司令室の中央の一段高くなったところ、司令室全体が見渡せるその位置に僕たちはいた。ブランモン大佐、僕、そしてアスイ先生だ。
ビー、ビー、ビー。
フィーン、フィーン、フィーン。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。
様々な警報音やブザーが鳴り、声が響く。
「第21惑星、残存兵力確認終了。一個中隊です。最小限のディフェンスに絞った配備と断定」
「第22惑星に第3艦隊配備まで、約6時間。あと2時間で配備前フォーメーション完了です」
「セブンの包囲は着々と進んでいるな。キミの作戦通りだよ、ベッシャー君」
司令室全体にまんべんなく視線を投げかけていた大佐が、膝をかがめて視線の高さを僕に合わせてから、言った。
第21惑星、人の住む星に限定したナンバリングではセブン、すなわち反乱を起こした惑星である。第21惑星から第24惑星まで4つの星は、ほぼ等間隔に同じ軌道上を周回している。戦時下はこの4つの星全てが軍事基地として機能していた。
国家間戦争が行われていない現在、それは縮小されて、第21惑星(セブン)のみに軍隊は駐留し、人々はくらしているが、第22〜第24惑星の基地が放棄されたわけではない。単に、「今、使っていない」だけである。
この使っていない星のうちのひとつ、第22惑星に艦隊を配備する。これは何を意味するか。「第21惑星なんかなくったって、痛くも痒くもないんだよ」ということを示すものであり、同時に最低限のディフェンス部隊しか残っていない第21惑星(セブン)を殲滅することなどたやすい、ということでもある。
ただし、実際に第3艦隊を第22惑星に配備までしてしまうと、どうなるか。
これは明らかに第21惑星(セブン)、すなわち第5艦隊への挑発である。話し合いで解決しようとする試みを覆すことになってしまう。そこで、僕が立てた作戦は、「配備前フォーメーション」で留めておくことである。あくまで話し合いを見守る、だが、有事の際はすぐに軍事行動に移れる状態にしておく、ということなのだ。これが牽制で済むか、実際に戦闘が繰り広げられるかは、相手の出方次第だ。
「彼ら第3艦隊は、明後日には帰還の予定でありました」
中央指令台にトコトコと歩み寄って来た中年男に、僕は見覚えはない。
「やむをえんだろう」と、大佐が返事をする。
「他に方法はなかったのですか? 辺境警備からの帰還途中だったのですよ。辺境警備に対する手当てがいくらか、大佐はご存知ですか?」
「すまん。が、こらえてくれ」
「しかも、『戦闘準備形態』での待機ですからね。準備形態をとり、それを解除するだけでも、いったいどれだけの経費が……」
「だから! すまんと言っている」
大佐の思わぬ大声に、文句を言いに来た男は沈黙した。
「こちらこそ、申し訳ありません。ただ、後のことを考えると、頭痛が……」
「わかっている。わかっているが、察してくれ……。私の頭痛の方が遥かにキツイんだよ」
「まあ、そうでしょうねえ」
男はニヤリと笑って、指令台を降りた。
そうなのだ。今回の作戦は、その地味さとは比べ物にならないくらい、金食い虫なのだ。
なにしろ丸腰で大統領はじめ要人が反乱軍である第5艦隊へ向かう。平和裏に話し合いが行われればそれでいい。しかし、交渉を有利にすすめるための人質にされる可能性がないわけではない。あるいは、そのまま殺害されてしまうかもしれない。いずれの場合も、そうなったら残るは軍事行動だけだ。
しかし、彼ら第5艦隊が帰るべき第21惑星(セブン)が、いつでも攻撃されうる状態にあったとしたらどうだろうか。あるいは、攻撃されないまでも、その役割を第22惑星に移して見捨てられうる状態であったらどうだろうか。拉致や殺害といった強行手段に訴える可能性は低くなるだろう。
だがこれでは完璧ではない。自らの帰るべき星である第21惑星(セブン)を一時的に見捨てても、彼らにはもうひとつ方策がある。それがセンターの占拠、つまりバナール星系の乗っ取り、すなわち革命である。
通常の戦闘ではこのようなことは起こりえない。しかし、センター占拠を目的として、ただ占拠部隊だけが生き残ればいいと割り切って突入してくれば不可能ではない。定型的な戦術に基づく攻防では明らかにこちらが有利だが、たったひとつの目的を達成するために、あらゆる犠牲をものともせず、なりふりかまわない侵攻をされた場合、むしろこちらは不利かもしれない。
これに対応するための方法が「遷都」だった。
「大佐、秘密の地下シェルターにも司令室があると聞きましたが、それは事実ですか? それとも、人々を安心させるために流布されたデマでしょうか?」
「デマなわけないだろう。どうして、そう思った?」
「その場所は軍部の上層部しかしらない極秘事項。確かめようがありません」
「いざというときのためのシェルターだ。それがテロなどの被害を受けてみろ。いざというときに役に立たないではないか」
「もうひとつあります。全国民が避難するほどのシェルターなどありえるわけが無い。では、選ばれた人だけが避難できるのでしょうか? 過去、エンタテイメントの中ではそういう物語がいくつもありました。でも、現実にVIPとそうでない人を区別するのは不可能だと思うんです。なぜなら、VIPだけが生き残り、VIP以外の人が死に絶えたら、もはや生き残りはVIPではありませんよね? なのに、彼らは意識だけは相変わらずVIPです。汗する労働者がいなければ、VIPなんて意味はないでしょう? それどころか、もっとも生存能力の低い人たちと言えるでしょう。フィクションだって、VIPだけが生き残った世界を描写したものなんて、これまでにないんじゃないですか? つまり、一部の重要な人たちだけを保護するというのは、実はとてもナンセンスなことなんです。もちろん、こんな簡単なことはすぐにわかるはずです。だから、シェルターなんて無意味だ、存在しない、と」
「なるほど、一理あるな。だが、全国民が避難可能なシェルターが存在してるとしたら?」
「ま、まさか!」
シェルターは、少なくとも設計時点で想定しうる、核を含む最も強大な攻撃に耐えるもののはずだ。かつ、その中で数年は生き延びねばならない。備蓄食料にしても燃料にしても、あるいは空気や水の浄化装置にしても、全国民の分となれば並大抵ではない。
しかし、予算さえあれば、物理的に不可能というわけではないだろう。
僕は、大佐を凝視した。大佐はなんとこたえるろう。
冗談だよ、そんなものありえるわけがない、だろうか。それとも、ちゃーんと用意されているんだよ、だろうか。
だが、大佐の答えは、どちらでもなかった。
「残念ながら、大佐ごとき階級のものには、シェルターの実態までは知らされていない。だが、シェルターの中には、臨時にセンター機能を持たせることの出来る司令室があるのは事実だ」
僕と大佐の間で事前に交わされた会話。
民間人までが避難できるシェルターが実際にあるかどうかは問題じゃない。僕の作戦に必要なのは、まさしくシェルターの中に臨時にセンター機能を持たせることの出来る司令室があるか、どうかだ。
僕は、その司令室への遷都を作戦に含んだ。万が一、センターが第5艦隊に占拠されたときのためだ。
何も手を打っていなければ、センター占拠イコール革命の成立である。しかし、事前に中枢をセンターから臨時の司令室に移してあれば、そこはただの箱である。コンピューターはダウンしてるし、いっさいのデータも抜き取ってある。外部とのアクセスも不能。唖然とする占拠部隊。そこを包囲すればいい。あっという間にカタがつく。
この作戦は物議を醸し出した。まずは予算である。何をするにしても金がかかる。しかし、軍議で採決されたのだから仕方ない。問題はその後だった。
システムやデータは常時、シェルターの司令室にコピーされているからわざわざ移設の必要は無い。しかし、人の移動が大変なのだ。しかも、内部のレイアウトまでが全く同一というわけにはいかない。同一どころか、まったく違う。同じなのは機能だけだ。シェルター内部なので司令室そのものも相当狭く、機能性も低い。しかも使い慣れていない。そこへ、訓練などとは程遠い作戦指令を与えられるのである。スタッフは混乱の坩堝に叩き込まれるのをかろうじて踏みとどまっていた。
「もういや、こんな司令室! 狭いくせに、手の届くところに常に使うセッションパネルがないのよ!」
「パネルがなんだ。データー呼び出しのアクセスコードがなんで違うんだ!?」
「きゃああ〜〜。この段差! コーヒーひっくり返しちゃった」
「2階級上の上司がどうして隣にいるんだよ」
「認知した。認知したつーの。誰か警報、止めてくれ!」
機能は全く同じはずなのに……。計器類のレイアウトが変わっただけで、オペレーターはこんなに混乱するものなのだろうか。僕は不思議に思った。こんなときのための訓練ではないのか? それとも、センターでの訓練に習熟しすぎて、勝手の違う臨時司令室では身動きがとれなくなってしまっているんだろうか。
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