大人になりきれなかったから(1)  by 派遣社員の若人 その4





 




 俺は、嘘をついてたよ。話の内容は、嘘じゃない。あの人のことを、Tさん。俺自身のことを、N君。そう書いていた。それが嘘なんだ。違うんだ。違うイニシャルにしたのは、本当のイニシャルで書かなかったのは、後ろめたかったんだ。
 たとえ、俺がまったく歯が立たなかったとしても、あの人にとっては、不倫になるんだし。人妻のあの人には……。

 今回は本当のイニシャルでつづっていく。それは、もう、あの人に会うことはないから。だからどうでもいいってことじゃない。本気でつづりたい。そういう事なんだ。
 あの人の本当のイニシャルは『K』、 俺の本当のイニシャルは『M』。

 俺とKさんが、俺のアパートで体の関係を持ってから(俺がまったくの早漏で情けなかった件だ)1年あまり過ぎた。もう梅雨の終わり近くなった頃、正社員にならないかって話が、俺に飛び込んできた。何処から聞いたのだろうか? Kさんが、笑顔で俺の所にやって来た。

「M君。社員になれるんじゃろう? 良かったねえっ」
「まだ決まったわけじゃないよ。試験があるんだよ、Kさん」
 Kさんは、はじける笑顔で、俺の腕をつかんでくる。俺はKさんの可愛らしい目を見返していた。
 正直言って、困っていたんだ。Kさんはいつも、何事もなかったかのように、俺に軽く触れながらコミュニケーションをとる。肩や腕や、背中……。触れてくるんだ。
 それが俺には、たまらなかった。

 俺にとっては、Kさんは一度、肉体関係がある女性なんだ。生々しい現実だ。
 Kさんは、自分の中であっけなく果てた、ずっと年下の男の子、そう思ってるのかもしれない。生々しいなんて、Kさんは思っていないのだろう。
 Kさんにとっては、生活の中で通り過ぎたあっけない出来事を、ビデオの録画テープの様に思い出せるのかもしれないが、俺にはそうは行かなかった。熱い吐息や熟れた肉の柔らかさが、生放送の現実のように頭にこびりついているんだ。
 職場でKさんを見るたびに、勃起してしまうんだ。

「試験があるんね? M君なら大丈夫やけん。絶対、その試験に受かりんさいや。社員にならないけんよ」
「うん。ありがとう、Kさん」
 Kさんは、意地悪っぽく俺を見上げてきた。
「社員になって、彼女……幸せにしてやらな、いけんよ。ねっ」
「……」
 Kさんは、俺の心を知ってるんだろうか? 俺はKさんに恋をしている。仕事に戻っていくKさんの後姿を見て、そう思っていた。

 俺が試験に受かって、社員に内定してからすぐの事だ。○○県の工場に移動を命じられたのは。ひょっとしたら最初から決まっていたのかもしれない。
 ○○県は、俺の地元のとなりだ。ひょっとしたら、社員の話が出てきたのも、それが理由かもしれない。
 その工場は立ち上がったばかりで、現場が荒れていて、移動の希望者がいないというから……。

「M君、おめでとう。社員になれるんよね」
「うん。でも俺、○○県の工場に行くんだよ、Kさん」
「良かったやん。地元なんじゃろう? 彼女も、喜ぶじゃろう?」
 俺は、Kさんの丸い目をじっと見つめた。
(俺、Kさんが好きなんだよ)
 そう、思いをこめた。
 でもKさんは、あまりに可愛らしい笑顔で、俺を見返すだけなんだ。悔しかった。でも仕方がなかった。大人になった気がする……ずっと前に、そう思ったんだ。だから、仕方がなかった。

 その日は、小降りの雨が降っていた。仕事帰りの俺は、ケータイで恋人と話しをしながら、歩いていた。彼女は、俺が社員になって、地元近くに戻ってくる事を歓んでいた。
 なんだか期待しているようだった。俺が、プロポーズするのを。
 ケータイを切った時、俺が思っていたのは、Kさんの可愛い顔だ。彼女には悪いと思っていた。でも、思い浮かぶんだからしょうがないじゃないか。

 俺は、バイク保管庫へ向かっていた。俺はバイクが好きで、大型バイクを持っている。でも俺のアパートじゃ置き場所がなくて、その保管庫を借りていたんだ。
 ちょっと遠いけど、お金もかかるけど、好きなバイクを埃まみれ、雨ざらしにしたくないから。
 ザーッと、夕立のような激しさになってきた雨。俺は走り出した。保管庫まではもう少しだ。水しぶきが霧のように上がるほどの激しさになってきた。

 前が見にくい中、よく気づいたと思う。自転車を押しながら、下を見ながらヨタヨタと俺とすれ違う女性がKさんだと。
「Kさんっ!」
 俺は叫んでいた。
「M君……」
(綺麗だ……)
 ショートヘアがずぶ濡れに、小さな顔に垂れかかっているKさんを見て、俺はそう思った。
(心に残る最高のセックス体験告白掲示板より 2010年1月3日)

 
 めっちゃ文章、上手いやん。こんな作品なら、本一冊分でも気持ちよく読めるぞ。しかも、筆者の周囲を取り巻く状況や、心理描写もばっちり。そりゃあ、こういうサイトだから、アヘアヘイクイクの投稿を待っているわけだけど、決してそれだけじゃない、こういう作品は本当に高感度だよね。さあ、続きがあるから、そちらも楽しまなくちゃ。

 
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