僕たちを乗せた車は、センターの地下駐車場に直接乗り入れた。実用本位の作りだけれど、無機質というわけではない。駐車場にインテリアという言葉を使うのは気が引けるけれど、整然と並ぶ蛍光灯のほかに、色とりどりの半円球のカバーで覆われた照明があった。緑、青、オレンジ、ピンク、黄色、紫……。
僕はすぐにその正体に気がついた。
「あれは、監視カメラですね」
「そうだ。よく気がついたな」
「同じ形のものがハイスクールにもあります。黒っぽい色ですけど」
「黒っぽいのはいわばサングラスみたいなものだからな。モニターを見るほうは色の影響を受けない。だが、ここのはカラフルだろう? モニターを見ると、黄色いカバーのついたカメラで取ったものは、やはり黄色っぽいんだよ」
「そんなんじゃ、監視カメラとしての性能を損ねませんか?」
「必要なら、あとで録画したものをデジタル処理をすれば、この色は消せるから問題ない。それより問題なのは、モニタールーム内にはたくさんある画面がズラリと並んでいることだ? そこに『1号カメラ』だとか『Aカメラ』だとか、事務的に番号を振ったんでは、監視員はそれがどこか瞬時に判断できない。それぞれほのかに色がついていることで、それが解決できる」
「へえ〜、そうなんですか」
駐車場に入ったというのに、それなりのスピードで進んでいた車は、急にスピードダウンして、ひょいと曲がって停止した。あらかじめ位置がプログラムされていたのだろう。
「じゃあ、後は頼むぞ、イシダ少尉」
ブランモン大佐は、さっさと司令部への直通エレベーターに消えていく。
司令部へのエレベーターに乗るには、特別なセキュリティーチェックを受けなければいけない。といっても、エレベーターの前にセンサーがあり、それによって本人識別をしているから、IDカードを差し込んだり、暗証番号を入力したり、声紋や指紋を確認したりなんてことはない。普通にエレベーターに乗るだけだ。
しかし僕などが近づこうものなら、アッという間に警報が鳴り、大勢の屈強な男達に取り囲まれるだろう。
「さ、キミはこっちだ」
イシダ少尉に促され、セキュリティーレベル「中」のエレベーターで、各種ミーティングルームのあるフロアへ行く。
「まったく大佐は何を考えているのか俺にはわからん」と、イシダ少尉は言った。
独り言なのか、僕に向けていったのか、多分両方だろう。
「大佐からの伝言だ。『事をスムーズに進めるために、キミには少しつらい状況が待っているが、全て私が仕組んだことだ』だそうだ」
「それは、どういう意味ですか?」
「知らん。だが、たかだかハイスクール1年生が、作戦指令に食い込もうとしているんだ。多少の辛い思いは我慢するんだな。俺は、お前がどんな目にあっても、気の毒だなんて思えない」
イシダ少尉の僕に対する態度は、大佐が居るときと居ないときで、明らかに違った。大佐が僕のことを目にかけているから、大佐の前ではそれなりにしていても、僕と二人になれば「なんだこの小僧」位にしか思っていないことがすぐにわかった。大佐に付き従っていたところをみると、この人もきっと作戦畑の人なのだろう。であれば、こんなガキが大佐に重用されるのは面白くないに違いない。
けれども僕は……。そのうちこんな男、追い抜いてやる。
今だって、きっと少尉の作戦よりもはるかに優れたものを僕は立案できるだろう。これはうぬぼれではない。確固たるポリシーを持って練り上げた作戦は、間違いなく優秀なのだ。これは僕の信念だ。
もちろん、確固たるポリシーはひとつとは限らない。いくつもあるのが普通だ。だから、そこにはいくつもの優秀な作戦が存在する。従って、会議でどれを採るかとなったとき、その判断は作戦の優秀さにおいて決するのではない。あくまでどのポリシーを採用するかに他ならないのだ。
だから、僕の作戦が採用されるとは限らないのだけれど、でも、年少のガキのくせにコノヤローなんて感情を抱くような男に、僕の作戦が負けたりするわけがないのだ。
とはいうものの、実際のところ少尉という階級だって僕にとっては雲の上。そんな人に疎まれるなんて、なんだかやりにくくなりそうだ。
僕の表情が曇ったことに気がついたのか、それとも言いすぎだと思ったのか、いったん僕に背を向け先を歩きかけたイシダ少尉は、「気にするな。俺のやっかみだ」と言って、今度は僕の後ろに回って肩に軽く手を置いた。
「さ」と、エレベーターへと僕を促すため、肩に添えた手に軽く力を込める。「軍では、機敏な行動が要求される。立ち止まってる暇は無い」
少尉の手からはピリピリしたものが伝わってきたが、しかし、悪い人ではなさそうだ。
ミーティングのための部屋は12階から30階までのフロアにいくつかずつ設置されている。このうち、通常レベルのものであれば20階以下のフロアのものが使われる。だが、エレベーターは20階を通り越し、21階で止まった。
ここは20階までとはセキュリティーのレベルが違う。使用の都度、登録が義務付けられているのだ。誰でも入れるフロアではない。要人用の最高レベルセキュリティーが施されている28階以上とは比較にならないが、21階だってハイスクール生が普段立ち入れるところではないはずだ。
「C36ルームへ行くんだ。担任教師が待っている」
「はい」
「私は、ここまでだ。C36ルームは左に進めば、ドアにプレートがかかっている」
どうやら僕はこのフロアへの立ち入りが大佐によって登録されているらしい。だが、登録されていないイシダ少尉は足を踏み入れることが出来ないのだ。
エレベーターの扉が閉まる直前に、イシダ少尉は言った。
「叱責されても、耐えることだ」
そういえば、大佐からの伝言にも『キミには少しつらい状況が待っているが』とあった。これからいったい何が起こると言うのだろう?
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