四季 four seasons
=2= 辺境惑星の反乱(1)

 

「ねえ、ダーリン。お食事にします? それともお風呂? それとも、あたし、かしら?」
 恋人のシャナールが、おどけて言う。ここはプライベートルーム。過酷な自然環境を克服し、人類が生活していくために、この星では全てが管理下に置かれている。その中で唯一、誰からも干渉を受けない場所として用意された空間である。
「ん〜、何にしようかな?」
 学校から強制的に保養を言い渡された僕は、暇を持て余していた。そんな僕に、彼女が付き合ってくれているのだ。今日のところは、シャナールの学校が終わってから合流したわけだが、今夜は一緒に泊まり、そして明日一日は二人でいられる。シャナールが学校に休日申請をして認められたのである。優秀な学生は「有給休暇」ならぬ「有単位休日」が認められる。つまり、欠席扱いにならないのだ。
 もちろんその分、授業は受けていないわけだが、それが試験の成績に影響しても、それは自己責任である。
「あ、言っとくけど、議論はごめんだからね」と、シャナールは釘をさした。「堂々とふたりっきりでいられるんだから、甘い時間をすごしましょうよ」
「わかってるって」
「ま、コーヒーでも飲みましょうか。思いっきり、甘〜いやつをね」
「よ、よせやい」

 壁面のうちのひとつは、その壁全体を使ったディスプレイになっている。ここにはリクエストによって様々な映像を映し出すことが出来る。宇宙空間だろうが、大海原だろうが、一流料理店の厨房だろうが、刑務所だろうが、大草原だろうが、大規模公衆便所だろうが、まさしく自由自在だ。もちろんプログラムに用意されていないものは不可能だが、おおよそ僕たちが思いつくものなら100%クリアできる。
 シャナールがリクエストしたのは、かつての地球の風景のひとつ、うっそうたるジャングルだった。密林によって太陽光が遮られ、いくばくか暗くなっているのも、気持ちを落ち着けるのにはちょうどよい光量なのだと、シャナールは言う。
 じっと画面を見つめていると、まるで自分がその風景の中に浸されているかのようにすらなってしまう。大画面ゆえに、目の端に余計なものが写らない。自分の視野の全てがジャングルだからだろうか。
 もちろん、それだけではない。壁というスクリーンに映された2Dでもなければ、これみよがしの3Dとも違う、人間の目にごくごく普通に飛び込んでくる景色となんら変わらない映像処理がされているせいだとシャナールが以前教えてくれたっけ。
 風の音や、動物の気配、木々の匂いまでもが忠実に再現されているかのような錯覚に陥る。
「はい」
 シャナールがコーヒーを差し出してくれる。そう、ここはまだ見ぬ故郷、地球ではない。何もかもが人工的に調整された世界。隣に座るシャナールから差し出されたコーヒーこそが現実で、ジャングルは映像。頭の中ではそう理解できているにもかかわらず、なお僕はジャングルの中で香り高い漆黒の飲み物を口にしていた。
「良かった」と、シャナールが耳元で囁く。
「なに、が?」
「もう、バカ。無神経」と、彼女は唇を尖らせ、頬を膨らませる。「これでも、心配したんだよ。模擬だって心配だったのに、本物の戦闘に巻き込まれただなんて、本当に本当に心配したんだから……」
 シャナールが僕の胸におもむろに顔をうずめる。
「あ、おい、コーヒーが……」
 僕の上半身が揺れ、カップの中の水面がさざ波を立てた。
 かろうじてコーヒーをこぼさずにすんだ僕は、「危ないなあ。こぼしたら、おまえにかかるところ……」と、文句を言いかけて、やめた。シャナールの目から頬にかけて、スッと涙のスジが光ったからだ。
「ごめん。心配、かけて」
 僕の口から、素直にそんな台詞が流れ出た。


 シャナールは手作りのクッキーを焼いてきてくれていた。テーブルの上にバスケットを置いて、その中に並べられている。部屋に入るなり、「あたしが焼いたのよ」と嬉しそうにセッティングしたものだ。僕がコーヒーを半分くらい飲んで、カップをテーブルに戻すのを待ちかねたように、クッキーのひとつをつまんで、僕の口元に持ってきてくれた。
 黙って口の中に押し込もうとするので、「『はい、あ〜ん』くらい言ってみろよ」と僕は言ったが、「何を能天気なこと言ってんのよ!」と言うなり、本当に押し込まれてしまった。
「で、カウンセリングの結果はどうだったの? PTSDとか、そういうのはないの? あたしは本気で心配してるのよ。少しでもあなたの癒しになれば、と本気で考えてるんだからね」
「ん、ほぎょ、はぎょむにょよ」
「食べながら言わないで。汚いし、何を言ってるのかわからないわ」
 自分でクッキーを押し込んでおきながら、何を言ってるんだよ、なんて文句は言わない。なにしろ、精神的なショックを受けているのは、ただ無事を祈るしかできなかったシャナールの方なのだ。癒しを必要としているのはむしろ彼女なのである。僕にはそのことがよくわかっていた。
 僕はコーヒーで口の中に残ったクッキーを喉の奥に流し込んだ。
「ごめんね。心配かけて。でも、カウンセリングも健康診断も異常なしだ。安心してくれていいよ」
「ふう〜ん」
「なんだ、不満そうだな」
「だって……」
「わかってるよ。『キミはこのまま軍人を続けるのは無理だ。コースを変更しなさい』なんて診断結果の方が、キミのとっては良かったんだろう?」
「良くはないわよ。ベッシャーの夢が叶わなくなるんだからね。恋人の夢が奪われて、それで喜ぶ女なんていない。でも、一方では、そう思ってたのも事実よ。ああ、これであたしの恋人は、戦争で命を落とすことが無くなる、なんてね。でも、だったとしても、諸手をあげて喜びはできなかったと思うけど」
「そんな、複雑に考えなくても……」
「好きで考えてるんじゃないわよ。あっちこっち思考が飛ぶの。これもひとえに、あなたのことを想ってるからだからね。わかってる?」
「わかってるよ」
 軍人コースに進むことに、もう彼女は正面きっては反対しないだろう。でも、決して賛成してるわけではない。僕はこれからずっと、彼女のそういう気持ちを抱き、いつも忘れないようにしなくちゃと思った。


「で、今回の脱出作戦、実はアナタが考えたものなんだって?」
「最初はね。結局、当局によってアレンジされたから、原案が僕、脚本は軍部、っていう感じだけれど」
「だけど、アナタの作戦がなかったら、無事じゃなかったかもしれないんでしょ?」
「一応、僕自身はそう思ってるけど、軍部じゃそういう判断はしていないんじゃないかなあ?」
「ふう〜ん……」
「だけど、どうしてそんなこと知ってるんだよ。このことは緘口令が敷かれてるんだ」
「こういうことは、どこからか、漏れるものよ。それに、アナタとアードルンとの会話を聞いて、やっぱりそうだったんだって感じだったし」
「ああ、あれか」
 僕の立てた作戦と、軍部がアレンジした作戦。このふたつについて、僕とアードルンが討論しているときに、シャナールが僕との回線を開いたんだっけ。
「どうやら、アナタは根っからの軍人、ってことなのかしら」
 シャナールが表情を曇らせた。
「良くも、悪くも、ね」
「なによ、それ」
「上官の命令に背けなかったってことさ。指示に従わずに、僕がオリジナルの作戦を強行してたら、海賊団だって殲滅しなかったはずなんだよ。少なくとも、心を入れ替えると宣言すれば、ちゃんと裁判を受けて、罪を償って……」
 僕は自分の考えを延々と喋りそうになって、自制した。シャナールから「議論はごめん」って言われていたこともあったが、ここで僕が何を言ったってもう結果の出てしまっていることだ。単なる愚痴に過ぎない。
 もし不本意だと思うのなら、自分が出世して自分の考えを貫くしかないのだ。
「ま、いずれにしても、僕はコース変更はしない。キミにもなるべく心配かけないようにするから、さ」
 努めて明るく言ったつもりだったが、やはりシャナールにとっては、だからといって納得できるものではなかったようだ。
「何が『いずれにしても』よ。いままでだってさんざん反対したのに、あたしの言うことなんか、何も聞いてくれなかったくせに」
「あ、うん、それは、悪かったと……」
「もういいから。悪かっただなんて思わないで。アナタの人生だもの。それを否定することはわたしにはできないわ。でも、覚えておいて。わたしは戦争には反対。自衛のためでも軍隊でも反対。そして、あなたにはそういう道に進んで欲しくない。軍事行動は多くの人の命を奪うわ。そして、その影で泣く人がいるってことも忘れないで。わたしもその一人よ」
「うん。覚えておく」
 僕の戦いは、勝利のための戦いじゃない。なるべく傷つけあわないで終結を迎えるための戦いだ。戦争を避けるための努力をするのはいうまでもない。けれど、戦争が始まってしまったら……。きっと僕の理念が被害を最小限に抑える。
 シャナール、キミの祈りを僕は決して裏切ったりしない。
 僕の想いが伝わったのだろうか。シャナールはそっと顔をあげて唇の力を抜いた。僕は彼女に唇を重ねる。クッキーとコーヒーの味がした。


 キスを終えて目を開くと、プライベートボックスの中がやたらと明るい。僕もシャナールも何も調整していない。にもかかわらず、こんなに突然明るくなるとは……。
 壁一面のディスプレイか!
 そこには、薄暗いジャングルではなく、白地に黒の文字が流れていた。
「なに、これ?」とシャナール。
「いや、僕は何もしてないよ」
「あたしも……」
 ということは、強制放送!
 テレビもパソコンもビデオモニターも映画館も、友人どうしのプライベートなテレビ電話も、街角の電光広告も含めて、全てのディスプレイに強制的に割り込んでくる有事の際の当局からの通達。
 たとえ電源がオフになっていたとしても、自動的に起動させられて流される強制放送。
 知識としては知っていたが、実際に目にするのは初めてだ。
 ピィー! ピィー! ピィー! ピィー!
 警告音が鳴り始めた。文字放送だけの時に「確認」ボタンを押せばそれで良し。だが、気がつかない者のために、一定時間文字オンリーで流された放送は、その後、警告音が鳴り響き、そして文字放送に音声もプラスされる仕組みである。
「まさか、本物の、戦争……!」
 世の中は平和だった。軍人を目指すといっても、自分が在任中に本物の戦争が起こるなんて、可能性としてはきわめて低いと思っていた。
「警戒警報! 警戒警報! 辺境反乱軍『パナスミルセブン』が警備中の第5艦隊を懐柔して本星へ攻撃を開始した」
「なんだって!」
 僕は思わず叫んでいた。
 シャナールの表情から笑みと赤味が消えた。そして、青く冷たい表情になっていく。
 それは、本物の戦争が身近にせまっているという恐怖だけではない。むしろ、戦争を知らない僕たちの世代に、その手の恐怖心は薄いだろう。シャナールにとっては、軍人の卵である僕がまたしても命の危険にさらされることになるのではないかという恐怖だった。僕にはそのことが手に取るようにわかる。
 僕は彼女を強く抱きしめた。彼女が小刻みに震えているのがわかる。

「各家庭においては外出を禁止、1級防空防護システムを作動させること。外出中の者は身近な建物に待避のこと」
 強制放送は続いている。身近な建物に待避って……。このプライベートボックスはどの程度の防護システムを持っていただろう? 1級防空防護システムに対応していただろうか?
「なお、3分後には当局のシステム作動により全ての建物の防空防護システムが強制的に作動する。作動後は建物への避難が出来なくなるので、外出中の市民は速やかに待避すること」
 3分後? ということは、敵はもう至近距離まで近づいているということだ。どうしてこんなことになるまで放っておいたんだ?
 それに、3分では、仮にこのプライベートボックスの防空防護システムが不十分だったとしても、もう外に出て、他の建物に待避する暇はない。
「また、「予備役軍人」及び「軍人コース」「軍事研究開発コース」「諜報工作コース」のハイスクール生には後方待機を命ずる。直ちにセンターに集結すること。全ての交通機関はこの輸送に当たること…」
 ちょっとまて。それは僕のことじゃないか……。

 僕はシャナールを抱きしめた手の力をゆるめ、そっと彼女の身体を引き剥がした。
「ごめん、行かなくちゃ……」
「いや……。でも、行かなくちゃいけないのね……」
「予備役軍人だけならともなく、ハイスクール生まで後方待機だなんて。なんかいきなり緊急事態みたいだよ」
「死んじゃうかも知れない……、なんてことないよね」
「大丈夫だ。僕たちはまだ1年生だし……。ひょっとしたら、勉強の一環として、センターに呼び寄せられて、戦いぶりを見ておけってことだけかもしれない」
「だと、いいけど」
 シャナールは今度は自分から、僕をひしと抱きしめた。そして、僕がその身体を引き離すよりも早く、自ら力を緩めた。
「信じてるから」
「うん」

「警戒警報! 警戒警報! 辺境反乱軍『パナスミルセブン』が警備中の第5艦隊を懐柔して本星へ攻撃を開始した。各家庭においては外出を禁止、1級防空防護システムを作動させること。外出中の者は身近な建物に待避のこと……」
 強制放送は一巡したらしく、さきほどと同じ内容のことを繰り返した。僕は「確認ボタン」を押して、立ち上がった。
「アナタは休暇中でしょ」
「ああ、でも、多分、強制放送の呼び出しはそんなことには触れていない。もともと考慮されていないんだと思う。だから、行かなくちゃ」
「わかったわ。でも、約束して。アナタはアナタの理想を貫くのよ」
「約束する」
 約束したところで、何の指揮権も持たない今の僕に、何ができるのだろうか。もちろん、何も出来ない。命令に従うだけだ。けれど、シャナールには「約束する」と答えるしかない。
 プライベートボックスを出た僕は、店の外へ通じるドアの前で店員に止められた。
「外出禁止だ」
「え、ああ。でも。。。。」
「それに、もう1級防空防護システムが作動しているから、出るに出られないけどね。第一、あんた、彼女を一人残していくのは、考えものだぜ」
「でも。。。」
 店のスタッフは、あれ? という表情になって、僕をじっと見た。
「おい、あんた、軍人か?」
「いえ、まだハイスクールで、軍事教習中で……」
「ふん。人は見かけによらないもんだな。でも、あんたも軍人の卵なら、堂々とそう名乗って、命令だから外へ出してくれと言わなくちゃな。『ああ』とか『でも』とか言ってたんじゃ、軍隊じゃつとまらないだろう? 全く、こんななよなよしたヤツに、運命を託すのか?」
 嫌味はまだ続きそうだったが、店の外から拡声器か何かで発せられた大声が届き、店員は黙り込んでしまった。
「ベッシャー・カテスラ。いるんだろう? 休暇は中止だ。直ちにセンターに出頭せよ」
 防空防護態勢を示す赤いランプが消えた。セキュリティーが解除されたのだ。
 間髪いれずに、軍服の男が二人、店に入ってくる。肩の階級章はそれぞれ、少尉と大佐。少尉であろうと大佐であろうと、プライベートでこのような店を利用することはあるだろう。しかし、軍服を着て、階級章を付けた状態で、こんなところへ来るなんて、通常は考えられない。
「うわ! 本物だ!」
 店員が腰を抜かしそうになる。
「ついてこい!」
 張り詰めた声に僕の背筋がピンと伸びる。自分でも信じられないほど凛とした声で、僕は「はい!」と返事していた。
「キミのガールフレンドはどうする? センターの方が防空防護システムは整っている。攻撃を受けた場合、センターの方が安全だ。だが、狙い打ちされることを思えば、ここの方が安全と言えるかもしれん」
「いえ、出来れば、家に送り届けていただければ……。もしものことを考えたら、家族と一緒にいさせてやりたいと思います」
「わかった。イシダ少尉」
「はい、すぐ手配します、ブランモン大佐」
「あとのことは心配いらない。キミは我々と来たまえ」
「はい」
 ズルズルと後ずさった店員が、「士官が迎えに来るなんて……、アンタ、VIPか?」とおののいている。
「失言は忘れるから、気にしなくていいよ」と、僕は軽口を叩いてやることにした。
「あ、ありがとうございます」

 僕を乗せた車は扉を閉じると、静かに浮上し、そして前に進み始めた。
 全くと言っていいほど音はしない。けれど、加速Gには強烈なものがあった。
 軍人コースの僕は模擬戦闘訓練に先立ってバーチャルで何度も体験したGだったが、宇宙旅行に出る機会でもなければ一般人は決して体験することはないであろうGだった。
「それにしても、どうして僕が、ここにいると……?」
「我々は軍人は行動を監視されている。キミだって、識別表を持っているだろう。そこから発信される電波で、全ての軍人は現在地を把握されている」
「だけど、僕たちはプライベートボックスに……」
「そこで個々の軍人が何をしているかまでは知らん。だが、どこにいるかはわかる。質問はそれだけか? だったら、あとは私の指示に従いたまえ」




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 この作品は、「=1= 宇宙海賊の包囲からの脱出」は「四季」というタイトルで、「=2= 辺境惑星の反乱」は「四季2」というタイトルで、それぞれWEB仲間の北原杏子さんに差し上げたものを、長編用にアレンジし、大幅に加筆修正したものです。
 ベッシャー・カテスラの成長と、シャナール・ムリークとの恋の行方をどうか見守って下さい。物語はまだまだ続きます。