめん。そういう意味じゃないの。そういう相手が必要でない、という方がどちらかというと正常だと私は思ってるの。必要でない人はね、まわりにそういう人がいても気がつかないの。だけど、私にはそういう人が必要だから・・・」
「こっちこそ、悪かった」
 僕は素直に謝った。清花は交通事故で恋人を失っており、その死からまだ立ち直れないでいる。精神的に「穴」を清花は抱えているのだ。
「ううん、いいのよ」
「だけど、そういう相手がいれば、心平穏に保てて、立ち直れるんだろう? だったら、調査中でもこんな風に外泊なんかしないでさ、仕事とプライベートは切り離して、ちゃんとその人との時間を大切にすべきだと思うけど」
 ちょっと言葉が刺々しかったかもしれない。僕はその相手に嫉妬を覚えたのだ。いかにも清花のためを思っているという台詞を発しながら、その実、嫉妬のために意地悪なことを言っている。僕と清花は付き合ってるわけではないけれど、僕は清花のことが大好きだ。そして、清花も僕のことを。お互い積極的にそれを伝え合っているわけではないけれど、通じ合えていると思っていた。それは僕の身勝手な思い込み?
「ばか。必要のない人ってのは、本当に気がつかないのね。我ながら自説に自信を持つわ。
 その相手ってのは、和宣、あなたのことなのよ」
「あ!」
 しまった、と思った。
 前にもこんなことがあったような気がする。あの時は、清花の気持ちが僕から離れていくことが心配だった。けれど、不思議と今はそうは思わない。それよりも、清花の心に傷を負わせてしまったのではないか、それが気がかりだ。
 確かに僕と清花はステディな関係ではない。でも、それがなんだと言うんだ。人と人との繋がりはそればかりではないし、もっと大切なもの、深いものがたくさんある。僕は「風の予感」でそれをさんざん学んできたんじゃないのか?
 これまでの経験が何の役にもたっていない。僕は阿呆だ。
 「ごめん」
 今日の僕は謝ってばかりいる。
 「また、清花を傷つけてしまった」
 ふう、と清花はこれみよがしにため息をついた。
「そう思うんなら」と、清花は右手を振り上げ、げんこつを作った。
「逃げるなよ」
「に、逃げないよ」
「そうだ、目を閉じな。逃げないつもりでも、見えたらよけるかもしれないモンね」
「わかった」
 一発ぐらい、殴られてやるよ。
 僕は、目を閉じた。
「それから、歯を・・・・」
「食いしばるんだね」
 とことん、清花にあわせてやろうと思った。
「ううん、歯は食いしばっちゃダメ」
「え?」と、思わず目を開けてしまったのは、清花の口調が急変したからだ。「お前みたいなわからず屋は、一発おしおきに殴ってやるぞ、へっへっへ」てな感じのトーンだったのが、突然甘い口調になったのだ。
 げんこつが、イチゴになった。
 目の前に清花のアップが迫っていた。
 僕が目を開くと、清花が目を閉じた。
 そうだよな。もういいよな。僕たちはわかりあっているよ。

 翌朝、朝食を取りながら、その日の行動予定を清花と打ち合わせる。
「沢村美代子さんに会おう。僕は是非会いたい」
「そうよね。私もそれがいいと思う」
「でも、どうやって会おうか。家には電話をかけづらいな。なんといっても、その母親が依頼者なんだから」
「ホームページを開いている人には、メールで連絡をつける。これが一番よ」
 再びホテルのビジネスルームに赴いた僕達は、インターネットに接続して美代子宛メールを送った。そして、一旦事務所に戻ることにした。メールは本人がチェックをしない限り相手に読まれることは無い。電話と違ってタイムラグが発生する。その間の時間を利用して、僕たちは捜査方針を社長に報告することにしたのだ。なにしろ、調査対象になっている人物に会うというのは異例のことだから。調査対象になっているのは正しくは美代子の恋人だが、この調査は母親から依頼されて美代子のためにやっているのだ。調査対象に会うのと同じことである。
 ホテルをチェックアウトして駅へ向かう途中で、清花が言った。
「あ、あのね、昨日言い忘れたんだけど」
「なに?」
「もうわかってると思うけど、念を押しとく」
「だから、何だよ」
「和宣が、私をね、傷つけることなんてないんだから。あったとしても、それ以上に癒されてるから。そりゃあ、人間が2人いたら、いろいろあると思うよ。けど、もう、私のことを傷つけたんじゃないかとか、そんなことは考えないで。私はあなたなら、傷つかない」
      
 



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