四季 four seasons
=2= 辺境惑星の反乱(2)

 

 センターに向かう車の中で、僕はブランモン大佐から簡単な講義を受けた。

 現在、本星へ攻撃を加えようと進撃してきているのは、『バナスミルセブン』と『第5艦隊』。
 パナスミルセブンは、恒星バナールを中心にした惑星24個のうち21番目の惑星で、人類が住む一番外側の惑星である。
 24個の惑星は、人が住んでいるかどうかに関わらず、内側から「第1惑星」「第2惑星」と番号で呼ばれている。太陽系における水星や金星や地球などのように名前のある星もあるが、このバナール星系ではあくまでニックネーム。正式には番号で呼ばれている。宇宙開発が飛躍的に進み、新しい星の発見が日常となったため、いちいち名前をつけていられなくなったのである。番号で呼ぶ方が、単純で間違いも起こりにくい。
 このうち、第3惑星がもっとも内側に存在する「人の住む星」であり、この星系の政治経済の中心でもある。僕もシャナールもこの星の住人だ。この星が通称「本星」であり「バナスミルゼロ」だ。
 人の住む星には「バナスミルゼロ」から「セブン」までの通称がある。第○惑星の他にこういう呼び方ががあるのは、一般人の日常会話では「人の住む星」だけに番号が振られている方が便利だからである。

 第21番惑星である「セブン」はまさに辺境で、わずかに鉱物資源は取れるものの一切の食料生産が不可能な雪と氷に閉ざされた星である。
 もともとは軍事防衛用に人が住んだ星だ。21〜24番惑星はほぼ同じ軌道上を等間隔でバナールを周回している不思議な惑星群で、警備にはうってつけだったのだ。これを我々は「最外縁警備ライン」と呼んでいた。21番惑星に「最外縁警備ライン」の本部を置き、警備に携わる軍人の家族や、それら人々のための教育施設や娯楽施設なども配されて、軍事基地でありながら、一般の生活がそこには存在したのである。一方、22〜24番惑星には軍事基地の支所だけを設置、警備警戒に当たっていた。
 外交が進み、星系間戦争が事実上終結した現在、支所は廃止され本部に統合、同時にこの星は「軍事要塞」から「人の住む惑星『セブン』」としての性格が年々濃くなっていった。しかし、相変わらず軍事要塞であることには変わらなかった。
 しかし、生活が始まれば、軍事要塞だけでは済まなくなる。軍人同士の恋愛、そして結婚。子供も産まれ、その子供達同士がまた家族を持つ。教育機関も充実し、様々なコースが設立され、子供達の将来は軍人以外にも開かれることとなる。
 セブンも長い年月を経て、普通の市民生活が存在する普通の星になったといえるだろう。

 だが、その星の存在意義は最前線の基地である。重要な防衛ラインなのである。当局はあくまでもそういう目でセブンを見ていた。全ての住人が軍人として赴任した代はそれでよかった。だが、子供達、孫達にとって、そんなことは関係ない。事実、将来はあらゆるコースに広く開かれている。にもかかわらず、星の機能は依然として「軍事基地」であってみれば、一般人から不平不満が湧き出すのも無理はない。
 軍人を希望しない者がセブンより内側の星へ移住する際には、住居や仕事や教育や権利などあらゆるものが保証されたが、彼らが望んでいたのはそうではない。生まれ育ったセブンを「軍事のための星」ではなく「人が生活するべき星」に。この願いは何度当局に申し入れされたことか。
 だが、要求は受け入れられなかった。

 本星は、星系全体をバランスのとれたものとして構築することしか考えていなかったし、セブンの住人達は、セブンをひとつの星として確立させたかった。
 長く続いた確執は、そこに住む人々の心に染みついた。
 駐留していたはずの第5艦隊は、いつしかほとんどの乗員がセブンの住人で構成されるようになり、戦闘が始まった今では事実上「独立星セブンの所有する軍隊」と変わらない。放送では「セブンに懐柔された第5艦隊」だったが、実際は第5艦隊そのものが意志を持って攻撃をしてきたと言うところだろう。


「以上のことは、キミもだいたい授業で知っているだろう」
「はい。知っています」
「よし、ここからが本題だ。だが、本題に入る前に、ひとつ注意しておく。注意というより、命令だ」
「はい」
 僕は居住まいを正した。なにしろ相手は大佐である。ハイスクール軍人コースの教師は全て軍隊の階級を持っているが、コース長がようやく少佐、教師連中はせいぜい尉官クラスである。僕が在学中に、大佐などというはるか上の地位の人と会うことなど、本来はありえないのだ。(ちなみに、校長や教頭は民間人なので、階級など持っていない)
「まず、このことは口外無用だ」
「このこと……」
 僕は判断に迷った。
「わざわざ僕を迎えに来て下さったことですか?」
「それもある。しかし、もっと大切なことは、キミにこれから下す命令についてだ」
「はい」
「キミの活躍は訊いた。階級すら持たないたかがハイスクール生が、海賊船団から離脱する作戦を立案した。もちろん記録としてはどこにも残っていない。だが、知らぬ者はない」
「僕もしゃべり散らすつもりはありません」
「だからこそだ。キミに今回の作戦を立ててもらいたい」
「え?」
「すまないが調べさせてもらった。キミの学業やその他について」
「はあ」
 話が良く見えない。僕は相手が大佐であるということを忘れて、思わず気の抜けた返事をしてしまった。
「作文も読んだ。味方だけではなく、敵の命も救いたい。効率的な作戦により、最小限の被害で、早期終結に持ち込みたい。これが君の理想なんだね」
 僕は「はい」とだけ応えた。同級生やシャナールには大声で吹聴していることなのに、現役の士官からあらためて語られると、とても恥ずかしい思いがした。
 青臭いよ、おまえ。
 そう言われるような気がしたのだ。
 同時に、「何甘いこと言ってるんだよ」
 叱責されそうな気さえした。
「血気盛んな若いものはいくらでもいる。命知らずなだけで、ただ突撃するのみ。決して自分だけはやられないと思いこみ、目の前のことしか見ていない」
 確かにそういうクラスメイトもいるにはいる。
「わたしは、そういう人材はいらない。欲しいのは、君のような若者だ」

「ぼ、僕ですか?」
 信じられない。
 軍の上層部。雲の上の人。
 ブランモン大佐から、君のような若者だといわれて、最初は信じられないという思いに支配された。しかし、現実に僕の隣にはその雲の上の人がいる。まさしくその人が「キミが必要だ」と言ってくれている。こんなに栄誉なことはない。僕は頬が紅潮するのを感じた。そして、徐々に舞い上がり始めた。
「君に作戦立案を依頼するからと言って、そのまま採用されるとは思わないでくれ。あくまで今回の責任者は私だ。現実に即したアレンジを行う。そして、君には気の毒だが、どんなに素晴らしい作戦が君の頭脳からはじき出されたとしても、君の武勲にはならない。もちろん、歴史に名が残ることもない。これは非公式なことだ」
 それはそうだろう。軍としてそんな記録は残せまい。
「構いません」と、僕ははっきりと言った。
 僕は歴史に名前を残したいなどと思ったことはない。戦争という悲しい命の奪い合いが最小限の被害で収められるのなら、それだけでいい。そのために僕はここにいるのだから。
「うん。君の考えていることはわかるよ」
 ブランモン大佐は初めて僕に微笑んだ。
「早く卒業したまえ。それも、優秀な成績で、だ」
「優秀な成績……ですか……」
「軍の主流は武闘派だ。戦って敵を撃破する。もちろんそのための軍隊だが、思想が無くてはただの殺人集団だ。だが、武勲をあげるということはイコール殺戮なんだよ。君のような考え方の軍人は出世が難しい。だが、思想を貫きたまえ。誰にどんな批判を浴びせられても、だ」
「もちろん、そのつもりです。出世そのものが目的じゃありませんし」
「立派な心がけだ。だが、出世しなければ、所詮ただの兵隊だ。作戦に従うだけだ。作戦を立てる側に回るには出世しなくてはならない」
「はい」
「いいか、とにかくまず、優秀な成績で卒業することだ。そうすれば誰かの目に留まり重用されるかもしれない。それしか道はないように私には思える。なぜなら、君のような考え方の人間は軍隊では『兵士』として武勲をあげることはないだろうからだ。ただの臆病者として扱われるかも知れない。それでは一生、君の目標には辿り着けないぞ」


 そうなのだ。ユニバーシティ出身のキャリア軍人ならともかく、僕が作戦指揮できるようになるには、成り上がるしかない。成り上がるためには武勲を挙げるしかない。すなわち、それは往々にしてイコール殺人鬼となって、敵を殺して殺して殺しまくることを意味する。だがそれでは、自分の意思に反する。
 シャナールやアードルンの前では偉そうに理想を語ることは出来るが、じゃあ実際どうやって僕は作戦指揮を任せてもらえるまでの地位に昇るのかと考えると、そこには大きな矛盾があることに気がつかざるを得ないのだ。
 試験を受けて階級を登る方法はある。しかし、それでは時間がかかりすぎるし、その先にあるのは多くの場合、事務官としての道だ。部長は多くの場合、大佐か少将クラスだが、「経理部長」では意味がない。
 一時的に殺人鬼となって盛大に武勲をあげるのも、なるべく早く出世して自分の理想とする作戦を展開するには必要なことかも知れないなどと考えることもあった。そのためには無益な死体の山を多数僕の手で築かねばならない。
 出世は目的ではない、手段なのだ。そう、ただの手段。しかしたとえ手段だとしても、その時点において、僕は自分の信念とは違った行動をとることになる。無益な敵の大量死。大きな目標のために小さなことに目をつむるのか?
 僕は今のところ割り切ることが出来ないでいる。というか、「それは違うだろう? 手段だとしても理念を曲げて、その結果出世して、おまえは胸を張れるのか」と自問自答すれば、それは明らかにNOなのだ。
 だが、もし優秀な成績で卒業することによって、ブランモン大佐に卒業と同時に仕えることが出来るなら、このジレンマから開放されるかも知れない。

「優秀な成績で卒業すれば、大佐の元に置いていただけますか?」
 僕は大それたことを質問した。
「残念だが、それは出来ない。私には、私のもとにおくべき人材を、それにふさわしい階級の中から選ぶことは出来るが、階級を無視する権限はない。そんな権限は誰にもない。軍の規律が乱れるからな。君に出来ることは、早く軍の階段を上ってくることだ。
 ただし、その間にくれぐれも私を失望させるようなことはするなよ。そう、出世のために、手段を選ばないようなこと、例えば君の信念に背くような行動だ」
 なるほど、大佐ほどの人物なら、僕がどのようなことを考えているか、手に取るようにわかるのだろう。
「もっとも、全く方法がないわけではない」
 大佐はニヤリと笑った。
「少尉、そろそろニュースは流れただろうか?」
「はい、今、流れています」
 イシダ少尉は、掌ふたつ分くらいの大きさのハンディコンピューターを見つめていた。
「今回の作戦立案及び指揮は、ジョージ・ブランモン大佐が行う。今、ちょうど流れているところです」
「うん、よし。では、ハイスクール生1年生ベッシャー・カテスラに命ずる」
「はい」
「ただちに作戦の原案を作成し、電子メールで私宛に送信せよ」
「電子メール?」
「そうだ。作戦指揮者が私であることを知った君は、僭越ながらと、私宛作戦のアイディアをメールで送るんだ。 私が君の頭脳を頼って作戦立案を乞うために君に会いに行ったとなれば、全く表沙汰に出来ない。だが、君が勝手に送りつけてきたメールなら、『良いアイディアだ』と私が採用することは可能だ。もっとも、これだっておおっぴらには出来ないが、先の海賊船事件の時のように、無責任な噂として流布することは出来る」
 そうだったのか。シャナールが言っていた「こういうことは、どこからか、漏れるものよ」の出所は、ブランモン大佐だったのだ。あの作戦を見て、その時点で僕に目をかけてくれていたのだ。僕は全身が熱くなった。
「そうして、私の名前を売って下さるのですね」
「そうだ。だが、それも学業優秀なればこそだ。君が平凡な成績しかとれずにいれば、噂は噂で終わるだろう。後に『やっぱりベッシャー・カテスラは並の人間ではない』と評され、多方面から重用されるためには、主席卒業はもちろんのこと、出来れば歴代最高得点で卒業試験を突破して欲しいものだな」
 厳しい注文だ。
「君はこれから、何らかの軍事行動が発生する度に、指揮官にメールを送るんだ。
 私には階級を無視する事は出来ないが、人生の先輩として、この程度のアドバイスなら、してあげられるぜ」
 大佐はニヤリと笑う。
「さ。無駄話はこの辺にしておこう。君は早速メールを私宛送るんだ。ハンディコンピューターは少尉のものを借りたまえ。君のことだ、もう作戦のひとつやふたつは思いついているだろう?」





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