「靴も買っちゃえば?」 彼女が聞いてくる。 僕たちが「あれから」付き合い始めて一ヶ月半くらいの日、5回目のデートで原宿に来ていた。彼女に言われてぼろぼろになったコンバースのハイカットを見つめる。確かに買い換えたほうがいいかもしれない。 しかし、恥ずかしいことに僕の財布はリーバイスのジーンズを買い、いくつか古着屋をまわってジャケットを買い込んだところで限界に達していた。 「また、今度でいいや。お金ないし」 彼女がポケットから財布を取り出す。 「いいよ。奢りはいい……」 言いかけたところで彼女の財布の中身を見た僕はびっくりしてしまった。無機質な諭吉が何枚もこちらを見つめている。 「どうしたの……、それ」 彼女は笑った。 けど僕はその笑顔にほんの一瞬、寂しさが混ざったのを見逃さなかった。 「そのことは後でね、まずは靴を買う! 擦り切れ靴履いてる男となんかあるかないぞっ」 とりあえず靴を探すことにした。 靴を探しながらも彼女の財布と何か引っかかる笑顔が気になっていた。彼女は特に贅沢な子ではない。少なくとも、たった五回だけどデートして金遣いが荒いと思ったことはない。 「あっちへ行こう」彼女はそう言って明治神宮のある森(?)を指差した。 彼女の奢りで靴を買ってから入った明治神宮のある森は、天然の防音壁となって東京の喧騒を緩衝し、僕たちを静寂の中に包み込んでいた。 「さっきはびっくりした? 高校生の財布に入ってる金額じゃないもんね」 彼女は宙を見ながら言った。 「悩み事だったら、何でも聞くよ」 僕は本心からそう言った。セックスから始まった僕たちの関係だけど、その想いは決して汚れていないと言い切れる。 宙を泳いでいた彼女の視線が森の砂利道へと降下した。小さく溜息をついてから、さっと顔を上げて僕の瞳を見つめた。 「絶対に驚かないって約束できる?」 彼女の瞳から、何か覚悟のような固い意志が受け取れたけど、僕は疲れて脱力していた足に力を込めて彼女の方に向き直って言った。 「どんなことでもいいよ。**が少しでも楽になれるなら」 彼女は一度、口をきっと結んで、勢いを作ってから話し始めた。 「私ね、彼氏がもう一人いるの」 風が木々を揺らす音がとてつもなく大きく聞こえて、僕もそれに揺さぶられているかのような、言葉にできない感覚が僕を襲った。 彼女の言っていることは要するに浮気だけど、僕はびっくりしすぎて怒ることもできず、ただ彼女に続きを促すことしかできなかった。 その時僕が、彼女の言葉にどう呼応し、どうそれを受け入れたのかあまり記憶にない。だから今、できる限り記憶を整理して書こうと思う。 彼女の家が洋服の生地を作る繊維工場だということをその日初めて知った。つまりは彼女はお嬢様だ。 といっても、僕は頭が悪いので、その仕事がどれくらいの利益を上げられるものなのかということについては知らなかった。 一方の僕というと、まあ、それこそ極貧とか言う部類には入らないけど、お父さんやお母さんの言葉の端々から、生活にそんなに余裕があるような感じではないと薄々感じている。 彼女のお父さんが経営するその会社は、バブル期の頃はなかなか商売繁盛していたようだが、その崩壊に何とか持ちこたえたものの、会社の状態は窮状に陥ったという。 そういう町工場が生き残る道は一つしかない。 生地を発注する会社、つまり服飾メーカーとコンスタント(継続的)な契約関係を維持することだ。 ところが彼女の家の会社には大手企業から目をつけてもらえる革新的な技術があるわけではなかった。そこで彼女の父は当時まだ中学生だった彼女を、少しばかり面識のある服飾メーカーの息子に本人の了解なしで紹介してしまった。 僕もタイプではなかったのに一目ぼれしたように、彼女はいわゆるただのかわいさではない不思議な外見的魅力を持っている。 父の目論見どおり、メーカーの御曹司は彼女をお気に召し、いよいよご対面ということになったのだけれど、彼女にとっては甚だ迷惑な話で、しかも彼女いわく、写真に映ったその男の顔はもっさりとしてオタッキーな上、表情から溢れ出すような性欲が読み取れたという。 いわゆる典型的な女たらし顔である。 僕は顔は決してよくないが、性格から来る攻めのない表情が「なんかパッとしない」感を引き立たせ、女の子と付き合ったこともなかったけど、そのウィークポイントが彼女にとってはチャームポイントだったらしい。 人生何が起こるか分からないものだ。 話を戻すと、御曹司は彼女に熱烈な好意を示し、彼女の父も彼と付き合うよう彼女に頼んだ。 会社のことも考えた上、苦渋の決断でそのオタ顔の少年と付き合うことを了承した彼女は、セックスだけはしないと心に決めていたが、契約関係を続けなければならない立場上、どうしてもその日は来てしまうのである。 性格も正反対で、短気な上、金遣いが荒いミツグ君な彼の行動に機嫌を損ねぬようついていくだけでも神経をすり減らされたという。 そして彼はついにレストランで高級フレンチを平らげた後、彼女を強引にベッドに押し倒し、強引なSMプレイをした。彼女は処女だったのでいきなりそんなプレイをされて気持ちよいはずもなく、ただ痛がって泣き叫ぶ彼女をドSな御曹司は狂気の笑いで高速手マンは序の口、束縛、蝋燭でいたぶられた挙句、電動ドリルまでぶちこまれたという。 ただ、彼女も人間である以上、欲情も持ち合わせているので、次第にSMプレイに調教され、慣れていく自分が怖かったが、親でさえもそれを止めてくれず、自暴自棄でのめりこみ始めた頃、僕と出会って一目惚れ(恥)したらしい。 僕は童貞だったのでSMプレイなど憧れるはずもなく、彼女とは当たり前にソフトプレイしていた。 こうして考えると、僕たちは赤い糸で繋がっているような感覚に捕らわれる。 全てを話し終えた後、彼女は少し笑った。その笑顔には悲しみは垣間見えなかった。正直な話、僕はひどく動揺していた。 その日はそこで解散して、別々に家路についた。 家に帰ってシャワーを浴びながら考える。僕たちの関係は正しいのだろうか、彼女の心は御曹司よりずっと、僕に傾いている。それは確かだ。彼女を責めることはできない。 風呂から上がって、僕はメールを打った。 「このままでいいよ。僕は**の全てを受け止める。僕はもう一人の彼みたいに君の家族を含めて助けてあげることはできない。だけど、君の気持ちに一番近いところにいれるように頑張るから、君はゆっくりと自分の気持ちを確かめればいいよ。待ってるからね。君が自分で自分の道を決める日を」 (男の子の初体験告白掲示板より 2008年9月11日) |
う〜ん。これはここで、終わりではないですよね? 続きがあるんですよね? 違うのかな? それとも、「待つよ」という決意を伝えたところで、ひとまずおしまいかな? 好まない男と関係することになり、SM調教されて、だんだん馴染んでしまった彼女を、キミの純な気持ちで救えるといいね。 |