四季 four seasons
=1= 宇宙海賊の包囲からの脱出(4)

 

 通信室に向かったのには理由がある。これから仲間の船達に作戦を伝達すると同時に、本星へもそれを通知することである。第一艦橋からでも通信は可能だが、複雑な暗号化を行おうとすれば通信室を使う必要がある。
 戦闘時はそれぞれの持ち場できっちりと役割を果たすわけだから、第一艦橋と通信室が離れていても問題はない。だが、僕達は実習中である。将来、どの部署についてもいいように、実習時は半自動操縦を行いながら、色々な持ち場を巡りながら、模擬戦闘をするのである。通信室はだから、今は無人だった。

 しかし、僕には気がかりがひとつあった。教科書にこんなくだりがあったからだ。
「新しい暗号とその解読は、永遠のいたちごっこである。暗号は作った時点で解読されていると思うくらいの注意深さが必要だ」
 通信室へ向かって走りながら、僕はこのことをイシュル先生に伝えた。
「99%大丈夫よ。これから行う暗号送信は、最新鋭の技術だもの。正式な国家の軍隊ならまだしも、海賊船団なんかに解読できるわけないわ」

 イシュル先生は、走りながら、かつ僕の疑問に答えながら、インカムを使って艦内の生徒達に指示を与える。
 イシュル先生がインカムに発する声によると、生徒達は僕達のいた第一艦橋の他に、弾薬庫にもうひとりの先生と生徒5人がいたはずだが、ピークとライナによってスタンバイされたアローンゼロに搭乗を完了したと思われた。
「自動操縦プログラム、打ち込み完了」
 先生の耳に差し込まれたイヤホンから、ワグナの声が僕の耳まで届く。よほどの大声で叫んだのだろう。
「じゃあ、ワグナ。あなたもアローンゼロにスタンバイして。作戦実行の許可がおりたら、直ちに教官船へ待避よ。いいわね」
「先生とベッシャーは?」
「アローンゼロの船内での整備実習は、さっき終えたばかりでしょ? 発進前の点検の手続きを省くわ。あなたたちが出た後だったら、ルートオールグリーンの仮定で、目視発進もできるはずだから、管制もいらないしね」
「わかりました。それぞれの機のパイロットになったつもりで、起動と始動も済ませておきます」
 起動とは、コンピューターを完全に作動させておくこと。始動とは推進エンジンをアイドリングの状態にしておくことだ。
「ありがとう。助かるわ」


 さて、僕が立てた作戦とは、こうである。

 まず、僕達の実習船および教官船がバリアーを張る。船ごとに張るのではなく、僕達の船の全体を球形に包み込むように。各船のコントロールは教官船からリモートで協調して行う。こうすることで、バリアーのパワーが格段に強化される。
 そして、近距離砲を四方八方に大量に射出する。砲弾はバリアーに当って破壊される。これがバリアーの内側のいたるところで発生するのだ。これにより、僕達の船の一団は、球形の煙幕に覆われる。外からは目視することが出来ない。これだけ狭い空間で一斉に砲弾が爆発すれば、敵レーダーも撹乱され、僕達の位置を正確に知ることは出来なくなる。目視も機器による索敵も不能になるわけだ。

 このとき、僕達の乗っていた船は、ワグナが打ち込んだプログラムにより次の行動に移っているはずだ。
 ワープである。
 目標座標は、敵の旗艦。
 船がワープアウトした瞬間、僕達の船と敵の旗艦は、同一時間、同一時間に存在することになる。もちろん、物理的にそんなことは不可能だ。つまり、両艦のあちらこちらが重なり合い、潰しあう。敵の旗艦はあっというまに壊滅する。指揮系統を失って混乱している隙を狙って、僕達はこの宙域を脱出する。

 作戦がスタートしたら、遅滞なく進めなくてはならないが、それほどむつかしいタイミングを要求されるわけではない。しかし、難しい点もいくつかあった。
 ひとつには、敵の旗艦が動いた場合だ。ワープアウト地点が敵の旗艦と同一座標である、というのが絶対的なこの作戦の条件である。ワープアウト地点は目標艦にロックオンしており、流動的な状況に対応できるプログラムになっているが、それでも100%が保証されているわけではない。なにしろ、無人艦であるから、人の手による微調整がきかないのである。
 もうひとつは、バリアーの問題だ。味方艦の総力による協調バリアーだが、内側から自らの手によって砲弾を浴びせることになる。計算上、これには耐えられる。しかし、敵艦も同時に攻撃してきたらどうだろうか? 敵は我々をモニターしている。我々が、何らかの動きをすれば、その目的がわからなくても、無条件で攻撃してくることは十分考えられた。
 敵の攻撃力は不明である。内と外からの攻撃によって、バリアーが破壊されてしまったら、作戦の根底が覆る。

「メッセージが届いている」
 先生が言った。
 こちらから、作戦の内容を伝え、許可を得るべく開いた通信によって、本星のサーバーにストックされていたメールがこちらに届いたのだ。
 それは、僕に宛てた、恋人のシャナールからのものだった。
「無事に、還って来て」と、たったひとこと。添付された画像は彼女の、涙に濡れた笑顔だった。
「絶対、帰還する」
 僕は心に誓った。


「許可がおりたわ」
 イシュル先生が呟いた。
「作戦開始は、マルサンマルハチ」
「ただちに、じゃないんですね」
「第14艦隊が、ハイパーワープでこちらに向かおうとしているの」
「ハイパーワープ!」
 噂でしか聞いたことがない。その準備にかかる時間も、ワープ距離も、そして、ワープインからアウトに必要な時間も、これまでとは比べものにならないとされている。ただし、理論だけで、実際にそれを行うにはリスクが多すぎる。第14艦隊ではそれに成功したとか、失敗したとか、いくつかの噂が流れていた。正式発表はされていない。他国を牽制する目的で、中途半端な情報を流したというのが、評論家の間での定説だった。
「ベッシャー。あなた、敵旗艦を破壊したあと、どうやってここから脱出するか考えてなかったでしょう?」
 その通りだ。指揮系統を失ってしまったら、脱出などたやすいと思い込んでいた。
「指揮系統を失って、めくらめっぽうに攻撃を受けたら、せっかくの作戦も成功とは言えないわ。第14艦隊の目的は、混乱した敵をさらに外側から取り囲んで、私たちに攻撃を与える隙もなく殲滅せしめ、これをもって私たちを救出すること、よ」
「敵を……、殲滅……」
 僕はショックを受けた。混乱に乗じて僕達が上手にこの宙域を脱出すれば、こちらは無傷、向こうも旗艦とその乗組員を失うだけで済む。なのに、殲滅とは……。そこまでする必要があるのだろうか?
「大艦隊で包囲して、投降を呼びかける、とかじゃだめなんですか? アルテミスがいなくなれば、あんなの、ただの烏合の衆じゃないんですか?」
「烏合の衆ほど、怖いものはないわ。こちらの予想を超えた行動を取るわよ。こちらは軍事理論にそった教育しかされていないんだから、対応できない」

(そうだろうか? 本当にそうだろうか?)
 僕は考えた。アルテミス団は、一人の強力なカリスマによって統治されている。その指導者を失ったら……。予想のつかない無茶苦茶な攻撃をしてくるだろうか?
 確かに中には、独自の判断でこちらに攻撃を加えようとする指揮官もいるだろう。しかしそれは、一個艦によるものだ。他艦との連携などできないに違いない。しかもそれは、ごく一部の艦である。大多数は、指揮系統を失って、オロオロするばかりになるはずだ。
 一般の社会生活に馴染むことができずに飛び出した連中。しかも奴らは、好き好んで独裁恐怖政治で知られるアルテミス団に加わった。それは、「自分で適切な判断を下さなければ生きていけない」という市民生活を捨て、誰かに付き従う楽さを選んだからに他ならない。そんな連中に、自分たちで判断して攻撃する、なんてことなどできはしない。
 アルテミスの死を知って、彼らの頭の中は真っ白になるだろう。
 そこへ投降を呼びかければ、あっさりと応じるであろうことが予想できた。

 僕はその考えを先生に告げた。
「あなたの考えは、あながち間違いとは言えないわ。でも、あなたは指揮官じゃないし、軍事教習中とはいえ、あなたたち生徒はまだ民間人なのよ。軍部からすれば、100%の完璧さをもって守るべき存在なの。可能性がいくら高くても、それに賭けるわけにはいかないの。100%が要求されるのよ。わかるわね?」
 僕は仕方なく頷いた。
「いい? 第14艦隊がワープアウトして姿を現せば、いかに敵が混乱しているとはいえ、危険は増すわ。アルテミス団は、それこそどんな行動をとるか予想できない。既に敵は我々にロックオンしていると考えるのが妥当だから、ボタンひとつで攻撃を受けてしまう。 あるいは、反転して第14艦隊に砲撃を加えるかもしれない。だから、第14艦隊がワープアウトする時間から逆算して、その直前に私たちの船がアルテミス団の旗艦の座標にワープする必要があるわ。しかも、その間に敵陣全体に「旗艦が撃破された」ことを認識させるだけの時間は与えなくてはならない。 微妙なタイミングが要求されるわ。本星の指示に従って頂戴」
 やむなく僕は頷いた。
 悔しかった。軍部の「100%」だという作戦ほど、僕の方法なら細かいタイミングを要求されない。しかも、敵の無駄な死を避けることができる。果たして、どちらがより優秀な策なのだろう?
 軍部の立てた作戦なら、確かに僕たちが攻撃を受ける可能性はほとんどゼロだろう。しかし、作戦通りに我々が動ける可能性は下がる。タイミングを間違えば終わりだからだ。つまり、どっちもどっちだ。だとすれば、犠牲者が一人でも少なく済む僕の作戦の方が優秀なんじゃないのか?
「さ。済んだわ。行きましょう」
 通信室からの遠隔操作で、既に打ち込まれている自動操縦プログラムの開始時間をセットした先生は、僕の背中に手をおいて、僕を促した。
 僕は先生と一緒にアローンゼロの格納庫へ走りながら、決意した。
 作戦には従わなくてはならないが、第14艦隊の敵殲滅作戦が行われなかったと仮定して、果たして僕たちが敵の隙に乗じて脱出することが可能かどうか、それを見極めてやろう。


 作戦は成功し、僕たちはパナスミルに戻った。再び自宅から学校へと往復する、平穏な日々が始まろうとしていた。模擬戦闘訓練のはずが思わぬ実戦になってしまったことに学校側は気を使い、僕たちは、一週間の休暇を与えられた。できれば、両親など確かな保護者とともに、保養にでかけるように。そんな但し書きのついた休暇だった。
 保護者の都合がつかない生徒のために、2泊3日の遠足団まで学校によって結成された。
 行き先がもし、僕たちの大故郷「地球」というのなら、僕も行ってみたいと思う。地球には、保養にふさわしい大自然や大海原や温泉などを従えたリゾート地が、かつてはたくさんあったという。しかもそこには、人々の心を癒すための人工的な設備、テーマパークやら映画館やら劇場やら図書館やらジャグジーやらまでが備えられ、テニスコートなどスポーツのための施設も整えられ、ハイキングやサイクリングなどのルートも策定・整備されていたらしい。保養と娯楽が共存していたというのだ。
 しかし、2泊3日で地球にまでいけるはずがない。所詮、この星のどこかである。この星は全てにわたって人が住めるように手が入れられている。大自然も大海原もない、もとは荒野の地である。つまり、全てが作り物なのだ。
 だから、どこかへ出かけたいという気にはならなかった。休暇を使って旅行に行けという指示が出ていることを、僕は両親に黙っていた。遠足にも参加しなかった。

 そのかわり僕は、クラスメイトのアードルンとのディスカッションに明け暮れていた。自室にこもりながら電子回線を使って、である。
「僕の予想通りだったんだ。アルテミス団は確かに一部、攻撃を加えてきた艦もあったけれど、そこには思想なんてものはなかった。簡単に避けることができたよ。フォーメーションもなにもかも崩れて、戦闘宙域を脱出するなど、ごくごく簡単なことだった。僕の作戦が正しかったんだ」
 僕は同じ主張を繰り返した。
「だけど、事前に100%を保証することはできない作戦だったんだろう?」
「軍部の指示だって、タイミングを逸したり、プログラムにミスがあったりしたら、100%とは言えない。僕の作戦みたいに『状況を見ながら適切に脱出する』ていう臨機応変さを欠くものだったから、何かミスったら、その場でアウトだよ」
「う〜ん、それについては俺も考えたんだけど、つまり、こういうことじゃないかな?」
「どういうことだよ」
「もし、何かがあった場合、つまり、お前らが無事に帰還できなかった場合だよ。生徒が立てた不完全な作戦を遂行したために、生徒の身の安全が守れなかったってことになるだろう? すると、それを認めた上層部の責任が問われる。でも、たとえ机上であっても作戦そのものが完璧だったら、失敗したとしてもその責任は現場の指揮官の責任になる。今回の場合は、先生達だよな。軍部は傷つかない。こういうことなんじゃないか?」
「卑怯な考え方だな」と、僕は叫んだ。
「軍部っていうのは卑怯なものなんだよ。姑息な手を使ってでも、信頼と威厳を保たなくちゃならないからね。市民の信頼を失ったら、軍の存在価値がなくなるだろう? 信頼を寄せることができる強大な軍だからこそ、いざというとき守ってもらえる。市民にそう思わせとかなきゃ、誰が税金を払う? 誰が軍人を志望する?」
「そんな軍なんてなくなればいいんだよ。全ての星や国が軍隊を放棄すれば、戦争なんて起こらない」
「もちろん、そうさ。軍事力を世界中で一斉に放棄すればね。だけど、そんなことは不可能だ。力で相手を屈服させようと考える人が一人でもいればね」
「だけど、軍事力に頼るっていうことを徐々に減らせば、実現できるだろう?」
「人の争いを、殴り合いの喧嘩レベルにまでは減らせるだろうね。だけど、軍事力を減らす条約かなかができたとして、その実行中に裏切り者がいたら、どうなる? そこだけが膨大な力によって、世界を支配してしまうかもしれない。その恐怖から逃れることはできないんじゃないのかい? その恐怖から市民を守ってくれるのは、やっぱり信頼に足る軍事力なんだよ。その軍が信用を失ってみろ。市民が蜂起して『自警団』みたいなのをつくり、やがてはそれが、新たな軍隊になっていくぜ」
 悔しいが、その通りだった。

 僕たちの議論は所詮お遊びの範疇を出ない。言葉を交し合うことによって、友達とのコミュニケーションの手段にしているだけで、現実の何が変わるわけでもない。
 お遊びとしては、いささか疲れた。お遊びだから疲れたのかもしれない。これが国政を担う立場での議論なら、もっと魂を込めることができたろう。
 僕たちのやりとりの最中に、恋人のシャナールからの通信が割り込んできた。
「突然の休暇で退屈してるんじゃない?」
「まあね」
「久しぶりに、プライベートルームへ行かない?」
「ああ、行ってこい、行ってこい」
 アードルンがニヤニヤしながら言った。
 アードルンとシャナール、それぞれ別の回線だから、いわゆる3者交信ではないけれど、僕の部屋に流れるシャナールの声を、アードルンとの通信が拾っている。映像は伴わないけれど、声だけはアードルンにも伝わるのだ。
「そうだな。お前との議論にも疲れたし、ちょっと行ってくるよ」
「ヒューヒュー」
 古典的な冷やかしを発したアードルンは回線を切った。
 プライベートルームとは、ラブホテル機能をもった個室だ。もっとも、ラブホテルの存在は書籍で知ったに過ぎない。ここには存在しないからだ。全てが管理下におかれたこの星では、人に知られずに過ごせる場所は自然の状態では存在し得ない。だから、プライベートルームがある。プライベートルームの目的は別にセックスに限らない。例えば、かつての地球には、誰の目にも触れずに一日を海を見ながら過ごせる岩陰などがあったという。そういうものの換わりに使っても構わない。誰にも構われたくないという時が誰にだってあるはずだ。そんな時にこのプライベートルームは役に立つ。法の範囲内なら、どんな目的に使うかは自由だ。僕の父親も、仕事が煮詰まると大きなスーツケースに書類や資料を放り込んで出かけていく。衣食住全てをリクエストできるので、何日もこもることが可能なのだ。担任の先生も、試験の作成や採点に使うことがあるという。防音性が高いので、アマチュアバンドの練習にも使われる。プロ用のスタジオは高いのだ。
 基本的には多用途だけれど、僕たちのような恋人同士が使う場合、その目的は限られていた。




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 この作品は、「とらおランド」(ほとんど廃止に近い放置状態になっていますが)のキリバンゲット記念に、THE AZURE MISTRALの北原杏子さんに差し上げたショートストーリーを原点に、大幅に加筆・修正したものです。