「じゃあ、こっちだ」 直也が腰をふっと持ち上げた。湯船の中、水の抵抗があるので、ベッドの中や椅子の上、あるいはリビングの床なんかでする時とは感じが違う。 狙いがそれたのか、わざとそうしたのか、最初から狙ってなどいなかったのか、わからない。直也の先端は、アナルからほんのわずかにヴァギナ寄りにずれた。 ふうわりとした水の圧力に邪魔されて、直也のモノはわたしのどこでもない場所に軟着陸した。どちらに腰をずらしても、どっちかに入る。そんな状態でわたしはじっとしていた。直也の好きにさせてあげようと思ったからだ。 直也は腰を前にずらしてきた。やっぱりお尻なんかより、本命の穴の方がいいのね。 アナルの緊張が解け、そのかわりにわたしのヴァギナが律動を始める。彼の先っぽが触れた途端に、飲み込んでやろうと待ち構える。彼のモノよりもわずかに広がってスムーズに受け入れた後、それを締め付け、そして天然のローションがたっぷりと湧き出して、狭くなった壁面で摩擦の官能を味わう。 準備が整ったわたしのアソコ。けれど、彼のペニスは割れ目を通り越して、その先の愛豆に触れた。 「ああ〜ん」 存分に広がった膣口を彼の太いものが蠢き、亀頭の頂点がちゅくちゅくと豆をつつく。 「く、ん〜、いじわ、る」 わたしから溢れ出る粘り気のある天然汁は、彼のペニスにまとわりついているに違いない。サラサラの温泉のお湯とまじわったそれは、彼の幹でこすられる小陰唇と穴の入り口部分をいつもとは違った快感で包み込んでくれる。 彼の腰の動きで湯が波立つ。 わたしはその湯の動きにゆったりと揺すぶられながら、そして、それよりも速い彼の腰の動きも感じながら、さらに水の抵抗で思ったようにつっつけない彼のペニスの微妙な刺激をクリトリスで感じ取っていた。 「いやあ〜ん、なんなの、これ……」 誰かの意思によって焦らされるのでもない、けれど、欲望の赴くままに突き上げられるのでもない。 湯船の中でのセックスなんて、決して珍しくもないのに、わたしは異質の快感に戸惑っていた。 ラブホテルや自宅でのバスルームプレイではない。 バスルームプレイなら、もっと色々やって、快感をむさぼっている。 すぐに洗い流せるんだから、ローションだって塗り放題。固い床もありだし、エアマットもありだ。 手っ取り早く気持ちよくなりたければ、シャボンをたっぷりつけた手で洗いっこがいい。 湯船のふちに腰掛けて両足を思いっきり開くなんて定番だし、わざとぬるめのお湯にしておいての潜水フェラなんて、夢中になるあまり何度溺れて意識をなくしたことか。 でも、さすがにあのときは最低だったな。意識が戻ったと思ったら、アソコをペロペロ舐められていて。「こうすれば気がつくだろうなって思ってた」て言いやがった。倒れたわたしを湯船から引っ張り出して、それから延々と舐め続けていたらしく……。 あのときの男は、誰だったかなあ? まあ、どうでもいいや。直也とは比べものにならないから。 「ひくっ。か、感じるよお〜。ああ、あんあんあん〜」 直也はいつの間にか、アナルとヴァギナに交互にペニスを入れて楽しんでいた。 ラブホテルのベッドでこんなことをしても、空気は動かない。けれど、湯船の中だと、身体の動きにあわせて湯がざわめく。 彼は両手でわたしの腰をつかんで、いいように上下させている。わたしも彼の動きに任せている。でも、それだけじゃない。ワンテンポもツーテンポも遅れて、しかもゆったりと湯が動く。その不規則で予想外のものが、わたしと直也の直接的な動きをゆるやかに抑制し、あるいは促進させる。 思い通りにならないはがゆさと、思った以上にあっさりそうなってしまうアンバランスさ。 それがわたしたちの行為をより興奮に導いた。 |
ここはやっぱり、プレイのためのバスルームじゃない。温泉旅館の露天風呂。 庭の造詣を楽しんだり、月や星を眺めたり、夜風をなぶられたりしながら、湯に浸かる場所。 だから、慣れてるはずのバスルームプレイとは何もかも違う。 惚れた男と旅に出て、泊まる一夜の宿。 セックスのために泊まるラブホの一夜とは違う。 それが、今のわたしたちの、いつもとは異質の快感の原因……。 体表に届いている神経の1本1本が、ほんのわずかに皮膚を突き破って外に出てくる。彼から与えられる全ての愛撫は、神経の末端を直接刺激する。限りなく痛みに近い快感は、痛みの裏側に大量の媚薬を隠し持っている。 |
それは、快感のためのセックスであり、快感のためのセックスではなかった。 ひとつひとつの気持ちよさが束になって押し寄せ、あらゆる場所で得た快感が合体、増大して全身を覆い、神経を溶かして、全ての知覚を奪ってゆく。 なのに、最後の最後のところで、溶け合ったはずの気持ちよさが、ひとつ、またひとつと言葉を残す。 それは、彼がわたしに与えてくれる愛の囁きだった。 囁きの言葉は、耳の産毛にふっと意地悪な息を吹きかけて、「え? なんだって?」と聞き返す間もなく消えてゆく。 消えるといっても、消滅ではない。海岸の砂浜に寄せて返した波が、次の波の下に沈んでゆくような感じだ。 消えるのではなく、溶け合ってゆく……? そこには、疑うべきものは何もなく、憂いも哀しみもない。夢中になって身を委ねていれば、それだけで幸福が滲み出てくる。 細胞の歓喜がオーケストラを奏で、わたしの身体は大小さまざまな音符を体現しながら、コーラスに喉を震わせていた。 イキそうになる。 今にもイキそうになる。 湯船の脇に彼の手で引っ張り上げられたわたしは、ぐったりと地面に身体を伏せった。 その腰を持ち上げて、バックから彼が入ってくる。 身体のどこにも力が入らない。でも、腰だけはしっかりと彼のモノを受け止めている。 もっと、欲しくて。 もっともっと、快感を上昇させたくて。 わたしは自分から腰を振る。 最初、タイミングが合わずに抜けたり、あとちょっとで届きそうになる絶妙の位置のほんのわずか手前でどちらかの動きが変化してしまったけれど、繰り返すうちにフィットしてくる。 パン、パン、パンと、わたしと彼が打ち付けあう音が響く。 「あ、ああ、ああ、ああ……」 わたしの喘ぎ声。 「もっと、気持ちいい、気持ちいいよう」 誰か他人がわたしの耳元で、わたしを代弁してくれているかのよう。 「出る! もう出るよ。由美ちゃん、いい?」 叫ぶような、彼の声。 「いいよ。来て。一緒に、一緒に、あああああ〜〜〜!!」 男性のモノとしては、特に大きくも長くもない。ごく一般的なペニスだけれど、この瞬間だけは違う。 何人と交わっても、その人だけの何かがある。 彼の、直也のモノは、まるで心臓の鼓動が聞こえるかのように、ドクン、ドクンと膨れては刺激する。 その1番大きくなった瞬間に、彼は突いてくる。子宮口がぐんと押し上げられる。これが、たまらない。 「あ〜〜あ〜〜あ〜〜、イクイクイクイク〜〜〜〜〜」 わたしは叫んでいた。 彼も動きを止めて、わたしの中に射精した。 射精の度に彼のモノがわたしの中で大きく震える。彼そのものを受け入れる、1番大切な瞬間。それまでに味わった快感がこのときを境にゆっくりと幸福感へと変換してゆく。 わたしは終わったあと、挿入したままでしばらくじっとしているのが好き。 避妊のために抜いてから出したり、無駄だと知りつつ中出しのあとすぐに綺麗にしたりなんて、シラケちゃう。もちろん、そんな経験はこれまでいっぱいしてるけれど、やっぱり出された後もそのままでじっとしてるのが好き。 ふと、「今日は安全日だったかしら」なんて現実に戻りかけるけど、「まあいいや」って、また違う世界に流されちゃうのも好き。 |
余韻を楽しむつもりでいたのはわたしだけで、直也はそうじゃなかった。 いったん抜いて、わたしを仰向けにさせると、また挿入してきた。彼のはちっともしぼんでいなかった。ますます張り切ってるっていう感じ。 それなら、入れたままで体位を変えてよ、と思ったけれど、そこまでの余裕は彼にはまだない。 正常位になったわたしの背中には、庭石がひんやりと気持ちよく、そこに湯船から溢れたお湯がたまに流れてゆく。 彼のピストンにあわせてわたしの身体も揺れ動くから、地面を流れる湯は不規則にその道筋を変化させている。 一度や二度のセックスでまいっちゃうようなわたしじゃないけれど、湯あたりしたのか、いつもと違う感覚を味わったせいなのか、自ら快感を求めるほどには回復していない。 体力がついていかないよお。 直也はまだまだやる気十分なのに。 けど、快感曲線が下がったわけじゃない。わたしは存分に直也の責めを味わっていた。 疲れ果てているのに、気持ち良過ぎる。 ヴァギナは確実に直也のペニスを絞り上げていたし、びっくんびっくん痙攣して身体は跳ね回っていた。 「ああ、また、イッちゃう。イッちゃうよお」 大勢の男達を手玉にとってきたというのに、セックスの味を覚えたばかりの女の子のように、わたしは声を上げまくる。 スウッと遠ざかる意識と、現実にぐいと引き戻す快楽の愉悦を交互に感じながら、わたしは直也のいいように弄ばれた。 |
旅を終えたわたし達は、それぞれのバイトを調整して、なるべく一緒にいられる時間を作った。そして、週に2〜3回は、夜を共にした。 たったそれだけ? って言われるかもしれないけれど、旅の前と比べたら雲泥の差だ。 こんなことなら、旅の資金稼ぎのために無理なバイトをしなくても、ただ一緒にいられればそれで良かったのかもしれない。何度かそんな風に思った。直也の前で、言葉にしたこともある。 けれど彼は、「そんなことないよ。あの時の我慢と、それから一緒に出かけた旅行。このふたつのおかげで、僕たちは今、こうしているんだよ」と答えた。 その通りかもしれない。 淡々と日常を過ごしていたら、気がつかないものが沢山ある。 そのせいかどうか、わたし自身も変わってきたらしい。セックスの感覚が、ではない。何事にもおいて、だ。 「なんか、文章が変わってきたね。編集の人にも、評判がいいよ」 ある日、かおるがそんなことを言ったのだ。 わたしはかおるから、翻訳のバイトを回してもらっている。彼女は主に専門用語が頻出する学術書とか論文などを手がけていて、もともとは手が回らないからと童話などの一部をわたしに託してくれていた。 それがいつしか「才能のある友達がいるんだね」ということになっていたらしい。 子供の人口は限られているから、童話はいつもマーケットに限りがある。まして翻訳ものとなると、さらに仕事は少なくなるので、わたしだってそれだけのバイトに絞ることは出来ない。褒められたからといって仕事が増えるわけでもない。けれど、仕上がりがよろしいと褒められるのは嬉しいことだ。 |
だから、もうひとつのバイトは、相変わらず続けていた。 ママの口利きで、男の人の相手もする。 旅から帰った直後は、さすがに気が引けた。こんなに直也と仲良くしているのに、と。 でも、もともとのわたしがわたしだから、色んな男と寝るのに抵抗がない。いつしかそれが当たり前になっていた。というより、元に戻っただけなのだけれど。 そして、とうとう妊娠してしまった。 他の男とするときは気をつけていたし、回数からいっても、まず間違いなく直也の子だろうと思う。 直也の子で良かった、と思う反面、そうじゃなかったらいいのに、という気持ちにもなった。だって、直也の子じゃなかったら、黙って始末しただろうから。 これまで妊娠しなかったことがそもそも不思議だった。避妊したり、注意したりしたこともあるけれど、そうでないときも多かった。ヤバイなと思いながらもいつのまにか流されていたこともあるし、自ら望んで何人もの男に続けざまに中出ししてもらったこともあった。 いけないことだと思いながらも、いざセックスが始まってみると、そんなことはどうでも良くなったし、避妊なんかせずに中で出されることが嬉しかった。 だって、コンドームなんて性器同士が触れ合わないし、最後の瞬間まで味わいつくしたいもの。 こんなセックスで妊娠したら、堕胎するしかない。罪悪感はある。非難を受けることも承知している。けど、セックスに夢中になっているときのわたしは、そうでないときのわたしではない。どちらが正気で、どちらが狂気かわからないけれど、気持ちのいいことに夢中になっているときのほうが正気なんじゃないの、と思うときすらある。 |
そして、わたしは直也とお別れをした。 わたしは彼に妊娠を告げ、そして彼が「結婚しよう」と言ったからだ。 なぜだかはわからないけれど、それでわたしは冷めてしまった。醒めた、と言う方が正しいかもしれない。まさしく、夢から醒めたのだ。 もし彼が「ごめん、わるいけどオロシテくれ」と言ったなら、きっと2人の仲は続いていただろうと思う。 そして、相変わらずロクに避妊もせずにセックス三昧の日々を送っていたかもしれない。何の反省もなく。 きっと、わたしはそういう女なんだと思う。 |
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