敷き詰められた芝生が太陽の光を受けてまぶしく緑に輝いている。
そのまぶしさとは対照的に、枝葉の広い木の下には涼しげな木陰が広がり、噴水は僕たちの心に潤いをもたらしてくれる。
古めかしいレンガ色の校舎は、この中庭とのコーディネートによってデザインされたものだが、実際はハイテクを駆使した最新鋭の機能が詰め込まれている。
そもそも、太陽の光も植物達の緑も、人工的にコントロールされたものだ。
空気も。
温度、湿度から、風まで。
地球から遠く離れたこの星に人類が住み始めたのは、ええと……、何年前だっけ? 歴史の授業で習ったけれど、忘れてしまった。それほどの昔である。
具体的な年号は忘れたけれど「開拓物語」は記憶に刻みつけられている。それは、僕達この星に住む者にとって、代々伝えられる誇りの物語だ。
過酷な環境の中で、宇宙服に身を包み、地球の3倍はあるという重力に苦しめられながらの「開拓」。
最初の都市は、空調コントロールが完璧に施されたドームの中に建造された。
ドームは徐々に拡大され、また同時に新しいドームも建設されて、それぞれが連結される。
いまではこの星の大気そのものを「ドーム」とする星全体の空調コントロールが可能になったから、目に見えるドームは存在しない。
もちろん重力もセーブされている。地球に住む誰かがある日突然この星にやってきても、何の問題も無いはずだ。
なにもかも地球風に整備されたこの星で、僕たちハイスクール生は、戦闘技術を学んでいた。どの星でも開拓の歴史は過酷を極め、何十世紀もの時を経て人類が住める状態まで整えてきた。
だが、宇宙開発が一段落した僕たちの世代、今度は星間戦争により「開拓された星を破壊する」ことを学ばされているのだ。
誇りに満ちた開拓物語の後には、恥ずべき「戦闘の日々」が待っていたのだ。
「気候には『四季』があります。この星にも穏やかな四季が存在します。地球ほど大きな気候の変化はありませんけどね。地球を偲んで作られた人工的な四季ですから、住むのに苦労しない程度のものですね。単調な気候だと人間は退屈しますから。退屈は思考を停止させ、発展を疎外します。だから人工的に四季が存在します。
一方、人の心にも四季があります。例えば、夏。夏の心って、どんな心でしょうね。はい、ベッシャーくん」
「え、あ、あえ?」
僕はまさか当てられるとは思っていなかった。だいたいこの先生は、淡々と講義を進め、めったに指名したりしないのだ。
「驚きましたか? 先日、あなたの授業は冬だと職員会議で指摘を受けましてね。単調だし、当てないから、生徒達はみんな冬眠していると」
ここで笑いのひとつでも起きればまだしも、せいぜい一部の生徒が冬眠から冷めつつある程度だ。しかし、浅いとはいえ春が近づいてきたのかも知れない。
「さ、どうぞ。ベッシャー君」
「え、あ、っと、そ、それは……」
突然指名されて、しどろもどろになる。
「やる気マンマンで気力が充実しているときが心の夏だと思います」
僕はやけくそで答えた。
「彼女とエッチしているときが夏」
教室の片隅からヤジが飛び、それに呼応して「暑くてしょうがないので、クーラーの前で寝そべってダラダラして、強烈に冷えたスイカを食べたいなあと思っているとき」と、女の子の声が響く。
やれやれ。
人工的に作られた夏。その夏を過ごすためにエアコンをつける。どちらにもエネルギーが必要で、そのエネルギーは慢性的に不足している。
僕は先人達の開拓に対する考え方に大きな疑問を持たざるを得ない。
「心の四季。色々な考え方がありますが、わたしが言いたかったのは、実は戦争のことなのです」
戦争。
そう、なぜ、戦争なんかするんだろう。
地球しかなかった頃、国家や民族や宗教や言語、様々なことが原因で戦争が起こっていた。
地球政府という発想は遅々として進まなかったが、共同宇宙開発が進展するにつれ、「現実」に「行政」が引っ張られる形で進んだという。
「システムより既定事実こそが世の中を動かして行くんですよ」
授業ではそう教わった。
そして再び、星と星の戦争が「既定事実」となってしまった。
僕たちが生まれたときから戦争は存在し、その原因や理由は知識としてしか知らない。
資源・物価・気候・行政などは当然違うし、豊かでない国は豊かな国を羨んだり、ねたんだりする。ひとつの星で何世代、何十世代と過ごせば、その星独特の「人種」とでもいうべき特色も生まれてくる。その風土に根ざした偶像崇拝が育つこともある。
地球へのノスタルジーとその星独自の文化が融合すれば、地球への思慕すら星ごとに異なるものとなる。
そういった個々の異なりがやがての争いへとつながっていく。
同時に、ささいな共通点から仲間意識が芽生え、交流が始まり、物やお金が動いたり、軍事的同盟になったり。関係が複雑になればなるほど、動きが鈍くなり、疑心暗鬼も深くなる。こういう状況の中、微妙なバランスを保ちながら、そのバランスが局地的に崩壊しては修復される。
「やがて修復不可能な大きな崩壊も訪れます。すると戦争になるのです」
先生は、淡々とした口調で説明をした。まるでどこか、遠い星系でおろかな戦争が繰り広げられていて、それを評論するかのように。
けれど、それは今、僕達が住んでいるこの星のことだ。
誰だって戦争は避けたい。臨時徴発や徴兵が発生するし、物資が不足して物価も上がる。日常生活よりも軍事的なことが優先され、言動も制限される。景気は一時的に良くなるかも知れないが、いわゆる働き手が兵役などの軍事にとられるので、すぐに社会システムが疲弊してしまう。戦争なんてなにもいいことがないのだ。
だがら戦争抑止のために力が尽くされるが、その最たるものは「国際ルール」や「条約」ではなく、軍事力の強化である。
軍事力の強化とは、軍備であり、また軍人育成である。
僕たちの星では、5歳を迎える歳にジュニアスクールと呼ばれる義務教育がはじまり、12年間でそれを終える。その後、ハイスクールと呼ばれる職業専門学校へ進むものと、ユニバーシティという総合高等教育機関へ進学するものに別れるのだ。
ハイスクールでは各種専門技術を習得する。軍事もその中のひとつで、さらに軍人コース、武器・兵器を研究開発するコース、歴史を学ぶコース、諜報工作コース、軍事評論コースなど様々な分野に細分化されている。僕が選んだのは軍人コースで、その時々の経済状況に関わりなく給料を得ることが出来るのでそれなりの人気がある。ハイスクールを卒業すれば3曹として入隊できる。
ちなみに、ハイスクールで軍事教育を受けずに軍隊に入隊すれば「曹」よりもひとつ下、軍人としては最下位の「3士」からのスタートだ。別のコースを選んでいながら軍隊に入る人は稀だが、有事の際には徴兵があるし、自ら進んで入隊するものもいる。
危ういバランスではあるものの、現状は「戦争回避」への努力が各方面で行われているから、実際に戦闘が起こる可能性は極めて低い。入隊してからも訓練とシュミレーションに明け暮れる日々になるだろう。
もちろん未来永劫戦争が起こらないとは僕にも思えない。ただ、有事までに僕は「2曹」「1曹」と出世し、曹長または准尉くらいにはなっているだろうとの予測があった。安定した給与も魅力だったけれど、それ以上に戦闘時に「徴兵」されて、有能か無能かもわからない上官の指示に従うのなんてまっぴらだと思ったのが、軍人コースを選んだ最大の理由なのだ。
ユニバーシティを経て入隊すれば「准尉」からだが、頭でっかちで現場を知らないと悪口を叩かれることも多く、事務職か研究職で一生を終えるのがほとんどだ。僕は戦争をしたいわけではないが、戦時には戦場にいたい。でなければ、夢は叶わない。
「ベッシャー」
クラスメイトのアードルンが呼んだ。
「ほら」
紙パックの牛乳を投げてよこす。
「ああ、ありがと」
「ふん、いよいよだな。模擬戦闘航海。俺は一足先に済ませたけど、生やさしいもんじゃないぜ」
「そうらしいね」
生やさしいものじゃない、とは先生からも先輩からもずっと聞かされていたことである。だが、どこか遠い世界の話のように聞いていた。しかし、すぐ目の前に、カリキュラムの都合で先にそれを済ませた同級生に語られると、少し背筋が伸びた。
とはいえ、明るい太陽と涼しげな木陰を目にしながらでは、臨場感はわかない。
「まさかお前が軍人コースに進学するとはな、エセ反戦論者め」
「誰だって、戦争なんてない方がいいと思っているよ」
「そりゃあそうだ。だがな、守る者のためになら戦うっていう強い意志を秘めたものと、お前のようなとにかく平和主義者では根本的に違うぞ」
「戦争なんてそう簡単に起こらない。最大限回避の努力がなされるはずだよ」
「俺達が生きているうちに戦争なんて起こらない、そんな保証はないぜ」
「もし起こったら、戦場にかり出される。その時に、徴兵された一般市民として、無能な軍人に指揮されて無駄死にするのはゴメンだから」
「戦術や戦略を学んでおこうというわけか。有能な指揮官になるために」
「まあ、そうだね」
本当はもうひとつ、僕には強い動機があったけれどもアードルンには言わなかった。彼に言っても仕方がないなんて思っているわけじゃない。彼なら理解してくれるだろう。ただ、照れくさかっただけだ。
「もう一度言うよ。生やさしくないぜ。模擬戦闘航海。安全が保障されてるだけで、敵兵を殺すことには変わりない。味方も死ぬ」
「映像だろう?」
「半端じゃない。反吐が出るような映像だ。失神したヤツもいる。辞めるなら今のうちだ」
彼の言う「辞める」とは、コース変更のことだ。基礎教育のあと、軍人コース、研究コースなど各コースに分かれるが、その後に行われるシュミレーション(軍人コースの場合、模擬戦闘航海)で、「自分は向いていない」と判断すれば、コース変更が認められる。
理想と現実のギャップが大きかった場合を考慮しての教育システムだ。
「それは、実習が終わってからでも遅くないだろう」
「あのショッキングな映像はお前は見ない方がいいと思うからさ」
「ま、とにかく実習は受けてみるよ」
「そうか」
僕達の間に、しばらく静寂が流れた。紙パック牛乳をストローでズズズと吸う間抜けな音が、時々響く。
「あのさあ、ベッシャー……」
「なんだよ。……実習は受けるし、コース変更もしない」
「ああ、うん……。いや、おまえ、戦争なんか起こらないって思ってないか?」
「え? うん、まあ……。小競り合いはあるにしても、大きなのは、無いだろうな」
「実は、それ、雲行きが怪しいんだ。まだ一般的には知られていないけど」
「なんだよ、それ。一般に知られていないことを、どうして……」
どうしてお前が、と訊こうとして、やめた。アードルンの父親は、軍部の、それもけっこう上層部にいる。
「……、そうか、オヤジさんからの情報か」
「ああ。まだ誰も何も言ってないが、日常業務の内容が、パトロールから実戦配備にシフトしているとしか思えないって」
そうか。実戦が近いかもしれないから、それで、軍人になるのなんかよせ、と言ってくれているのか。
でも、だったらなおさら僕は、良い成績を残し、そして、出来る限り早く出世しなくてはならない……。自分の想いを遂げるために。
「大丈夫だよ。しっかり訓練、受けるから」
アードルンは「バカ野郎」と、力なく言った。
僕は今日の授業を思い出す。戦争とは「四季」。つまり、繰り返すもの。
じゃあ、戦争が起こるのはカッカと熱くなる「夏」なんだろうか、それとも身も心も冷え込む「冬」なんだろうか。
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