ノーブラ

 

 

 夏、ノーブラの女の子を目にすると、あたしは劣等感にさいなまれる。
 服の下から透けて見える乳首。彼女達は視線を感じているはずなのに、臆することなく、堂々としていてカッコイイ。
 ブラをしなくたって「見えない」方法はいくらでもあるのだから、彼女達はわざとやっている。
 そしてあたしは劣等感を抱く。
 ノーブラで平然としていられる彼女達をあたしは「いいなあ」と、好物を目の前にして指を咥える子供のように、ただ見つめる。

「やあねえ、オッパイが見えているじゃない、なんてはしたないのかしら」
 そんな風に彼女達を軽蔑出来たらいいのに、と思う。
 ノーブラの彼女達をカッコイイと感じ、自分もやってみたいと思うのに、出来ない自分が情けない。カッコワルイ。


 ブラジャーをするのは、すごく大切なことだと思っていた。
 年頃になって胸が膨らんできたら、ブラジャーをするのは当然。胸の形を綺麗に保ち、いやらしい男の視線から守る。乳首が透けて見えるなんてとんでもない。身だしなみが大切。
 まわりから聞こえるのは常識的な声ばかり。
 あたしはいつしか常識にとらわれていた。
 それが本当に常識かどうかを疑うこともせずに。


 お化粧なんて知らなかった子供が、唇や頬に紅をさすのと同じように、ブラを外して胸にピンクのお化粧をする。
 ちょっと飾って、ステキな自分を表現する。
 ノーブラの女の子達はきっと、乳房の形も乳首の立ち具合も、自信があるんだろうと思う。あたしだって、胸の造形美は負けていない。でも、オッパイに視線を感じながら闊歩するのは恥ずかしい。きっと必要以上に意識してしまう。それはとてもみっとも無いことだと思う。
 でも、ノーブラの女の子はカッコイイ。
 服の上から透ける乳首とか、わきの下からはみ出した乳房とか、本当に素敵だと思う。

“だったら、こつぶもやってみなよ”
“え〜。でも、恥ずかしいよ”
“じゃあ、いいこと教えてあげる。透けて見えない色の濃い服を着るの。だけど、身体にぴったりとフィットするやつをね。外から見たら、こつぶご自慢の形のいい乳首だけがぶっくりと服を持ち上げて、こつぶがノーブラなのは誰だってわかる。けど、見えない。これだったら恥ずかしくないでしょ?”

 黒いクルーネックTシャツをさりげなく身に付けてみる。ちいさいけれど、伸縮性のあるTシャツ。
 鏡の前に立つ。
 ふたつのふくらみと、その頂点からTシャツをプクっと持ち上げている突起。
「見て、あたし、ノーブラなの」と乳房が叫んでいるみたい。
 けど、別に恥ずかしくは無かった。
 むしろ誇らしい気持ち。
 人前でノーブラになれない劣等感が消えて……
 開放感。
 晴れがましい気分。

 カーディガンを羽織って、胸の部分は覆わないようにして、外出する。
 肌が見えているわけでもないのに、露出を楽しんでいるあたし。


 気がつかない人もいるし、気がつく人もいる。
 注目されるのは心地良い。悪くない。わかっていて乳首を見せて、堂々としている子達の気持ちが一瞬わかったような気がした。そして、違うな、と思った。
 意識したらホンモノじゃない。
 さりげなく、自然に。
 それが当たり前のように。

 今度は色の薄い服を着て、透け乳首で歩いてみよう。
 きっと、恥ずかしくない。
 そして、もっと気持ちいい。

 

もどろっか

それとも、先に進む?