3.
真也にとってミコは初めての女だった。 それまでにも女の子と付き合ったことはある。けれど、キスも含めて性的な関係になったのはミコが初めてなのだ。 セックスに興味が無かったわけではない。「この子とセックスするんだ」という実感がもてなかっただけだ。「どうやって誘っていいのかわからなかった」というのもあった。 公園のベンチに彼女と二人で並んで座っていて、会話が途切れたりする。一般的にはこんな時にキスしたりするんだろうな、とか思ったりは、する。 「キスしていい?」と訊けばいいのか? だけど、断られたらどうするんだ? 「キスしていい?」と訊くのではなく、「キスしようか?」って提案するのも悪くない。 それとも、いきなり顔を近づけるのか? 今はそういう雰囲気なのだろうか? どうも、よくわからない。 わからないといえば、キスのあとどうしていいのかも、さっぱりわからなかった。 二人で並んで座り、彼女の肩に手を回しながら、勃起した自分の性器をもてあますばかりだった。 |
ユーモアのセンスは普通程度にはある。 ものごとの考え方は、ある程度の偏りはあるかもしれない。が、その部分は自分の中だけでとどめておくという程度の心得は持ち合わせていた。それに、偏りといっても「個性」の範疇に収まる範囲内だろうとは思う。 見栄えはそこそこで、少なくとも「一緒に歩いていて恥ずかしい」なんてことはない。 そんな真也だったから、相手の女の子が、真也と一緒に居て「つまらない」とか「不愉快」とか「恥ずかしい」などということはなかった。それなりのデートは出来た。 が、一緒にいるだけで幸せ、というのは長く続かない。性的関係の進展も含めてのドキドキがあってこそ、恋人同士の楽しさや切なさがあるのだ。 手をつなぐだけで得られたトキメキも、慣れてしまえばそれが当たり前になる。ドキドキしなくなるわけではないが、次のステップを期待する。進展するからこそ恋人同士だ。 いや、進展するだけが全てではない。したいけれど、しない、というのももちろんある。しかしそれも、「したいけれどしない」という進展の仕方の一種類だ。 だから、いつまでも身体を求めてこないボーイフレンドに、いつしか恋人は不安になってくる。いざ求められたら拒否してしまうかもしれないと思いつつも、求められないと欲求不満も募ってくる。 せめて「本当は求めたいんだけど」というそぶりがあれば状況も変わっていただろうが、真也にはそれもなかった。 それは肉体的なことばかりでない。真也の熱い想いが伝わってこないということでもあった。 真也がミコ以前に付き合った女の子は3人。別れの原因が総じてソレであったことを真也は知らない。 マイペースで無頓着な真也。だからこそ、他人と比較しての劣等感と無縁であったともいえた。 けれど、周りはそうではない。異性と付き合ったことがない人、身体の関係へイマイチ進めない人、セックスは知っているけれど喜びを覚えるには至っていない人、十分な経験を経ている人、夢中になりすぎてしまった人、それぞれに思うところがあり、悩んでいた。親しい友達同士で情報交換や相談をしあうのが普通だ。 恋人とのアレコレだけではない。不倫のために歓びと苦悩の両方をいっぺんに味わう子もいたし、恋愛感情を持たない奔放な性的関係を喜々として語る子もいた。 真也と付き合った女の子達は友達同士でそんな話題になると、取り残されたような気持ちになった。……恋人がいるのに、エッチな関係がない……。真也が理解できない存在になっていく。 「キミのことを大切に想ってるから手を出さない」というのが、古いだけの考え方だとは思ったりはしなかったが、ものには適度というものがある。唯一の合理的な解釈は「真也は自分のことをなんとも思っていない」だった。 |
真也の付き合った女の子3人のうち、処女だったのは1人。真也との経験を強く望んでいた。早く経験したいと願っていた。真也ならいいと思った。けれど、真也はその気持ちにこたえなかった。 残りの二人は処女ではなかった。そのうち1人は、前の彼があまりにも身体ばかり求めてくるので気持ちが見えなくなったのが別れの原因だった。だから、簡単に身体を求めてこない真也に最初は好感を持ったが、やがて不信感に変わり、気持ちが覚めていった。 そしてもう1人は、「お付き合いをするイコール肉体関係」と思ってる子だった。その子から真也に告白した。真也はオッケーをした。クラスでも一二を争う色っぽさで、潤んだ瞳が男をそそらせる。胸の膨らみも腰のくびれも抜群だった。身体だけが目当ての男と一夜だけの関係を結ぶことも彼女にとっては当たり前だった。だから、真也は彼女にとって、ヘンナヤツだった。 |
ミコは真也がそれまで付き合った女の子たちとは根本的に違っていた。 自分から求めてきたのである。 ミコは一通り経験していたので、真也をリードする形となった。ミコの望むままにセックスをすればミコはたっぷりと感じてくれた。ミコ流のセックスを真也は教えられた。真也はミコ以外の女性を知らない。 長い付き合いなのでさすがにバリエーションも増え、セックスそのものを楽しむ仲にはなっているけれど、それでも基本に変わりは無い。 真也はミコの脇の下に両手をついた腕立て伏せの格好で、おでこから始まって耳、目、鼻、頬とキスし、唇を飛ばして顎、そして首筋を入念に唇で愛撫した。その間ミコは薄目を開けて真也の表情を見る。官能があるポイントを超えるとミコの瞼は自然に閉じる。その瞬間が「唇にキスして」の合図でもあった。 お互いの唾液をねっとりと絡ませながら舌で舌をまさぐりあう。 ミコはディープキスが大好きだ。真也はミコが満足するまでたっぷりと唇から愛情を注ぎ込む。その間にミコはどんどん官能の度合いを増してゆく。それに伴い性器が潤ってゆく。真也は左手の肘をつき、肘から先を曲げてミコの首の下に差し込む。こうして片手で自分の体重を支えられるようにしてから、ミコの秘部に右手を伸ばす。そして真也はミコのヴァギナがネットリと濡れていることを確認するのだ。 この状態になればミコに体重をかけても彼女は不平を漏らさない。真也は手で自分を支えるのをやめ、ミコにのっかる。乳房を唇で転がしながら、もう片方の乳房をゆっくりと愛撫する。その間ももう片方の手で膣や愛豆を刺激することをやめない。ミコの好きな三点攻めだ。 口に含んだ乳首を吸い、舐め、噛む。舌で転がす。もう片方の胸は手が担当する。揉む、さする、つまむ、ひねる、ひっかく。 穴の中の指を動かすと、ピチャピチャと音がする。 ミコが声を漏らす。 そして、ようやくミコが真也のペニスに手を添える。 |
真也が欲望のままにたけり狂うことは少ない。たいていミコが「入れて」と言うまでは入れない。しかも、入れてからが長い。 ミコは真也以外には、最初の男しか知らなかったから、とりたててそのことを評価していなかった。けれど、真也が大学に入り自分が就職をするまでの期間に、実は二人ほど経験している。浮気とも呼べない「つまみ食い」程度のものだったし、その関係は成り行きと心得ていたから真也から鞍替えするつもりは毛頭なかったのだけれど、そのほんのお遊びによって真也の挿入時間がいかに長いかを思い知ることとなった。 「入れて」と哀願するまではひたすら愛撫を続け、入れてからも長い真也のセックスは、ミコをセックスの虜にした。セックスそのものを教わったのは初めての人だけれど、その良さを教えてくれたのは真也だった。 もし真也と別れることになり、他の男と愛し合うようになったとき、その人のセックスで満足できるかどうかと考えると、とても不安になる。 だから、真也とは別れたくない。セックスのために別れたくないというのは不純な気もしたが、愛し合う二人にセックスは必要なものなのだから、当然その良し悪しも付き合う基準になるのだと自分を納得させたりもした。 真也がイクまでの間に、ミコは何度も頭の中が真っ白になり、身体に電流が走り、人のものとは思えない声を出し、脳みそが溶けていくのを経験する。それぞれが個別にやってくることもあったし、同時にそうなることもあった。 時間の経過とともにその間隔が短くなり、度合いが大きくなり、重なり合い、やがて継続し、上り詰める。そんな波が真也の長い挿入の間に繰り返される。 ようやく真也がイク頃には、ミコはもうへとへとになっている。 けれど、余韻を味わっているうちに、また変な気分になる。ムラムラと欲情してくる。 ミコはフェラチオをする。真也はすぐに勃起する。身体は疲れているのにまだ細胞が感応を求めている。ミコはこの段階ではじめて自分を解放することが出来る。自分が上にのったり、四つん這いになってお尻を突き出したり、足を大きく広げて舐めてもらったり、真也に色々と注文をするのだ。真也はあまりあれこれ言ってこないけれど、真也の気持ちいいやり方はわかっているので、タップリと真也にも感じさせてあげる。 タラーリタラーリと真也の先端から粘液が糸を引いて落ちてくるのを手や舌ですくうと、自分がとてつもなく淫乱な女になったようで、ミコは益々興奮した。 |
ミコが真也の下宿を訪ねてきて一緒に泊まることはよくあったが、夜を二人で過ごしたからといって必ずしもセックスをするわけではなかった。 1回きりで終わっても軽く3時間はかかるし、2回3回となると翌日に影響が出るからだ。 週末はたいてい時間を気にせずに燃える二人だったが、平日はしたり、しなかったり。真也とミコはこのあたりの呼吸が実に良くあっていて、片方が求めているときはパートナーもまた求めていたし、そうでないときは相手もそうでなかった。 この日、1回目の定食的なセックスを終えると、いつもはしばらく裸で抱き合ったまま余韻を味わっているミコが、珍しくさっさとシャワーを浴びに行った。 「もう少し時間が早ければ、お風呂屋さんに行って、手足を伸ばしたいところだわ」 風呂屋の営業時間はとっくに終わっている。 真也は服を着てパソコンのスイッチを入れた。来年4月新卒採用を予定している会社をネットでもう少し調べてみたかった。 それほど新しいパソコンではない。先輩から譲ってもらったものだ。購入時にはそこそこの性能を誇っていたパソコンらしいが、現在では完全に型遅れのスペックだ。 OSを新しいものに取り替えたものだから余計に負担がかかり、立ち上がりにも随分時間がかかるようになってしまった。 スイッチを入れてからパソコンが立ち上がるまでの空虚な時間、真也は何もすることが無い。勝手に現れては消える文字やロゴ。ぼんやりと眺めていると、決まって同じ情景が脳裏に浮かんできた。 小学校の3年生か、それとも4年生ごろだったろうか。 当時両親と一緒に住んでいた家の傍に、2級河川があった。川幅は5から6メートルくらいだろうか。今でこそその川はコンクリートで護岸を固められ、川原へは階段が設置され、その入口には鉄の扉とシリンダー錠が施されている。が、当時はまだ土の土手で好き勝手に雑草が生い茂り、踏み跡もあって人々は自由に川原に降りることが出来た。 普段の水量は少ない。一番深いところでも小学生の膝くらいだ。しかも、小さな中ノ島や足場に出来る大きめの石などがあり、それらを伝っていけば向こう側に簡単に渡れそうだった。 事実、友人たちは渡っていた。 しかし、真也だけは、それができなかった。 川原で遊ぶのが目的であり、向こう岸に渡ってそれからどこかへ行く、というわけではなかったから、遊び全体として真也だけが渡れなくてもたいした支障はなかった。メインの遊び場所が向こう側に移っても、友人たちはやがてこちらに戻ってきたから、真也はその間それをぼんやりと見ていれば済んだ。なぜなら、みんな自転車でやってきていたからだ。 一度自転車ごと向こうへ行こうと誰かが言い出し、真也は肝を冷やした。 このとき真也は「所属」というものを意識した。自転車があるために自分たちはこちら岸の所属とならざるを得ない。やがてはこちらに戻ってくる。しかしもし、自転車で自由にあちらとこちらを行き来するようになれば、「所属」というものがなくなってしまう。こっちで待っていればやがてみんな戻ってくるという安心感、それはこちら側に「所属」していればこそであった。 結局、自転車での川渡は失敗した。5台のうち3台は土手から川原に下ろすことすら出来なかった。かろうじてそれに成功した2台の自転車は実験材料という立場にしかなりえなかった。 川底は思った以上に難儀だった。大小さまざまな石がゴロゴロ転がっていてとにかく思ったとおりに進めない。石に乗り上げたらズズズと横滑りしてあっという間にバランスを崩す。石が途切れるとぬかるみ状になっていて、タイヤがとられる。進もうとすれば水の抵抗が行く手を阻み、上流からは圧力がかかる。激しくハンドルをぶれさせた挙句、横転。 全身ずぶぬれになった友人は、膝まで水に浸かりながら自転車を押してようやく川を渡り、向こう側の土手を苦労して自転車を押し上げた。水と泥でぐちゃぐちゃになった身体で自転車をこいで、道路と橋を経由して戻ってきた。 それ以降、自転車で向こうに渡ろうなどと言い出すものはおらず、真也は安心してこちら側に所属していられた。 そんな真也がたった一度だけ淋しい思いをしたことがある。 やはり、というべきなのかどうか、女性がらみだった。 学校でも評判の美人姉妹が、向こう岸から真也たちを見つけ、手を振ったのである。妹が真也たちとクラスメイトだった。 彼女は真也たちが手を振り返すだけだろうと思っていたに違いない。けれど、真也を除く全員、おそらく4人くらいいたと記憶しているが、とにかく自分以外は全て川を渡って向こうへ行ってしまったのだ。 もちろん、自転車がこっちにある限り、彼らはみんな戻ってくる。にもかかわらず、いつものような安心感は消え去ってしまっていた。 みんなの心が、そして自分自身の心が、こちら側の「自転車」ではなく、向こう側の「彼女」に奪われてしまったからだ。所属がこちら側ではなくなってしまった。 そのコは姉と一緒に塾に通う途中で、一緒に遊ぶことは出来なかった。ほんの二言三言、言葉を交わしただけでクラスメイトたちは戻ってきた。時間にすれば5分にも満たない。けれど、真也にとってそれはとてつもなく長い時間に思えたのだった。 ミコは自分に所属しているのか、それとも自分がミコに所属しているのか。それとも……。二人で二人が所属するべき場所を一緒になって作っているのか……。そんなことを、ふと、考えた。 答えを出したからといってどうなるわけでもないが、結婚という言葉が脳裏にチラつく。結婚だなんて、まだ実感がわかない。したいとも思わないし、ミコがその相手だと思うことも今は出来ない。 でも、やがては自分だって結婚するだろう。その相手がミコでない可能性は高い。だとすれば、いずれ二人は別れる運命にあるわけだ。そう思うと底なしの淋しさに心がとらわれるのだった。 「どう? パソコン、もう終わった?」 風呂から出たミコが真也の背後から声をかけてきた。 画面はパソコンを立ち上げた状態である。デスクトップにアイコンが並んでいる。背景は無愛想なブルーだ。壁紙は飽きるから使っていない。 真也はまだ何の作業もしていなかったが、ミコは全ての操作を終えてウインドウを閉じた状態だと判断したのだった。 「うん、終わった」と、真也は嘘を言った。 なんとなく気が抜けて、これから何かをしようという気になれなかった。それに、もう週末だ。今、ネットを渡り歩くのも、明日の日曜日に同じことをするのも、結局のところ同じである。 「そう、じゃ、もう一度、しよ」 バスタオルに身体を包んだミコが背後から真也を抱きしめる。 真也の前に回したミコの手はズボンのファスナーの上に到達し、指先が悪戯っぽく真也を弄んだ。 急速に大きくなってゆく真也。 「スケベだな」 「真也のせいよ」 これは嘘じゃない。ミコは真也によってトロトロにとかされるセックスを憶えたのだ。 |